4-67-89 ハナチヨアベ 冬のあいだ
秋の大会も終わって、しばらくたった頃、
いつものコンビニで野球部一同は買い食いをしていた。
めずらしく篠岡もいて満面の笑顔で肉まんを頬張っていた。
「もう少ししたら春だな~。新入部員いっぱくるといいな。」
水谷が何気なく話を振った。
「うまい奴がくるといいな!」
「まあ、量より質のほうがいいよなあ。」
「オレらも結構有名になったから結構くるんじゃねえ?」
「オ、オレは・・・。」
「すごい投手きたらエース取られるとか思ってんだろ?三橋。
いい加減もっと自信持てよ。」
「おお、なんか阿部がやさしーぞ。」
水谷が篠岡を振り返る。
「マネジも来るといいな。篠岡。仕事楽になるんじゃねえ?」
「うん。そうだね。マネジも増えるといいな。」
「かわいいこが来るといいなあ。」
「アホか。水谷。なに期待してんだ。」
水谷のささやかな希望に、花井が水を差す。
「いっとくけどなぁ、おれは部内で付き合うとか反対だからな。」
「ええええ?そうなの!?」
「いや、それはオレも賛成だ。」
「あ、阿部まで。」
「考えても見ろよ。こっちが汗水流して練習してる時に
付き合ってる奴らがアイコンタクトでもして見ろ。
それが年下だったらスグ殴るぜ。」
阿部が冷酷に言い放つ。
「阿部こえ~よ。」
水谷が青ざめて答える。
「おいおい。篠岡もいるんだぜ。ちょっとは気をつかえよ。」
栄口が慌てたように割ってはいる。
「篠岡だって、新しく入ってきたマネジがそいつの彼氏だけをヒイキ
してたら腹立つだろ?」
花井の問いかけに、篠岡は腕を組んでしばし目をつぶる。
「そうだね。それって嫌だね。他のみんなに失礼だよね。」
「うっし、じゃあ。野球部内の恋愛は禁止な。
その方針で残り2年間いくぜ!」
花井明るく断言したが、
それがみんなの心の微妙な変化を生み出したとは
知る由もなかった。
冬は日が暮れるのが早い。気温も低い。
夏大と秋大のデータ整理を阿部と篠岡が冬の間にすることになり、
練習が終わった後、阿部の家に篠岡とその日集まれる面子が
集まることが日課になっていた。
「なあなあ 阿部、エロ画像は?エロコレクションは?」
「アホ、誰が見せるか。」
そんな二人のやりとりを篠岡はいつもくすくす笑いながら見ていて。
周りのほうが必死に二人を止めるという平和な光景がいつも
繰り広げられていた。
ある日、阿部の家から帰る途中、栄口は忘れ物をしたのに気付いて
慌てて阿部の家に引き返した。
チャイムを鳴らそうかと思ったが、その日は家の人が誰もいなかったことを
思い出して、阿部を驚かしたいいたずら心が不意に湧いた。
阿部がコレクションチェックしてる時だったら、見れるかな?
