2-56-67 ミハチヨ
あれほど蒸し暑さを覚えていた空気は、いつの間にかひんやりとした空気へと変わっていた。
先程まで着替えるたびに誰かの腕と触れていたのに、もうその腕はない。
ゆっくり瞳を巡らせても、そこにオレ以外の誰かの姿はなかった。
「……また、オレ、最後……」
思わず溜息が零れる。
部室にある長机の上には、部誌と鍵が無造作に置かれていた。
最初は、オレの着替えが終わるのを、みんな待っていてくれたけど、そうやって人に待たれると余計焦って着替え終わるのが遅くなるし、何よりも待たせるのは申し訳ない。
だから、みんなにお願いして、部誌と鍵を職員室に届けるを、オレの役目にしてもらった。
オレは、人よりも鈍臭い。
一生懸命頑張っているんだけど、どうしても二つのことを同時に出来ないオレは、話しながら着替えると手が止まってしまうのだ。
みんなは、そこら辺がすごく上手で、話しながらでも着替えの手を止めることはない。
やっぱりオレは、人に比べて、鈍いみたいだ。
仕方ないことだとは分かっているし、全部オレが鈍いのが悪いんだけど、やっぱり一人ぼっちで着替えるのは寂しい。
のろのろとシャツに袖を通す。
後は、ボタンを留めるだけ。
足元を見遣れば、オレが脱ぎ散らかしたユニフォームが放ってある。
だけど、これはバックに押し込めればいいから、すぐに終わる。
ちゃんとたたんで仕舞わないから、お母さんに皺になるって怒られるけど、でもたたんでいたら、多分オレは当分帰れないだろう。
きっとたたむのだって、すごく時間掛かるに決まっている。
自分で想像してみると、ぎこちなくユニフォームをたたむ自分の姿が簡単に浮かんで、情けなくなった。
本当にオレは鈍臭い。
もう一度溜息が零れた時だ。
不意に、ドアがノックされて、その音が部室に響く。
予期しない音に、思わず体が跳ねる。
「だっ……誰っ?」
緊張から、声がひっくり返ってしまった。
「三橋君? 入っても平気?」
扉の向こうから聞こえてきた声は、篠岡さんの声だった。
「しの……おか……さん?」
「うん。私。まだ着替えてる途中? だったら、外で待ってるけど」
慌てて自分の格好を見る。
確かに着替え途中だけど、ズボンは着替え終わっているし、あとはシャツのボタンを留めるだけだ。
別に篠岡さんが入っても問題ない。
「へ、へーきっ! い、今開けるっ!」
足元に引っ掛かっているユニフォームを蹴散らして、ドアへ向かった。
ドアを開けると、そこには篠岡さんが少しだけ肩で息をしながら立っていた。
「えへへ。帰ろうとしたら、部室に電気点いてたから、三橋君がいるかなと思って走って来ちゃった!」
「オ、オレ!?」
「うん。いつもは三橋君の方が帰るの早いでしょ? それに、帰る方向が違うから一緒に帰れないし」
懸命に首を縦に振って、相槌を打つ。
「だから、ここの電気点いてて嬉しかったの」
そう言うと、篠岡さんはうふふと可愛い声で笑った。
篠岡さんの高すぎず、かといって低すぎない心地良い笑い声が耳を擽る。
「と、とりあえず、あがって! オ、オレしか、いない、しっ」
「ホントだ。みんなは?」
篠岡さんの首が傾げられる。
可愛らしい大きな目がくるりと動いて、オレを見つめてきた。
真っ直ぐな瞳が全て見透かしちゃいそうで、どこか罰が悪い。
思わずオレはその視線から逃れるように俯いた。
「み、みんな……帰った……」
「そうなの?」
「オ、オレ、遅いから……。いつも、一番、さい、ご……」
言っていて恥ずかしい。
これでは、自分が鈍いって、大好きな彼女に言ってるようなものだ。
情けなくて、恥ずかしくて、このまま消えてしまいたい。
「でも、そのお陰で、こうやって三橋君と二人きりだから、嬉しいな」
「……へ?」
思いも寄らない言葉に、弾かれたように顔を上げると、柔らかな笑みを浮かべた篠岡さんが、やっぱりうふふと可愛らしい声を上げた。
「三橋君のゆっくりとした時間、私はすごく好きだよ」
「……っ!」
「一緒にいると、幸せになれるんだよ」
気づいてた? と少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべて、首を傾げて笑う。
そんな姿がすごく可愛くて、顔が熱くなった。
