1-665-670 ハナモモ
うちの監督はオンナ、だ。
初日に見た時は「ありえねえ!」としか思えなかった。
オンナにまともな野球できんのかよって。
まあすぐさまその誤解は打ち砕かれる事になったんだがな。
いや、握りつぶされる、かな。
で、ありえねえオンナを監督として、俺たちは高校球児として邁進していく事になったんだ。
のに、なんでこんな事になってるんだ?
尊敬する監督と。
俺の下で監督が!
モモカンの乳、柔らけえええ!!
いや、落ち着け俺、落ち着けキャプテン、落ち着け梓!
ダメだ、心臓がバクバクしてまともに物が考えられん。
おいモモカン、なんでそこで頬を染めるんだ!
どこの女子高生だよ、お前は!
俺のちんこだっておっきしてるんだからモモカンのこと言えないけどな!
ってなんでモモカンでおっきするんだよ!下半身は別思考かよ!
恥らうモモカンとおっきする下半身の存在を意識した途端、息が詰まる。
こんな時は深呼吸だ。
メントレだ。
サードランナーを見てリラックス…ってサードランナーなんているわけねえっつーの!
「す、すんんませんんっっ!!」
三橋ばりにどもりながらひとまず、モモカンの上から退く。
そう、単に下に落ちたノートを二人して拾おうとしてバランス崩して倒れただけなんだから。
倒れた拍子におっぱいの上に手がいっちゃったのは不幸な事故だよ。
…不幸な…柔らかかったな、本当に。
モモカンのはもっと硬いのかと思ってたのに。
それにでかかった。俺の手でも余る位だった。
「あはは、こけちゃったねー」
モモカンは髪を撫で付けながら起き上がろうとする。
咄嗟に手を差し出した。
あっと思った時にはモモカンはその手を握って立ち上がる。
「ありがと!」
「ケガ、ないっスか」
「うん、ないみたい」
なんだよ、なんで手を握ったまんまなんだよ。
握ったまんま振るなよ!
そんな無邪気な顔で笑うなよ!
握ったままの手を引くと案外簡単にモモカンは俺の胸にすっぽり収まった。
「は、花井君!?」
慌てて押し返そうとするモモカンに反射的に腕に力を入れる。
そう、単なる反射、なんだ。
「好きだ」
反射の筈なのに、気付いたら口走ってた。
そうだったのか?
俺自身、今まで知らなかったよ、おい。
「ちょっと冗談止めてよ」
体をよじりながら、俺から離れようとする。
「冗談じゃない」
力を込める。
モモカンの頭が俺の真下にきた。
小さい。
なんか凄く大きな人だと思ってたけど、こんな小さい人なんだ。
良い匂いだ、と、モモカンの頭に顔を埋める。
「いい加減になさい!」
モモカン、腹への一撃!
花井は150pのダメージを食らった。
グフゥッ。咳き込んで、体を折る。
「痛っ!
何するんすか?」
「それはこっちの台詞!手近にいたからって私に手を出すな!」
「手近だからってわけ、じゃ」
ゲホゲホと咳き込む。
モモカンは俺と微妙に距離を取りながらも目を離さない。
「大体、花井君、もてるじゃない」
「い、今そんなこと関係ないでしょ?」
そりゃ、確かに俺はそこそこもててんじゃないかな、とは思う。
野球部が快進撃続けてるから、そのせいだろうけど。
告ってきた女子には結構可愛い子もいたけど、でも今は野球のことしか考えられないと断ってきた。
あ〜違う。野球のこと、じゃなかったんだ。
野球部の監督のこと、なんだ。
「俺、監督の事好きなんですよ」
「私も好きよ」
「じゃあ」
俺の言葉をさえぎりモモカンは続ける。
「三橋君も好き、阿部君も好き、田島君も好き、水た」
「もういいっすよ!
なんだよ。皆好きって!
それじゃ誰も好きじゃないのと一緒じゃないか」
一歩踏み出す。
モモカンも一歩下がる。
「どきなさい。帰るから」
「どきません。帰さないから」
机を挟んで俺たちは睨み合う。
もう一歩踏み出す。
モモカン、ファイティングポーズ。
「来るなら、本気出すわよ」
…ちくっしょおおおおお!