阿部のアイコラコレクションは門外不出で、誰も見たことがないという。
野球部内で伝説化しているそれを、急襲して見てやりたい誘惑に、
栄口は勝てなかった。
そっと、ドアを開け、勝手知ったる間取りを、忍び足で阿部の部屋に向かう。
静かにドアノブをまわし、一気にあける。
「よお!阿部、オレ忘れモンし・・・・てっ!?」
ドアを開けるとともに、部屋の中を見た栄口は
そこで起きていた事に、言葉を失い、硬直した。
自分の目がおかしくなったかと思い、取り合えず瞬きを数回する。
何度瞬きしても、光景に変化など起きず。
これは、現実だ。
部屋の中では・・・・
部屋の主である阿部、
その腕の中に、
あられもない格好をした篠岡が、いた。
阿部の腕が篠岡の背中に回りそっと抱き寄せる。
抵抗しないその体はすっぽり阿部の胸の中に納まり、
阿部のシャツの端を、篠岡はぎゅっと掴む。
「落ち着くか?」
「うん。いつも、ごめんね。阿部くん。」
「いいよ。別に。気にすんな。」
「私、ダメマネジだね。ほんと、なんでこんなにダメなんだろう。」
阿部の部屋で皆が帰った後、篠岡は一人戻ってきて。
部屋に入るなり、阿部の前にへたり込んで、涙を流し始めた。
そんな篠岡を阿部は優しく慰める。
「泣き言いいたいだけ言えよ。明日、また笑えばいいんだ。」
「ふっふ・・・・ふぇん・・・うっ・・うぅ~・・・。」
泣きじゃくり始めた篠岡を腕の中に抱えたまま、篠岡の頭をそっと撫でてやる。
「目はずっと閉じておけよ?」
泣き止まない篠岡はぎゅっと目を閉じ、こくんと頷いた。
顔を上げさせ、篠岡の唇を阿部はゆっくり塞いだ。
篠岡の嗚咽は途切れることなく、阿部の中に消えていく。
嗚咽ごと吸い込むように、
篠岡の口内に舌を侵入させ、舌を絡めとリ、吸い上げる。
せめて少しでも悲しみを吸い上げるかのように。
篠岡のブラウスのボタンを阿部の無骨な指が一つずつはずしていく。
すべて外れたところで、背中に手を回し、ブラのホックをプチンとはずす。
窮屈さから開放された小ぶりな乳房を、阿部はすっぽり包み込み、やや強く揉む。
篠岡の嗚咽に、かすかな喘ぎが混じる。
塞いだままの唇から、そのわずかな変化を阿部が読み取ると、
唇を離し、篠岡を膝立ちに刺させて、乳房の突起を口に含んだ。
「あ、はっ・・・ああ。」
目は硬く閉じられたままで、篠岡は快感に任せるように身を捩じらした。
阿部の責めは容赦なく続き、阿部の手はスカートの裾からそっと、侵入を開始する。
目的の場所にゆっくり時間をかけ到達した阿部の指は、そっと上下に刺激を与える。
「んっ・・!!ああ・・んっ!」
「声だして、名前を読んでもいいぞ?」
目は相変わらず閉じられたまま、篠岡は首を左右に振り、否定した。
嗚咽は完全に、はかない喘ぎに変わっていた。
そんな篠岡に阿部はふっと笑うと、篠岡の下着を一気に引き摺り下ろし、
直接刺激を与え始める。
「はっああっ・・・ああん!」
篠岡のそこはすでにしっとりと溢れていて、阿部の侵入を簡単に許す。
ゆっくりと出入りを繰り返し、一気に奥まで侵入し、中でこねくり回す。
「んっあ・・!!!んんんんん!!」
目を決して開けることなく、自らの口を手で塞いで、声をこらえようとする。
「いいぞ、イって。イけよ。篠岡。」
篠岡の体が数回痙攣し、やがて力がくったり抜け、阿部にもたれかかる。
まだ息が荒い篠岡の下着を元に戻してやり、改めて抱きしめ頭を撫でる。
「ちゃんと、できたか?」
篠岡が力なく顔を上げ、こっくり頷く。
「そうか。じゃあ、またがんばれるな?」
「ご、ゴメンね、阿部くん・・・・。」
「いいって。謝るな。」
その時、部屋のドアがいきなり開き、帰ったはずの栄口が現れた。
「よお!阿部、オレ忘れモンし・・・・てっ!?」
「し、篠岡!? 阿部・・? えっ・・・・?」
阿部は茫然自失で立ち尽くす栄口に、阿部はひとつため息をつくと、
部屋の端に転がっていた、栄口の手袋を広いあげ、そのまま押し付ける。
呆然と受け取った栄口の腕を強引に引き、ドアの外に追いやる。
「ほら、忘れ物はこれだろ? じゃあ、帰れ。」
服が乱れたままの篠岡をただ凝視している栄口に
阿部はチっと舌打ちし、腕を掴んだまま玄関まで引きずる。
「栄口、また、明日な。」
一言も発しないまま、栄口は靴を履き、ふらふらと歩き出す。
「アイツ、大丈夫か・・・?」
無事に歩き出したことを確認した阿部は、
篠岡の待つ部屋に戻る。
案の定そこには、真っ青な顔をした篠岡が身じろぎせず座っていた。
「どっどっどうしよう? 阿部くん!」
「どうもしねーよ。落ち着け篠岡。」
「だっだって!!見られた!!私こんな格好・・・。」
「向こうからは別に胸も見られてねえよ。まあ
刺激の強い格好ではあるだろうがな。」
ブラウスのボタンは全部はずれ、脚は太ももまで見えてしまっている。
でも、でも、と繰り返す篠岡に、阿部はゆっくりと諭す。
「オレらは何もやましいことねえだろ?堂々としてろよ。」
阿部のその言葉に、篠岡の表情は引き締まり、こくんと頷いた。
栄口は自分が見たものが一体なんだったのか帰りながら
必死で考えていた。
あの二人はつきあっていたのか?
