9-254-257 ハルオチ
カーディガンのボタンを外しキャミソールを捲り上げたことで露になったブラジャーを認めた榛名は
思わず本音を呟いた。
「……色気がねぇ」
それでも一度目覚めてしまった牡としての本能は榛名の動きを制御することはない。
下着のラインが出るのが嫌なの、と呟きながらも身体をくねらせ榛名を助ける女の動きに合わせて
丈の長すぎるジーンズに指先をかけて一気に下ろし、そして驚く。
「……マジ?」
「ラインが出るの、嫌いって言ったじゃん」
所謂その手の本でしか見たことがない、Tバックを穿いた女は学校は違えど同級生だ。
そっけないほどシンプルなベージュのブラとは違い、覆う面積が極端に少ないそれは
視覚からかなりの勢いで欲望を煽ってくる。
「ちょ、榛名がっつくな!」
「るせー。越智こそこんな凶悪な下着穿いてきやがって、期待してたんだろ?」
「言ったじゃない。デニムやキャミに下着のラインが出るのが嫌なの」
言葉では嫌がりながらも越智と呼ばれた少女は榛名の制服のベルトに手をかけた。
やられっぱなしは好きじゃないのと最初に告げたときに榛名は楽しげに笑って越智の顎先を掴んだ。
「気の強い女は、嫌いじゃない」
そう言って落とされたキスが今のところ最初で最後のキスだなぁと思い出しながら
越智は胸の先に吸い付く榛名の髪に指を差し入れそっと撫でる。
乱暴かと思えば繊細に扱う。
いかなることがあっても左肩に降れるというタブーさえ犯さなければ、
榛名は理想的な情事の相手に思えた。
深く何度も身体を重ね合わせながらも越智は結局のところ榛名のことは『好き』ではないのだろう。
それは多分榛名も同じことで、決して呼び合わない下の名前と交わされないキスが
雄弁に物語っているように思う。
女子高生であれば三分の二は知っているであろうファッション雑誌のトップまではいかなくとも
それなりに紙面を大きく飾る読者モデルである自分と、
甲子園にはあと一歩及ばなかったもののプロ垂涎の高校球児である榛名。
互いの存在がそれぞれにとって都合のいいものであることは間違いない。
害虫は蹴散らせるしライバルには優越感を。
これ以上ないくらいに理想的な上辺だけの関係。
学校が違うと言うのもボロが出ずに済む大きな理由の一つ。
打算にまみれた関係は、恋とは大きくかけ離れたもの。
「痕……残さないって約束」
越智が榛名の左肩に触れないように、榛名が越智の身体に赤い華を散らさないことは
予め決めた約束ごとだった。
撮影でどんな服を着るかわからないし、仮にレンズの前に露になる場所に男の痕跡が見つかったら、
モデルとしての信用問題に関わってくる。
「胸の合間ならわかんねぇじゃん」
「これから、水着撮影あるんだってばぁ……ん」
嫌がる越智の固くなった胸の先に歯を立て榛名は意地悪く笑う。
この表情を浮かべているときはどんな風に楯突いても無駄だ。
経験でそれを知っている越智は小さく溜息をついて榛名の頭に指先を伸ばす。
少しでも目立たない位置にそれとなく誘導しなければ。
本気で嫌がるなら榛名の左肩に噛み付いてやるくらいのことをするべきだが、
それは同時にこの都合と居心地のいい上辺だけの関係の終焉をも意味する。
越智が出来ないことをわかっていて嫌がることを好む榛名は本当に最低だ。
「……触って」
「舐めてやってんじゃん」
「違うとこがいい」
髪に唇を埋めるようにして囁けば、言葉の通りに榛名はとろりと潤う越智のその場所に指先を伸ばす。
「すっげ。超興奮してねぇ?」
「……バカ、死ね」
「言葉と行動、伴ってねぇけど」
伸ばされた指先がじれったく触れることに痺れを切らして越智は自ら求めるように
ずらした下着の合間から榛名の無骨な指を招き入れた。
何を言われても腰の動きは止まらない。
熱い水は留まることを知らずに榛名の指をどんどんと濡らしていく。
派手に求められているわけでも、ないのに。
「……越智」
「ん……?」
「このままオレのも触れる? それとも一回イカせてやっから舐めてくれる?」
「舐めてくれるなら……、一緒に舐めてあげてもいいよ?」
「誘い方がすっげぇエロい」
それでも満足げな笑みを浮かべた榛名はすぐさま衣服を脱ぎ捨てると素早く体勢を入れ替えた。
汗よりも強い獣のような牡の匂いはキツいけれども嫌いではない。
口の中でも一番大事なところでも、榛名のものをいっぱいに感じる行為も多分好きだろう。
越智の中のマゾヒズムな一面は間違いなく榛名が見つけ出したもの。
「なんで、あたしだけ中途半端なの……?」
「そっちのほうがエロいじゃん。ってかマジですげぇよ、Tバック」
「エロスじゃないわよ、ファッションだからね」
「オレすっげぇ興奮してんの。もう舐めてくれなくてもいいや」
「……いやよ」
「舌よりももっと、欲しいものあんだろ?」
再び体勢を入れ替えて耳朶を咬むように囁かれれば抗えるはずもない。
唇に押し込まれた右手の指にせめてもの抵抗として小さく歯を立てた。
腰を引き寄せられて後ろから一気に貫かれてももう痛みは感じない。
「あっ……、あぁ……ん」
ずれたタンガの間から零れる妖しい水音は越智だけではなく榛名のこともいつもより興奮させているようだ。
下腹部を支えながら長い指を伸ばしてぷっくりと膨れた突起を擦る。
ゆらりゆらりと揺れながらも絶え間ない快楽が越智を襲い、快楽による締め付けは榛名を高みに昇らせる。
やがて片手だけでは支えきれなくなってまるで潰されるかのようにベッドに押し付けられても動きは止まらない。
「あっ、あっ、ああっ……!」
「っ、やべ……。すぐイキそ……」
唾液と愛液と、そして理由のわからぬ涙と。
濡れたシーツの上に漂いながら快楽の高波に全てを預けて越智は意識を手放した。
白い世界は光かそれともボールか。そんなことを思うあたり、自分も大分榛名に毒されている。
コントロールが出来なくなる思考の中で、最後に覚えているのはそんなこと。
腕の中でぐったりと眠る越智の寝顔はあどけない。
右腕を枕代わりに差し出し、左手で額に張り付いた前髪を上げてやれば普段からは想像できないほど無防備な寝顔が露になる。
好きかと問われれば多分答えはノー。
気の強さを隠すことなく表情に出す女はタイプではない。例えどんなに美人だとしても。
密かに思いを抱いていた先輩とは何もかもが違う。
手元に置いておくのは単に外野からの余計な声を黙らせるためだった。
男は憧れて女は陰口を叩けない。モデルをしていると言う美貌の女は最適だとも思えた。
お飾りなのだから別に身体を合わせることはないのだ。
なのにどうして手放せないのか。セックスの相性がいい、というだけではもう言い訳にすらならない。
越智もそれをわかっていながらどうして逃げ出さないのだろう。
こんなの恋じゃない。なのに止められない。
「ちくしょう」
矛盾する思いから逃げ出すように榛名は眠る荒々しく越智を抱き寄せて自らも瞳を閉じた。
以上です。
お目汚しサーセン
最終更新:2009年06月28日 22:18