9-466-471 アベチヨ
(なー、あれ何だと思う?)
ある日の練習後、一緒に帰るために篠岡がみんなを待っていると
先に着替え終わった阿部が一人、プール下部室から出て来た。
他の部員たちもすぐ出てくるだろう。
場のつなぎに、篠岡は深く考えずにふと思いついたことを口にしてしまった。
「阿部君って脇くすぐったくないんだって?」
「あ? おー、全然ヘーキ」
センスのかけらもないチョイスに篠岡は一瞬後悔したが
普通に答えてくれたので助かった。
そればかりか彼女の内心の焦りなど知る由もない阿部は
軽く笑って言ってのけたのだった。
「触ってみるか?」
「っいいの!?」
思わず見上げた阿部の顔はなんだか微妙で、篠岡は自分の失言に気付かされた。
後頭部を冷や汗が伝い落ちる。
「あっ、ごめんっ、じょ、冗談だよね」
「……イヤ別に……触ってみたいんなら触りゃいーけどさ」
「いーよいーよ! 悪いから!」
「ム。減るモンでもねーし。オレがいーっつってんだからいーんだよ」
「でっ、でも」
「いーから! ほら」
阿部も意地になって言い張り、両手を軽く上げた。
「早く!」
「は、はい……」
篠岡は阿部の正面に立ち、両手を阿部の脇に回してそっと触れた。
しばらくさすってみるが何の反応もない。
「え、ホントに大丈夫?」
「だから言ってるだろ。何ともねーよ」
「おもしろーい!」
指先から薄いシャツ越しにもしなやかな筋肉を感じることができる。
日々の鍛錬から生まれる揺るぎない力。
スポーツ選手の、身体───
「すごいね、阿部君……」
ひとしきり感動した篠岡がふっと顔を上げるとすぐ目の前に阿部の顔があった。
至近距離で目を合わせてからそのあまりの近さに驚く。
阿部はわずかに眉をひそめた。
でも、逸らさない。
それぞれの瞳いっぱいに映るは自分を見つめる相手の姿だけ。
鼓動は速さをいやまし、血液が勢いよく全身を駆け巡る。
息をするのさえ忘れてしまうほど、ただお互いの存在だけが総てだった。
肩の辺りに上げられていた阿部の両手がゆっくりおろされていく。
その手は篠岡の二の腕に下ろされ、くっと力を
カシャーーーン チリ、チリリン
突如鳴り響いた音に二人はバッと身を翻した。
音の出所には、自転車の鍵を拾う栄口をはじめ野球部員が居並んでいた。
「っと、ごめん!」
「チェー、なんだよいートコだったのに」
「イヤでも学校でそーゆーことはマズいだろ」
「所構わずサカってんじゃねーよ」
「な……何もしてねェだろ!!」
「”まだ”ね」
「うん、まだ、だね」
「何するつもりだったんだかー」
「阿部もやるときゃやるんだな……」
「ウ ヒヘ」
「うるせェ!!」
阿部がいくら大声を張り上げても迫力は全くない。
篠岡は手で顔を覆ってへたりこんでしまった。
そんな二人の横を、口々に好き勝手なことを言い彼らは通り過ぎていった。
一番後ろを歩いていた栄口が篠岡にそっと声をかける。
「邪魔した?」
「見てたならもっと早く止めてよ~~~」
「はは、ごめんごめん」
額を両膝に押し付けている篠岡から聞こえてくる拗ねた声は
いつもの彼女よりほんの少し甘かった。
「あんまり気にしないようにね。みんな、おもしろがってるだけだから」
「ありがとう……」
やっと顔を上げた篠岡が見たのは阿部に親指を立てて去って行く栄口と
それを腰に手をあて舌打ちして見送る背中。
騒がしい一団の後ろ姿が角を曲がると今度こそ二人きりになった。
阿部はガシガシと頭をかいてからふーっと長く息を吐いた。