でも、ついこの間花井が部内恋愛禁止したところだろ!?
阿部も賛成してたじゃないか!
くそ!先を越された!!
自分の思考に、はっと我に返る。
今、おれ、なんて思った・・・?
先を・・・越された・・・?
オレは篠岡が好きなのか・・・・・?
切れかけた電灯がちかちかと瞬いてる下で
自分の中から新しく湧き出した感情に戸惑っていたら、
いつの間にか自転車をこぐのをやめていたことに気がついた。
自分の吐く息の白さをしばらく眺めた後、
のろのろと再びペダルを漕ぎ出す。
おれは・・篠岡のことが・・・好きだ。
そんな、確信とともに。
「篠岡、最近なんかヘンじゃねえ?」
数日前、7組でランチを食べていた田島が
唐突にそんな話を言い出した。
「そうか?いつも笑顔でいるじゃねえか。」
「ん~・・な~んか、笑ってるけど笑ってないような気がする。」
「何だよ。それ。」
泉が冷静につっこむ。
「なあ、三橋もそうおもわねえ?」
「え?い、いや、わからない・・けど。いつも・・笑顔だよ。篠岡さん。」
「なんでわっかんねえかな~。笑ってないじゃん!全然!」
泉と、浜田が、不思議そうに田島を見つめる。
そこに三橋が口を挟む。
「でっ!!でもっ!!阿部くんも・・・へんだよ。」
「へっ!?」
泉と浜田と田島が三橋を見つめる。
「なんか・・・最近。阿部くんがなんか違う気が、する。」
「そうか~?どっちもフツーだと思うけどな?」
泉が理解できないという表情で、パンにかぶりついた。
田島は篠岡の笑顔がいつからおかしくなったのか、
必死に思い出そうとした。
篠岡の笑顔がしばらくヘンだなと思った後
元の篠岡に戻っている時があった。
その後、ゆっくりまたヘンになっていっている・・?
そして、今はまたヘンな笑顔だ・・・。
栄口が阿部の部屋を訪ねた次の日の放課後、
部活が始まる前の柔軟を田島はしていた。
皆がぞくぞく集まってくる中、篠岡もグランドに顔を出す。
「ちわっす!」
明るい声といつもの笑顔で挨拶し、篠岡がベンチに座って
水谷らと話をしながら、準備をしていると、
不意に目の前が暗くなった。顔を上げると、田島が篠岡の目の前に
立ちふさがるようにたっていた。
「どうしたの?田島くん?」
「何があった?篠岡?」
いつもの飄々とした田島からは考えられない、鋭い表情で篠岡に問いかける。
その違う声音に篠岡は少し怪訝になりながらも笑顔で答える。
「何もないよ?ヘンな田島くん。」
「なんだよ!!その顔!誰に苛められたんだよ!?」
豹変した田島の態度に、篠岡はびっくりして、返事に詰まる。
「笑ってねえよ。全然笑ってねえよ。しのーか!なんだよその顔!!