「う、お……あ、あの……」
お礼を言いたいのに、上手く唇が動かない。
口から出る言葉は、呻き声に似た意味不明なものばかりで、まともに言葉にならない。
結局オレの口からは、それ以上のものは出てこなかった。
篠岡さんは、そんなオレに慣れているみたいで、気にした様子もなく、部室に上がり長机に置かれていた部誌をペラペラと捲り始めた。
「す、すぐ、着替える、からっ」
「んーん。へーきだよぉ。ゆっくりでいいからね」
部誌を眺めながら、小さく首を横に振る。
その動きに合わせて、篠岡さんの柔らかそうな髪がふわふわと揺れた。
何度か触れたことないけど、その髪が柔らかいことをオレは知っている。
オレの髪とは、確実に違う。
柔らかくて、いい匂いがして、女の子の髪。
触るだけで、幸せな気持ちになれるんだ。
何度か触れたその感触を思い出す。
それは、いとも簡単に掌に蘇った。
それだけで、体が熱くなって、頭の芯がじんわりと痺れる。
嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったいような、不思議な気持ち。
ボタンを留めながら、ぼんやりと篠岡さんを眺めていると、不意に篠岡さんから小さな笑い声が漏れた。
「……え?」
「あ」
オレに聞かれたことが、恥ずかしかったのかな。
篠岡さんのほっぺが、微かに赤く染まる。
そして、その顔に、はにかんだような笑みが広がった。
「もしかして、聞こえちゃった?」
同意を示すように、首を縦に振る。
「な、んか、面白いこと、書いて、あっ、た?」
そう尋ねると、篠岡さんは小さく首を横に振った。
「ううん。なんか、三橋君が書いた所を見てたら、嬉しくなったの」
「オ、オレの!?」
「うん。三橋君と同じクラスじゃないから、ノートとか見たことないし。だから、すごく新鮮」
嬉しそうに笑う。
オレの書いた所を……?
その瞬間、羞恥で全身が震える。
「ダ、ダメ! 見ちゃ、ダメ、だっ!」
「え!?」
「と、閉じて! すぐ閉じてっ!!」
慌てて篠岡さんから部誌を奪おうとするも、篠岡さんの方が少しだけ動きが早くて、オレの手から逃れる。
「なんで見ちゃダメなの?」
「だ、だって、恥ずかしい!」
オレの字は、お世辞にも上手とは言えない。
阿部君なんて、オレのノートを見て、汚いっていつも顔を顰めるんだ。
ミミズが這ったような字だ、ってよく言われる。
そんな字を、篠岡さんに見られるなんて、恥ずかしくて泣きそうだ。
「なんで恥ずかしいの?」
「だ、だって、オレ、字、きたないっ」
懸命に手を伸ばして、篠岡さんから部誌を奪おうとするけど、篠岡さんは中学時代ソフト部だったこともあって、すごく動きが機敏で、上手く奪えない。
「そんなことないよぉ」
「そんなこと、あるっ! か、返してっ!」
「全然汚くないよぉ」
「ある、よっ!」
「だって、好きな人の字だよ? 見てるだけで嬉しいよぉ」
「え……?」
篠岡さんの言葉に、思わずオレの体が固まる。
そのせいでバランスを崩してしまい、そのまま篠岡さんの方に倒れこんでしまった。
慌てて体勢を立て直そうとするものの、もう崩れたバランスは戻らない。
腕を伸ばして、篠岡さんの体を庇う。
「うわあ!」
「きゃあ!」
畳が声を上げた。
体に、鈍い痛みが走る。
「やだ! 三橋君平気!? 痛くない!? ケガは!?」
いち早く体を起こした篠岡さんから、矢継ぎ早に尋ねられた。
「オレ、は、へーき。篠岡さんは?」
「私は、三橋君が庇ってくれたから、平気だよ。全然痛くないもん」
「よ、よかったぁ……」
「良くない!」
その瞬間、篠岡さんの両手がオレの手をそっと掴んできた。
篠岡さんの大きな瞳と、至近距離で重なる。
「三橋君はエースなんだよ。私なんか庇うよりも、自分の体を大切にしなくちゃ」
「篠岡さ……」
「三橋君が嬉しそうにボール投げてると、私も幸せなの。だから……」
篠岡さんはそっと顔を傾けて、そのままオレの肩に顔を埋めた。
「篠岡さん!?」
「だから……もっと体を大切にして……」
篠岡さんの声が震えている。
いつもの元気な篠岡さんから想像もつかないほど、その声はすごく頼りない。
「心配、かけて、ごめんなさい……」