そしてザッと足音をたてて篠岡に向き直る。
まだうずくまっている彼女に膝が触れそうなほど近く。
「阿部君……?」
下からだと影になっていてその表情はよく見えない。
「あのさ。
いろいろと引っ込みがつかねーんだけど。
……どうしてくれる?」
「どう、って……?」
普段と違う雰囲気をまとう阿部に違和感を覚え、篠岡は慌てて立ち上がった。
するとその行動が虚血を引き起こし、視界が白く飛び────
あっと思った時にはもう立っていられなかった。
しゃがもうとした肘を、阿部の腕がしっかりと支える。
かつてない接近状態に篠岡は慌てて身を起こそうとしたがどうにも動けずに、
そのまましばらく阿部の胸に額を預けていた。
「ごめん、立ちくらみ……」
「大丈夫か?」
「うん、もう何ともない」
すっかり回復したところで離れようとしたけれどいつの間にか手首を掴まれていた。
「少し休んでから帰れよ」
「えっ……」
阿部は篠岡の手をひいて部室へと歩いていった。
ずらりと並ぶ部室のうちいくつかはまだ電灯がついていて賑やかな声が漏れている。
いきなり人が出てきたらどうするのと篠岡は心配したが
阿部は気にする様子もなくずんずん奥へと歩を進めた。
部室の扉に付けられた南京錠を手早く外し中へ滑り込み、内鍵をかける。
そこでやっと篠岡に向き直った阿部は彼女の耳元に口を近づけ囁いた。
「誰かに見つかったらやべーから静かにな」
外からの光がわずかに入り込むだけの真っ暗な室内で
これから起きようとしていることに篠岡は緊張していた。
突然の事態に思考が追いつかない。
「なんつー顔してんの」
何の前触れもなく阿部は篠岡の脇に触れた。
「ひゃ……」
「!!」
思わず大声をあげかけた口を阿部は慌てて両手で塞ぐ。
そのままの姿勢でしばしじっとしてみるが、声を聞きつけた誰かがやってくる気配もない。
ごめん、と篠岡が小声で言った。
「おまえ脇ダメなんだな。おもしれー」
薄闇のなかで、阿部はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
左手で篠岡の口をぎゅっと押さえ左足を細い両足の間に差し入れてから、右手を再び脇にまわし
ブラウスの上からすっと撫であげる。
「んっ」
くすぐったい感触に声をあげて逃げたくなった篠岡だったが、
口は手で塞がれ身体は扉に縫い付けられていた。
たとえ喋れて動けたとしてもこんな所を誰かに見られたら問題になる。
されるがままでいるしかなかった。
いいようにくすぐられ続ける篠岡はだんだん身体の芯が熱くなるのを感じていた。
肌が粟立ち、背筋を走り回るぞくぞくが止まらない初めての感覚に怖いような気もしているのに、
阿部は何でもない顔をして反応を観察しているのを見ると少し悔しくなる。
口を押さえている手のひらをつっと舐めてやった。
意外な反撃に阿部はにやっと笑い、人差し指を篠岡の口に含ませた。
篠岡が武骨な指を丹念に舐めているうちに脇にあった阿部の手はおしりへと移動していく。
手が丸みにそってふうっと滑っていくだけでまた背中を痺れが走る。
「は……ぁっ」
指を噛んでしまいそうだったので急ぎ離すと、手のあいた阿部は両手で篠岡の双尻を責めた。
もう立っていられなくて阿部の肩にしがみつき、声を出さないよう懸命に耐える。
「ん、ん……っ」
ただ撫でられているだけなのに、身体中が熱くて仕方ない。
くすぐったいというより、気持ち、いい……?