最近ヘンだったど、今日は一番ヘンだ!」
田島の大声にみんな集まってきた。
花井が慌てて田島を押しとどめる。
「何だよ、田島、急にどうした?何怒鳴ってんだよ?」
立ちふさがった花井をかまわず押しのけ、田島は篠岡にさらに近づこうとし、
花井は慌てて後ろから田島を羽交い絞めにした。
「誰に苛められたんだよ!しのおか!いえよ!オレがそいつ殴ってやるから!」
篠岡の目は驚愕に見開かれ、両手を口に沿え、硬直して田島を見つめる。
「泣きたいときはちゃんと泣け!笑うな!!」
その言葉を合図に、篠岡の目から涙が一粒、頬に伝わり、落ちた。
その様子に、水を打ったように静まり返る部員たち。
「やだ、本と、平気だよ・・私。田島くんってば・・。ゴ、ゴメン!!」
震える声で誤魔化そうとしたが、やはり無理だったのか、
篠岡はグラウンドを飛び出し、校舎のほうへ駆けていった。
「おい、阿部、追いかけねえのか?」
思わず栄口がそう阿部に問いかけると、全員が阿部を振り返る。
阿部は栄口の発言にチッと舌打ちを打った。
「オイ、阿部。お前かよ?篠岡苛めたの?」
冷え切ったその田島の目線と口調に、周りのほうがびびったが、
阿部は一つも表情を変えず、怒りで満ちた田島の目線を受け止めた。
「苛めてねえよ。」
「ホントか!?じゃあなんでしのおか泣いてたんだよ!?」
花井の羽交い絞めから田島が抜け出そうとしたが、
花井はがっちり押さえ込み、離さない。
「どういうことだ?話が見えないんだが 阿部、何か知ってるのか?」
一欠けらの感情も浮かんでない顔で、阿部は花井を一瞥すると、
おもむろに口を開いた。
「オレは知らない。」
「何だよ! 阿部!ウソつくな!!しのーかに何をした!」
田島が勢いよく花井の腕を振りどいたが、再び花井はがっちり捕まえる。
「よくわからんが、阿部。お前、追いかけたほうがいいんじゃねえ?」
花井の控えめな提案に、
無表情なままで、阿部はつづける。
「これは篠岡の問題だ。誰も変わってやれねえし、誰も理解することはできねえ。
篠岡が解決するべきことなんだ。だから、誰も追いかけるな。」
その阿部の普段からは考えられない凍った表情に、反論をすることもできず、
部員はみな黙り込んだ。
こうなった阿部は、一言も事情を話さないだろう。
そこへ誰かがやってくる足音が響き、皆が振り返るとモモカンが来た所だった。
「みんな!どうしたの!柔軟は終わったの!?」
「はっはい!!」
花井が慌てて返事をし、田島の手を緩めた一瞬で
田島がするりと抜け出し、グランドの外に飛び出した。
「カントク!!おれウンコいってくる!!」
モモカンの返事を聞く暇もなく、猛ダッシュで走っていった。
「あら、田島くんおなか壊しちゃったのかしらね・・?千代ちゃんは?」
篠岡の名前が出て皆は一瞬びくっとなったが、阿部が反応した。
「委員会で遅くなるそうです。」
表情の変化をつけず、さらっと答えた阿部に、周りの驚愕の目線が刺さるが、
全く気にする様子はない。
「あらそう。」
田島は篠岡の姿を探して、部室棟を走り回っていたら、
やがて非常階段の下で、うずくまる篠岡を発見した。
「しのおか。」
その声を聞いて篠岡はびくっとして、顔を上げる。
「田島くん・・・。」
田島の姿を確認して、はっとなる。
「練習!!はじまってるでしょ!!田島くん行かないと!!」
「じゃ、篠岡もいこうぜ。」
にししと篠岡に笑顔を向ける。
「わ、私は・・・後で戻るから・・・。」
「ダメだ。一緒にもどるぞ!!」
座り込んで動こうとしない篠岡に、田島は手を差し出した。
おずおずとその手を握ると、ぐいっとひっぱり強引に立たせる。
手をそのまま離さず、グラウンドの方へ歩き出す。
そのまま引っ張られて、篠岡も歩き出す。
「篠岡、阿部に苛められてるのか?」
田島が、前を向いたまま篠岡に尋ねる。
「ええ?いや。阿部くんはむしろ私を助けてくれてるの・・・。
感謝してもしきれないくらい・・・。」
「ほんとか~?ま。いいや。そっか。
だれかに苛められたらオレに言えよ?助けてやっから!」
握られた手から田島の体温と、優しさが伝わってくるような気がして
篠岡は胸が温かくなるのを感じた。
「ありがとう・・田島くん。」
田島はくるりと篠岡を振り向き、にかっと笑う。
「オレ、しのーか 好きだ!!」
「ええ!?」
唐突な告白に、篠岡は耳まで真っ赤に染まった。
「絶対甲子園につれてってやる!もう泣くな!