「ううん。謝るのは私だよ」
そっとオレの肩から顔を上げて、オレの瞳を真っ直ぐ見つめる。
その瞳はうっすらと赤くなっていて、濡れていた。
泣いていたのかもしれない。
「私が、悪ふざけしたせいだもん。ごめんなさい」
「う、ううん! 篠岡さん、は、悪くない、よっ! オ、オレが、部誌、取ろうとした、から……」
「でも、私がすぐに部誌を三橋君に渡さなかったから……」
「ち、違う、よっ! オレが、諦めなかった、から……」
ふと、オレらの間に言葉が消える。
篠岡さんとオレの視線が重なって、次の瞬間、同時に噴出した。
「なんか、私達、バカみたいっ」
「う、うん。同じこと、言い合って、るっ」
「ねっ!」
部室が、オレらの笑い声で溢れる。
しばらく笑っていたら、篠岡さんは笑いを飲み込むと、もう一度オレと瞳を重ねてきた。
「本当に、どこもケガしてない? 私に気を遣って、嘘吐いてない?」
真っ直ぐ見つめてくる。
嘘を吐く時に出てしまうサインを、見逃さない、とでも言うように。
「ほ、ホントに、ホント、だよっ! どこも、ケガして、ないっ!」
懸命に首を縦に振って、嘘を吐いていないことを示す。
そんなオレを、しばらく凝視していた篠岡さんの顔に、ゆっくりと笑みが広がった。
「よかったぁ」
ふわりと花の香りがするような甘い笑顔。
さっきまではそれどころじゃなくて気づかなかったけど、今すごく顔が近い。
だから、篠岡さんが少し動く度に、フローラルの香りが鼻を掠めた。
多分シャンプーか何かの香りだと思う。
オレのとは違う香りに、篠岡さんが近いんだっていうことを実感して、ドキドキした。
しかも、少し顔を寄せれば、簡単にキス出来ちゃうぐらい至近距離で。
挙句、目の前にある顔は、すごく可愛らしい笑顔だ。
これで、ドキドキするなって言う方が無理な話だと思う。
頭の芯が熱く痺れる。
手に汗を握る。
手を繋いでいるから、バレちゃうのに。
それでも、手を握る力は更に強くなってしまう。
「三橋君?」
力を込めた指先に気づいた篠岡さんの首が、小さく傾げられる。
そんな仕草も可愛くて。
気づいた時には、オレはそのまま顔を寄せてしまっていた。
唇に触れるだけのキス。
それでも、オレにはすごく勇気が要ることで、だから心臓が壊れちゃうんじゃないかってぐらいバクバクしていた。
だけど、それ以上に、オレの意識は、唇に広がる柔らかな感触に集中してしまう。
まだ数えるほどしかしてないけど、何度触れても篠岡さんの唇はすごく柔らかい。
そして、不思議とすごく甘く感じる。
まるでシロップのようだ。
もっともっと篠岡さんの甘さを味わいたくて、控えめに舌を伸ばして、唇を割る。
「……んっ」
篠岡さんから、小さく声が漏れる。
その声が、聞いたことないような甘い声で、背中が粟立った。
篠岡さんは、オレなんかを好きだと言ってくれた天使のような人だ。
だから、そんな人にこんなことをしちゃいけない。汚しちゃいけない。
オレの中で、警報が甲高い音を立てて鳴る。
だけど、煽られた欲は、そんなことで引いたりはしない。
篠岡さんの舌を追い求める。
舌を絡める度に、甘さはどんどん増していって、頭がおかしくなりそうだった。
「み、はし……く……」
唇の合わせ目から零れた声は、驚くほど甘美で、眩暈を覚えた。
手を離して、そのまま篠岡さんの背中に腕を回す。
それに応えるように、篠岡さんの腕もオレの首に回された。
これは、この先に進んでもいいってことかな。
だけど、オレなんかが、そんなことをしちゃってもいいのかな。
複雑な思いが、オレの中でぐるぐる回る。
そんなオレの気持ちが伝わったのか、唇がそっと離れると、「優しく……して……下さい」って小さく耳の傍で囁かれた。
もう間違いない。
その言葉に背中を押されるように、オレは手を篠岡さんの胸に伸ばした。
掌に、胸が触れる。
そっと掌で包むと、ちょうど掌のサイズでピッタリと合った。
掌に馴染ませるように、優しく揉む。
その度に、篠岡さんの唇から、甘い吐息が漏れて、オレの首筋に触れた。
直に味わいたくて、シャツの中に手を入れようと思うけど、オレは不器用だからきっと上手くボタンを外せない。
皺になって申し訳ないと思うけど、スカートの中に入っていたシャツを無理矢理引っ張って、そこから手を入れた。