やめてほしくて、もっと続けてほしかった。
「あ……は、ぁ、んっ」
恥ずかしい声が漏れてしまう口を、今度は唇で塞がれた。
吐息とともに開いたところから舌が侵入してくる。
阿部の舌は篠岡の口内を好きなように蹂躙し舌を絡め取り、唾液を混ぜ合わせると芯がいっそう震えた。
頭が、おかしくなりそうだった。
阿部の手はいつの間にか篠岡の胸を這っていた。
服の上から触れただけでもわかる敏感な箇所をつままれるときゅっと身体が跳ねる。
ぐっと全体をわしづかみにされても熱いため息が出る。
身体が勝手に反応するのを止めたいのに止められない。
篠岡はそんな自分が恥ずかしくて涙を滲ませた。
こぼれ落ちる雫に気付いた阿部が「どうした?」と小声で尋ねると
「はずかしい……」
篠岡にしてみれば正直な気持ちを言ったのに阿部には予想外だったようで、
ニヤリと笑って「まだまだ」と。
阿部は篠岡の身体をそっと部室の床に横たえる。
毎日出入りしている馴染みの場所なのに、電気もつけず
男の人の肩越しに見上げる天井は知らない所みたいだ、なんて篠岡は思っていた。
どこか遠くのほうで笑い声がした。
華奢な首筋にキスを落としながら膝を立たせ腿裏をさすっていくと
「はっ」という短い吐息とともに腰が浮く。
その動きは無意識ながら誘っているようにしか見えない。
阿部は篠岡の様子を見ながら下着に手をかけた。
とろんとした目には抵抗の色もない。
下着を抜き去り秘所に直接触れると、全身でびくんと反応がある。
そこは明らかに熱く滴っていた。
「すげ……」
ぼそりと呟かれた言葉は羞恥心を更に掻き立てるのに充分だった。
篠岡は阿部の首元に回した腕にぎゅっと力を入れた。
ちゅ、くちゅ、という水音と湿った吐息が狭い部屋いっぱいに広がる。
溢れ出てくる蜜をかき混ぜているうちに見つけた
篠岡が大きく動揺する突起を重点的に責めていく。
そこをこするたびに声にならない声があがる。
指を動かすスピードを徐々にあげていくとそれに呼応して
背中で組まれた腕に力がこもる。
「ゃ……も、やめ、お願……ぃゃ、あ、ぁ…………………!!!」
しがみついて大声を出さないように絶頂に震える篠岡を見ながら、
誰がやめんだよと阿部は窪みに指を滑り込ませた。
「!!」
興奮冷めやらぬところへ新たに注がれる直接刺激に篠岡はいとも簡単に再び追いつめられる。
「は、いや、だめ、だめ、やめて、やめてやめて、
あべくんっ、──────────!!!」
声がいささか大きくなっていたが近づいてくる人はいなさそうだった。
くったりと弛緩する篠岡に入ったままの指を動かすと
んっ、と声がしてナカがきゅっと締まる。粘液が溢れる。
「やべー、挿れてえぇ……」
左手で篠岡の頭を抱き、阿部は己の欲望をストレートに口に出していた。
挿れる……? 何を?
篠岡ははっきりしない頭でぼんやり考えていた。
指だけでもこんなに気持ちいいのに、それ以上のものを挿れられるなんて……
未知の期待に頭の奥がくらくらした。
そして、気付いたら口が勝手に動いていた。
「いいよ、して……」
願ってもない申し出に阿部はまじまじと篠岡を見つめると
彼女はとろんとした瞳で見つめ返してきた。
ごくり、と喉が鳴った。
篠岡の膝を割り、間に身体を滑りこませる。
ジッパーを下げれば、痛いほど存在を主張しているヤツはすぐに飛び出すだろう。
目的の場所までは10センチもない。
─────でも。
阿部は、篠岡のはだけたお腹に額をこすりつけた。
外で脇を触られていた時、倒れそうなのを支えていた時からずっと
やられっぱなしだった篠岡のいい匂いに包まれる。
「……やんねー。スゲーしたいけど」
「阿部君……」
「いくらなんでもこんなとこでやるわけにゃいかねェ」
ぐりぐりと押し付ける頭を篠岡はそっと撫でた。
「そうだね……ごめんね」
「なんで篠岡が謝んの」
「私だけ気持ちいいんじゃダメだよねっ。
……今度は阿部君の番!」