そんなに俺が嫌かよ!
モモカンにだって選ぶ権利くらい有るって、頭の片隅で言ってる声がする。
でもそんな、冷静の自分の声から耳を塞ぐ。
「出してみろ!」
机に飛びのって跳ねる。
勢いに任せてモモカンを壁に押し付ける。
しかしモモカンは俺の襟首を掴んで反対に締め上げる。
膝蹴りを出して、怯んで手が緩んだモモカンから離れる。
その拍子に椅子に当たって姿勢を崩す。
「うおおおおお!」
俺の頭を狙ってモモカンの回し蹴りが空を切る。
そのまま床に転がって難を逃れる。
壁にぶつかった勢いのまま素早く立ち上がる。
モモカンは位置を変えずにいた。
「まだやる?」
「ああ!」
俺たちはぶつかり合い、殴り合い、狭い部室の中を駆け回る。
俺よりも頭一つ小さいモモカンだがパワーは互角だ。
むしろ、喧嘩慣れてるモモカンに俺は押され気味になる。
ずっと野球やってきただろうに、何で戦い慣れてるんだよ?
殴られた拍子に口の中を切ったようで、唾と一緒に血を吐き捨てる。
幾らなんでも女の顔を殴れない俺と徹底的に頭を狙ってくるモモカンとの差はハッキリしてきた。
一発逆転を狙って、姿勢を低くした。
「おおおおおおおお!!」
吼えながら渾身の力でタックルを掛ける。
幾らモモカンとは言え、毎日鍛えてる足腰での瞬発力だ。
避けるかと思ったのにモモカンは俺のタックルを受け止めた。
「まさか!?」
モモカンに受け止められて俺は膝を付いた。
そこにモモカンは勢いよく頭を振り下ろす。
「ぅぎゅ」
見事に決まった頭突きに俺は意識を手放した。
手放す瞬間に頭を抑えて悶えるモモカンを見て、ニヤリとした。
昔から石頭って言われてる、ん、だぁ……
「う…ん」
「あ、気が付いた?」
目が覚めるとモモカンの顔が目の前に有った?
「!?」
「いやー見事にヘッドバッドが決まっちゃったからねぇ」
苦笑してるモモカンに膝枕されていた。
顔よりもおっぱいがもっと目の前にある。
すっげー良い眺めだ。
!!
じゃない!
慌てて起き上がる。
「頭、打ったんだからゆっくり動きなさいよ」
「あ、はい」
と、言いつつもモモカンから2メートルは離れた所に腰を下ろす。
「あのね」
モモカンはえらく真面目な顔で俺の顔を見た。
「はい」
「もし…本気なら。卒業してからもう一度言って」
え…それってどういう。
「先生と生徒が関係しちゃダメなよーに、コーチと選手も不味いと思うのよ」
それって、それって。
顔に血が上ってくる。
「少なくとも、女が監督してるってだけでも色々言われるから、捕まれる尻尾は増やしたくないのよ」
「う…うす。すんません」
「ま、そーゆーわけだから!」
モモカンはにじり寄ってきて、右手を差し出す。
俺は差し出された手を握る。
「目指せ!甲子園っすね」
「そゆこと!」
俺たちは荒らしまくった部室の片づけを二人でした後、戸締りをした。
部室を出ると、月が出てた。
初めて見るような気持ちで月を見上げる。
きれいだ。
二人で並んで駐輪所まで歩く。
さっきの事が嘘みたいに他愛ない事を喋りながら。
煌々と輝く自販機の前でモモカンは立ち止まった。
コインを入れてポカリのボタンを押し、俺を見る。
「おごるよ、何にする?」
一瞬迷って、答える。
「あー…汁粉で」
プッと噴出すモモカンに、ネタが滑らなくて良かったと俺も笑い出す。
「ホントに買っちゃうよ?」
と、言いながらも指は汁粉のボタンを押してる。
「うあ!」
自分で言った事とは言え、熱々の缶汁粉を手にちょっと途方に暮れながら、これが俺らしいとプルタブに爪を掛けた。
「いただきます!」
最終更新:2009年10月31日 23:08