悩みはもう悩むな!ちゃんと笑え! なっ!?」
田島のめちゃくちゃな物言いに、篠岡は思わず笑う。
「お、その顔だ!篠岡の笑顔だ!」
にししと笑った田島は、急に篠岡をぐいっと引き寄せ、抱きしめた。
その唐突な行動に、反応すらできなかった篠岡の耳元で
そっと田島がつぶやく。
「篠岡が笑ってたら、それだけで、いいから。」
普段の田島から考えられないその口調に、
篠岡が聞き返そうとしたら、田島はもう篠岡を離していて
改めて手を引っ張ってグラウンドに歩き出す。
ぐいぐいと篠岡を引っ張って歩く田島に
そのまま引かれていきながら篠岡はそっとつぶやいた。
「ありがとう・・・田島くん。」
「阿部、ちょっと話いいか?」
部活が終わったあと、栄口が真剣な表情で阿部を呼ぶと、
周りは空気を読んで先に帰っていった。
阿部は話の内容がわかっていたので、人気のないグランドのほうへ
栄口を誘うことにした。
「阿部、篠岡と付き合ってんじゃないのか?」
「付き合ってねえよ。」
いきなりの栄口の直球に、無表情のまま阿部は答える。
「だっだって!お前の・・・部屋で。」
いきなり否定されて、栄口はやや消沈するも事情を求めるように阿部を見た。
阿部は短いため息を一つつくと栄口を斜めに見る。
「別に、最後までヤってねえし。」
「なっ!?」
「誰にも言うなよ?栄口。話す必要のないことは、黙っておけよ。」
「あ、阿部!篠岡のこと好きなんだろ!?なんで!?」
「栄口。」
阿部の冷たい響きが、栄口の動きを止める。
「部外者は首突っ込んでくるな。ほっておけ。」
あまりに酷い阿部の言い方に栄口は激昂して反論した。
「な!?部活の仲間だろ!? それに、おれだって!篠岡のこと好っ!!」
「黙れ!!」
栄口の言葉を阿部は無理やりさえぎる。
「栄口、お前が篠岡を好きだなんていうのはな、ただの幻想だ!
たまたま篠岡の違う一面を見てそう錯覚しただけだ!!」
阿部のただならない様子に、栄口は思わず息を呑む。
「はっきりいってやろうか。栄口、お前はな、篠岡のあの姿を見て
お前もヤリたいって思っただけだろうが!!」
栄口の脳裏に、先日見た篠岡がフラッシュバックする。
情事の名残の残った目で自分をびっくりした表情で見る篠岡。
ブラウスからはみ出た白いブラジャー。
襟元からかすかにのぞいていた、やわらかそうなふくらみ。
太ももまでたくし上げられたスカート。
そこから伸びる、すらりとしなやかな脚。
自分の根底にある汚い欲望に気づき、栄口はただ途方にくれた。
阿部の言葉は正しいことをはっきりと意識してしまった。
荒く息をつく阿部は
やがて顔を栄口からそらし謝罪を口にした。
「悪い・・・言い過ぎた。」
「いや・・・阿部の言うことは正しいよ・・・。」
阿部そのままを後ろを向き、言葉を続ける。
「篠岡の好きな奴は・・・オレじゃねーんだ。」
栄口がはっと顔を上げる。
「まさか・・・部内にいるのか?」
栄口に背中を向けたまま、阿部は続ける。
「花井があんなこと言い出した後に、自分の気持ちに気づいたらしくてな。
まあ、それは田島もそうか?ま、とにかく、隠そうとしていたが
気づいてしまった気持ちってそんなに簡単には隠れない。
わかるだろ?栄口。」
「ああ、わかるよ。」
それは、昨日、今日と栄口の中で起こったことでもある。
「限界超えてつぶれる前に、オレの前で気晴らしするように進めた。
オレの前で泣けってな。お前がこの間見たのはそういうことだ。」
「そ、そんな。」
「篠岡はオレの腕の中で、オレの手で触れてるのに、
アイツに触れられてることを想像する。
そうやって、表に出せない気持ちを発散させてるんだ。」
「ええ!?そ、それって、それで阿部はいいのかよ?」
阿部はちらりと栄口に視線を向ける。
「別に、いいけど?」
その、何の感情も浮かんでいない目と口調に、
