1-471-473 カノルリ

「西浦との試合、なんで教えてくれなかったのよ?!」
「おい…お前だってGWは部活だったんだろ…?」
連休明け、叶はいきなりルリに怒鳴られていた。
まだ合宿の疲れの抜け切らぬ体に、高い声がきんきんといやに響く。
「私もレンが投げてるとこ、見たかったのにぃ…」
(「私も」?「レンが」?)ざわざわと何かが叶の心の中で毛羽立つ。
「お前な…(負け投手に向かって…)」呆れたように、ふうと息を吐いて、続ける。
「そうだ、アイツ…三星には戻らないってはっきり言ったぞ」
「そっか…」ルリは少し悲しそうな顔をして俯いた。叶も黙ってルリを見る。
「そんなの、なんかさみしいじゃない…」
(それはオレも言った…)


「もう、あっちでうまくやってるんだってさ」
「そ…」
うなだれる細い肩。肩にかかる、やわらかそうなくせ髪。
いつもは、やかましく悪態をつき、よく笑う…今はきゅっと結ばれている口元。
廉が三星を出ると初めて言ったときは、あんなに怒って喋り散らしていたのに。
ああコイツこんなしおらしい顔もするんだと、叶は思わずルリに見入っていた。
沈黙の間に心拍数が少しずつ早まる。廉とそっくりな眉。長い睫毛。
(こいつ…泣いたりは、しないだろうけど)叶の腕がかすかに動く。
もしそのまま、ルリの言葉が沈黙を破らなければ。ルリの肩に手を置いていただろうか、頭をぽんぽんと撫でていただろうか…
そんなこと、ルリには知る由もない。一瞬の沈黙は、シャボン玉のようにすぐ弾ける。
「…でも、廉が元気に投げてたんなら、それでいい」
「!」顔を上げたルリと目が合った叶は、ハッとして腕を戻し、視線を横に泳がせた。
「そ、そうだよな」と言いながらも、目のやり場に困っているような叶。
でも、「? …なによ?」訝しがるルリが返してくれた言葉から、いつものようなキャッチボールが始まり、内心、ほっとする。
「なんでもねぇよ」「あっそ。なんでもいーけど、今度西浦と試合するときは絶対教えなさいよ!」


「るせーな、わかったよ。…ていうかそしたらお前どこで観るんだ?」
「えっと……バックネット裏?」
正面で、廉と自分の投球をじっとみている、ルリの姿が目に浮かぶ。
…別に、ルリがみているかどうかは関係ない、廉には負けたくない。
そう自分に言い聞かせる叶。
荒れ球ばかりのキャッチボール、今日は新しい変化球に動揺しただけだ、と。

青春はまだ、始まらないらしい。
最終更新:2009年10月31日 22:22