1-365 百枝×アベチヨ
嫌いなのとは違う。どういう風に扱えば良いのか分からない。
彼女が監督だから、とか、女性だから、とかいうわけではなくて、
ひょっとしたら捕手をわかっていないと言われたことをまだオレが根に持っているからかもしれないが
(オレがこういうのを意外に気にしてしまうことをオレは初めて知った)
そういうのとは次元が違うところでオレは彼女が苦手だ、と強く思う。
なんでだか、ニヤニヤとオレを見ているのも、ますますその感情を助長させる。
「何すか」
早くこの場から離れたいと思っているオレの声はぶっきらぼう
(もっと冷静な声を出すべきだった)
になってしまい、ますます百枝のニヤニヤが強くなった。
ニヤニヤに、ふぅん、とかいう物知り声をくっつけてオレの目を覗きこんでくるものだから本当に居た堪れない。
「今日、千代ちゃん、なんだって?」
百枝のニヤニヤはひどくなるばかりだ。
目を三日月のように細めてことさら区切って質問をする。
ついさっき言ったばかりじゃないか!と、言い返すわけにもいかない。
かっと頬に血が上りそうになるのを何とか抑え、
それでも眉が不機嫌に寄ってしまうのを抑え切れなかったオレは、仕方なく同じ言葉を繰り返す。
「篠岡は体調が悪くて今日は部活を休むそうです」
「ふぅ〜ん・・・どこの調子がよくないって?」
「だから、体の、」
「体の、どこ?」
「は?」
つまってしまったオレを、百枝のニヤニヤが追い詰める。二度目の失敗。
ここは間髪いれずに知りませんと言うべきだったのに、オレは言うのを戸惑ってしまった。
それはもう、知っているということに他ならない。他の人間ならまだしも相手は百枝だ。
オレがつまってしまった意味をしっかりと理解しただろう。
その証拠に、目がきらきらと光ってきている。女というのはこの手の話が大好きなのだ!
「・・・お酒も飲めない子供なのにねぇ」
それは関係ないだろうとは言わないでおく。いくらなんでもそんな失敗はしない。
はあ、と抜けた声を返して百枝がなにを言っているのか分からないという表情を作った。
もう誤魔化すことは無理だろうが、彼女の追及を避けることはできるだろう。
「あの、」
「もー行っていいわよ」
やっと解放された。ただ篠岡の欠席を伝えるだけだったのに、随分と居た堪れない思いをしたものだ。
この鬱憤は練習で晴らすか、篠岡で晴らすか、そんなことを考えながら一礼して百枝のもとから離れようとした途端に百枝の声がした。
「千代ちゃんに無理させちゃ駄目よ」
ぎょっとして振り返ったオレは、本日三度目の失敗を悟る。
百枝のニヤニヤとあがったくちびる、きらきらとしている目、何かよからぬことを思いついた顔がしっかりとオレをとらえ、決定打を放つ。
「えっちは程程にねー!」
どうやらこの大声が、オレに対する罰であるようだった。
最終更新:2009年10月31日 20:07