感情を込めないことで隠そうとしている真実に、
栄口は気づいてしまった。
「そうか・・・阿部、篠岡が好きなんだな。」
「好きじゃねーよ。」
少しの動揺も見せず、阿部は答えた。
一見、平和が戻ったように見える。
日々は淡々と過ぎ、部活は着々とこなし、
篠岡はいつも笑顔で。、
田島はひたすらただ元気で。
阿部は相変わらず冷淡で。
栄口はいつもと変わらない。
しかし、そこに横たわる強烈な違和感。
何一つ、解決していないことは明らかなのに。
田島が篠岡を問い詰めて泣かせて二人で戻ってきて。
その帰りに栄口が阿部を呼び出して。
でも、次の日から何もなかったかのように振舞っていて。
事情がまったくわからない他のメンバーからかなり
せっつかれていたが、花井は打つ手もなく途方に暮れていた。
田島にきいても
「にしし!秘密だ」
と話にならない。
栄口にきいても
「なんでもないよ。へーき。」
笑顔でかわされる。
阿部を問い詰めようとしても、睨まれて終わる。
篠岡には聞けない。
一番事情を知ってそうなのは阿部なんだが。
一体どうすれば阿部が口を割るか。
うまい策は全く浮かばないまま、日々は淡々と過ぎていく。
ある日、花井は部活後、阿部の家に向かった。
すでに解散していたが、渡し忘れていた試合のビデオを
思い出し、コレを気にきっちり話をしようと思ったからだ。
チャイムを鳴らすとおばさんがでてきて、
そのままあがってくれというので遠慮なく
花井は阿部の部屋に向かう。
花井が部屋のドアを開けると
阿部と篠岡が、いた。
ふたりで、抱きあっていた。
服は着ていたが、阿部の手は篠岡のシャツの下に入っていて。
そのままの姿勢で
花井を見上げる阿部の目はいつものタレ目で。
花井を見上げる篠岡の目は泣き腫らして真っ赤だった。
その光景に目を見開き、思わず手に持っていた紙袋を落とす。
「なっ・・・なっ・・・・!?」
すべてが崩壊する音を、頭のどこかで聞きながら、
阿部は花井のリアクションは栄口と一緒だな・・・と
どこか冷静に眺めていた。
「何しに来たんだ?花井。試合のビデオか?」
「あ、ああ、そうだ。・・・これだ。」
「サンキュ。もらうわ。じゃあ、帰れ。」
「帰れってお前・・・説明ナシかよ?」
「今度な、今度。今日は帰れ。」
茫然自失の花井を取り合えず追い出した後、
蒼白になっている篠岡を抱き寄せた。
「かなり早くバレたな。栄口は黙っててくれたんだけどな。」
篠岡の頭に顔をうずめ、阿部はチクショウと小さな声でつぶやいた。
「阿部くん・・・ゴメンね。せっかく・・。」
「いいって。気にするな。」
「私、阿部くんにひどいことしてる・・・・。」
その言葉で阿部は少し目を見開いたが、静かに再び目を閉じた。
「オレは嫌なことはやらない。篠岡も知ってるだろが。」
篠岡は小さくコクリと頷くと、静かに泣き出した。
阿部はずっと篠岡を抱きしめていた。
夜空の下の、人気のない校舎、人気のないグランド。
野球部の部室だけは電気がついたままで。
中には花井と阿部と篠岡がいた。
花井がさて、なんて切り出すか思案していると、
阿部が口火を切った。
「いっとくけど、オレら、付き合ってないからな。」
「なっ!? あ、あれでか!!?」
花井が阿部と篠岡を交互に見るが、篠岡はうつむいたまま顔を上げない。
阿部は恐ろしいほど冷たい表情で、花井を睨みつける。
「お前、自分が決めたこと覚えてないのか?部内恋愛禁止にしただろ?」
「で、でもっ!お前・・・付き合ってないのに・・あんなこと?」
「あんなことってなんだよ?泣いてる篠岡をただ慰めてただけだ。
やましいことなんて、ねえよ。」
「・・・阿部・・・お前が泣かしたんだろ?」
阿部を問い詰めると篠岡が慌ててさえぎる。
「・・・ちがう・・・違うの。花井くん。私が悪いの。
阿部くんの優しさに甘えて、すがってただけなの。」
