1-406 ミズチヨ(勝手に続き)
(阿部君が言ってたのって…!!)
篠岡は階段を駆け下り、小走りで廊下を抜け、思わず女子トイレに駆け込んだ。
鏡に映る自分の顔は、真っ赤。そんな顔は誰にも見られたくなかった。
個室に入り鍵をかけ、まだドキドキしている胸をおさえて、息を整えるように、深呼吸する。
男子たちに「そういう目」で見られるのは恥ずかしいし、
少なくとも本人に聞かれるようなところで話すのはやめてほしい、とも思う。
野球部の男子ならなおさらだ。
(でも、水谷君の夢の話は…、水谷君だったら……)
篠岡の心の中に、部活中の真剣な表情、授業中机につっぷして眠っている時の寝顔、
休み時間のへらへらした笑顔、この前目撃した着替え中の背中…
さまざまな水谷の姿が浮かんできて、胸の奥がきゅっとする。
(好きか嫌いかって言ったら、好きだけど、そういう好きなのかなあ…
気まずくなるのは、嫌だけど…)
ぐるぐる考えているうちに、ふと、今日の下着の上下が不揃いなことに気づいてしまい
高まった気持ちが少ししぼむ。
はっとして時計をみると、もうすぐ休み時間が終わる。教室に戻らなくてはいけない。
(『そのくらいのことでいちいち動揺していては、野球部マネージャー失格よ!
みんなそういうお年頃なんだから☆』って監督なら言うのかな。
水谷君はあの狼狽っぷりからして、午後の授業は上の空か…
今日は試験範囲のまとめがあるし、ちゃんとノートとっておいてあげなくちゃ。
放課後の部活に支障が出ないように、花井君が適当にフォローしておいてくれるといいけど)
必死に思考をすり替えて、身体の熱をふりきろうとする。
青春が始まるのは、もう少し先のことらしい。
最終更新:2009年10月31日 22:17