篠岡は勢いよく起き上がり、つられて体を起こした阿部を壁に押しやり
足を投げ出して座らせ、広げた両足の真ん中に陣取った。
ベルトを外し、ボタンを外しジッパーをおろし……
慣れない手つきを阿部に黙って見つめられると余計に手が震える。
露になったソレに触れて篠岡は息を飲んだ。
指よりは太いと思っていたけれどまさかこれほどまでとは。
思いとどまってくれた阿部に心の中で感謝した。
両の掌でそっと包み込んでみるとぐっと反応がある。
硬い。そして熱い。
阿部は篠岡の手の上から手を重ねる。
篠岡がそれをぎゅうっと握ると、はっと息が漏れた。
促されるまま上下に扱くと阿部は悩ましげに目を細める。
初めて見る阿部の表情に思わず見とれていたら、視線に気付いた彼が嫌そうな顔をした。
「っ見てんじゃねェ……」
吐息混じりの呻きは本人の意思に反してひどく艶めいて、
篠岡の身体にぞくぞくっと甘く切ない波となり走り抜けた。
手を動かしたまま阿部の額に、瞼に、頬に耳にキスを落としていく。
くすぐったそうに受け止める阿部がただ愛しかった。
求められ唇を合わせ、舌も愛撫する。
阿部にもっと気持ちよくなってほしい、と篠岡は考えた。
けれど自分と違って脇は何ともないようだし、どうすれば……
篠岡は動かす手を緩め頭を下げていき、張りつめたそれの先端をぺろっと舐めた。
「うわっやめろ、……く、」
それはほんのり阿部の味がした。
全体を口に含むと硬さが増す。
ひととおり舐めたあと、咥えたまま手の動きを再開させる。
ちゅぽっ、ちゅぷっと音がするのが恥ずかしいけれど気にしていられない。
上から重ねられた阿部の手の動きがだんだん激しくなるにつれ
篠岡の口を外させようともしていたが、彼女は頑として離さなかった。
「やめろって! ……、……っ、……篠岡!!」
迸る液体を篠岡は喉で総て受け止める。
バカ、吐きだせよと阿部は慌てたが彼女はそれを無視し飲み込んでしまった。
「おまえなあ~~、」
阿部は呆れた声を出しながらも篠岡をぎゅっと抱きしめる。
「なモン飲むな! 大丈夫か?」
「ん……」
「なんでそこまですんだよ。おかしーだろ」
篠岡はぽかんとして阿部を見上げた。
「え、わからない?」
「わかんねーから聞いてんだろ」
「そっか。そーだよねっ」
それから篠岡はくすくす笑うばかりで結局阿部の質問には答えなかった。
「? ? ?」
施錠して再び部室を後にする頃には他の部屋はどこも人気がなかった。
ちょうどやって来た見回りの先生に何食わぬ顔で挨拶をしてすれ違う。
「ギリギリだったな」
「危なかったー。
もうやめようね。先生に見つかったら大変なことになるよ」
「あー。今度はちゃんと場所考えるよ」
「そういう問題じゃありません……!」
はは、と笑って阿部は伸びをひとつした。
「篠岡はしたくねーの? 続き」
篠岡の脳裏にさきほどまでの行為が浮かび、身体の奥がじゅっと疼いた。
思い出すだけで震えてくるほど気持ち良かった、その先にあるもの─────
赤くなって黙りこくる篠岡を横目で見て阿部がふっと笑う。
「ま、あんま期待されても困るけどな」
「!」
更に顔を真っ赤にした篠岡は二の句を継ぐことができなかった。
空を見上げ阿部はちょっと不機嫌そうな声でぼそりと呟く。
「次は負けねー」
「……はい?」
正捕手とマネジを残してコンビニに向かった野球部の面々は
一向に追って来る気配のない二人のことはあえて話題に出さなかった。
内心渦巻くものがあったとしても。
(うまくいったかなあ)
(いーなーあべ!)
(不祥事起こさねーよう言っとかねーと)
(やっぱアベウゼー)
(あれだけの練習終わった後なのに元気あるなあ)
(びっくりした……)
(阿部、かあ)
(セーシュンしてんな)
(阿部君、と 篠岡 さん)
そうしてこの日はなんだかビミョウな雰囲気のまま解散となった。
(ったくあいつら……)
(どー見てもバカップルだな!)
終わり
最終更新:2009年10月05日 20:02