阿部が優しい?甘える?すがる?どの単語も阿部を表現する言葉に
ふさわしいとは思えず、花井はすこしきょとんとした。
「花井くん・・私、マネジ辞めるね。」
「はあああ!?なんで!? あ、阿部と付き合うためか!?」
「ちげーよ!!オレらは付き合ってねえよ!」
「私は、マネジ!辞めるから!」
「篠岡、それは解決にはならないだろうが!」
阿部が鋭く篠岡を叱責する。
荷物を掴んで出て行こうとした篠岡を、阿部が捕まえた。
「篠岡、全部、吐き出せ。な?」
大きな目に涙を浮かべてぽろぽろ泣き始めた篠岡に、
花井はただ驚いたが、阿部はその頭を引き寄せ撫でる。
「篠岡、がんばれ。」
コクンと篠岡が頷くのを見て、阿部は自分の荷物を持ち、
部室をでていった。
目だけで花井に話を聞けと命令して。
阿部と篠岡の二人に流れる空気にまったく、自分との空気の差に、
どうすればいいのかまったくわからなかったが、
阿部の目線に花井はとりあえず頷いた。
阿部は部室を出た後、閉めたドアにもたれながら地面に腰を下ろし、
手のひらを眺め、ぎゅっと握り、膝に顔をうずめ、そのまま動かなかった。
阿部が出て行き、静かになった部屋で、
花井はどう話を聞けばいいのか、一人悩んでいた。
「私、好きな人がいるの。」
唐突な篠岡の告白に、花井はぎょっとする。
「でも、好きなの辞めようと思ったの。」
「な、なんでだ?」
「好きなのやめて、今までどおり、皆の手伝いをして、がんばる姿を
応援しようと思ったの。だって、今までちゃんとできてたし。」
篠岡がポツリポツリと話すことを、花井はただ黙って聞く。
「野球が好きで、男で生まれたかったと思ってたけど、
がんばる皆を見てて、そのチームの中に参加できるだけで
ずっと幸せだった。甲子園目指すみんなはきらきら光ってて。
そばで手伝えるだけでよかったのに・・・・・。」
話しながら、篠岡の目から涙がこぼれ続けていたが、
泣きながらも一生懸命話す篠岡を、
花井はどこかきれいだと少し場違いなこと考えながらも、
視線をはずすことすらできず、ただ、黙って聞いていた。
「・・・・・花井くんが・・・・好きなの・・・。」
「いぃ!?」
まさかここで、自分の名前が出ると思っていなかったため、
おおきくのけぞり、びっくりする。
「部内恋愛禁止が決まった時に、なんか気づいちゃったんだよね。
それから、もう。まったくダメで。皆に心配かけて。
田島くんも励ましてくれたのに。
好きなのをやめようと、ずっとやめようと思ってがんばってきたけど、無理で。
毎日、つらくて。そんな私を、阿部くんはすごく助けてくれて。
でも、やっぱり、無理で。だから。
マネジを辞めるべきなんだと思う。
そうしたら、花井くんを好きでいても、いいのよね?」
篠岡の悲壮感漂う告白に。
ただひたすら自分を責めるその告白に。
一言も、勝手なルールを決めた花井を責めない篠岡に。
自分の信念が、ここまで篠岡を追い詰めてしまったことに。
花井は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そっと右手を伸ばし、篠岡の頭を引き寄せ、自分の右肩に押し付ける。
「は、花井くん!?」
「悪かった。オレの不用意な一言で、篠岡追い詰めて・・ゴメン。」
花井の柔らかいその声音に、篠岡は激しく声を上げて泣き始めた。
しばらく、篠岡が落ち着くまで、花井はじっと待つ。
やがてすすり泣く声が静かになってきた頃に、花井はおもむろに口を開く。
「え~と、まずだなあ。スマン。
篠岡がオレを好きなの、全然わからなかった。」
おずおずと、まず、そこをわびるところから入った。
「それでだなあ、篠岡にマネジを辞められると非常に困る。」
そして、引止めにかかる。
そして、核心に触れる。
「で、オレは今、野球のことしか考えられないんだ。一年しかいなくて。
おまけにオレはキャプテンやってて。
なんつーか、恋愛にベクトルが向かないっつーか。
いや、篠岡に興味ないってワケではないぞ。
篠岡は可愛いし。良く動いてくれるし。
おにぎりはうまいし。
だから、えーと、何がいいたいかというとだな。」
自分の言葉のたらなさに、花井は歯がゆく、必死で言葉を探す。
「野球は好きだろ? 篠岡。」
花井の右肩に顔を押し付けたまま、篠岡は頷く。
「オレも、野球が好きだ。今は野球が一番なんだ。」
篠岡は再び頷く。
「篠岡のことは可愛いと思ってるよ。」
今度は頷かず、じっと動かない。
「で、でも、オレは篠岡のことを・・・その
いや、違うな・・・・。
誰か付き合うとか、彼女を作るとか、そういうことに
興味がない・・・違うな。え~と。そう。
自分の力、全部野球に使いたいんだ。」
篠岡は顔を上げて、じっと花井を見つめる。
「こういう言い方は残酷かもしれないが、オレが受け入れない限り、
オレとは付き合わないわけだから、部内恋愛禁止は守ることになると思う。」
そこで一旦、花井はおおきく息を吸い込んで、吐く。
「だから、オレのこと、好きでいていいから。マネジは辞めないでくれ。
一緒に甲子園・・・行こうぜ。」
暖かい、感情の波が、篠岡を包み込む。
満たされた気持ちの中、篠岡はお兄ちゃんってこんな感じなんだろうかと
少し的外れなことを考えていた。
「あ、でも、ヒイキはするなよ?ちゃんと平等にしろよ?」
篠岡は笑いながら答える
「しないよ。そんなこと。」
その笑顔をみて、花井はほ~と深々とため息をついた。
「なんか、久しぶりに篠岡の笑顔見た気がする。よかった~・・・。」
「部活引退するまで・・・恋愛はなし?」
「そうだ。それに部活以外のことする時間、お互いないだろ?」
「それまで、誰のものにもならないよね?花井くん。」
「そんな余裕、ないからな。」
「じゃあ、予約してもいいかな?」
「え?」
篠岡の真意がわからず、花井は篠岡の顔を見ると
急に篠岡の唇が花井の唇に被さってきた。
びっくりして篠岡を引き剥がそうとしたが、
それより早く篠岡の手が伸び、花井の耳をぎゅっと引っ張る。
「い!?」
花井がどぎまぎする瞬間を逃さず、やすやすと花井の唇を割り開き
貪欲に花井の舌を求め、撫でさする。
強引な篠岡の口付けに、花井はパニックに陥り、
自分の口内で動き回る篠岡に翻弄された。
うっ・・うわあ・・柔らけえ・・。
篠岡が花井の唇を開放した後、花井はやや前かがみになっており、
顔は高潮したまま、ばつの悪そうな顔で、篠岡を見つめる。
「し、しのおか~・・。お、おまえ・・。」
その困り果てた、花井の表情に、篠岡は満足感を覚え、
満面の笑顔を見せる。
「ふふっ。これからもよろしくね。キャプテン。」
そのまま篠岡は、荷物を掴み、
動けなくなった花井を置き去りし、
部室を後にする。
自転車置き場に篠岡がついたとき、
寒空をずっと外で待っていたのか、
阿部が寒さを紛らわすように、
肩をすぼめて篠岡を待っていた。
「話、ついたのか?」
相変わらず阿部の顔には表情は浮かんでいないが
その、彼なりの優しさに篠岡は感謝した。
「うん。ありがとう。阿部くん。」
「いーけど。んで、どうなった?」
「うん。好きでいていいんだって。付き合わないけど。
やっぱり部内恋愛は禁止だけど。
でも、好きでいていいんだって。」
その憑き物が落ちたような篠岡の笑顔に、阿部はふっと表情を和らげた。
「そうか。まあ、泣きたくなったら、いつでもこいよ。」
「ううん。もういかない。」
きっぱり宣言した篠岡を、阿部はちょっとびっくりしたように見つめる。
「もう、泣かないから。」
そういってにっこり笑った篠岡に、
阿部はにっと笑い返した。
春が、来るまで、あと少し。
終わる
最終更新:2008年01月06日 19:54