そして、下着をずらして触れる。
「三橋君っ」
篠岡さんの声が大きくなる。
ごめんなさい。
こんなことをして、ごめんなさい。
こういう時だけ、前向きでごめんなさい。
頭の中で何度も謝る。
だけど、オレの手は止まるどころか、どんどん進んでいく。
下着をずらされて、解放された乳房を指で何度も擦った。
その度に、聞いたことのないような声で、オレの名前を呼ばれた。
その声が、すごく下半身に来る。
篠岡さんの声を聞いていると、もっと頭がおかしくなりそうになるから、オレはその声を消すように、篠岡さんと唇を合わせた。
篠岡さんの熱い息が、オレの口の中で溶けていく。
座ったまましていると、どこかやりづらくて、そっと畳の上に押し倒した。
そのせいで、もっと篠岡さんと唇が深く合わさる。
舌も絡まった。
シャツをたくし上げる。
その瞬間、真っ白な肌が目の前に広がった。
そこにある桜色の乳房に、唇を寄せる。
「あっ……」
舌で転がすと、更に篠岡さんの声が大きくなる。
その声は、嬌声へと確実に変わっていた。
そっと手を下へ伸ばして、スカートへ差し入れる。
そして、優しく内腿を撫で上げた。
その瞬間、ビクリと篠岡さんの体が跳ねる。
その手を、中心へと伸ばすと、更に篠岡さんの体が跳ねた。
もしかして、ここがいいのかな。
それを確かめるように、何度も触れる。
オレの想像が間違えてなかった、と教えてくれるように、下着が湿ってきた。
「や……あっ……んっ」
声が更に甘さを増す。
初めて聞く声に、頭がクラクラした。
下着はあっという間に濡れてしまって、オレの指まで濡れてきた。
もう下着越しに触れるのがもどかしくて、下着を剥ぎ取る。
直接触れると、驚くほどそこは濡れていた。
知識としては知っていたけど、本当に濡れることに驚く。
「篠岡さん……ぬ、ぬれて、る……」
「やぁっ」
思わず呟いた声に、篠岡さんは両腕で顔を隠した。
「言わないでぇ」
恥ずかしかったみたいで、その声は涙を含んでいた。
大好きな子に、そんな思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちが広がる。
「ご、ごめん、なさっ……も、もう言わないっ」
ゆっくりと顔の前でクロスしていた腕が解かれ、篠岡さんの潤んだ瞳が現れた。
篠岡さんの瞳から、堪えきれなくなった涙が零れ、流れる。
それをそっと唇で受け止めた。
篠岡さんの涙は、不思議としょっぱくなくて甘い味がした。
再開するのを伝えるように、指を再び篠岡さんへ伸ばす。
濡れているせいか、湿った音が聞こえてきた。
何度も割れ目を擦る。
その度に、水音が辺りに響いた。
指がそこに馴染み始めた頃、そっと中指をそこへ伸ばし入れる。
濡れているから入ったけど、そこはすごくきつかった。
篠岡さんの顔を見れば、形の良い眉が少しだけ歪んでいた。
「い、いたいっ?」
「ううん。平気……だよ」
「でも……」
「本当に平気だから」
篠岡さんは、小さく微笑んだ。
ゆっくりと、篠岡さんに負担が掛からないように指を動かす。
最初はきつかったそこは、次第に指の動きに合わせて広がっていく。
それに合わせて、水音が大きくなっていった。
最初は、苦痛の色しか浮かんでいなかった篠岡さんの顔も、変わっていく。
次第に、頬が赤く染まり始めた。
声も大きくなる。
だから、オレの指の動きも大胆になった。
掌まで濡れるほどだし、多分篠岡さんの準備は大丈夫だと思う。
ゆっくりとそこから指を離して、自分のズボンに手を掛けた。
ベルトを外す時にする金属音が、どこか他人事に聞こえるのは、多分オレの頭の中が沸騰しているからだ。
財布の中に入れてあったゴムをつける。
以前、田島君から、無理矢理渡されたものだ。
その時は、すごく困ったけれども、もらっておいて良かった、と心底思う。
準備が出来て、そっと篠岡さんの足を抱えた。
「あ、の……挿れ……ます……」
「う、うん」
最初はゆっくり擦り付けるように。
だんだん腰に力を入れて、沈めていく。
「————っ!」
篠岡さんから、声にならない叫び声が上がった。
体が反って、オレの背中のシャツが強く握られる。
きっとすごく痛いんだ。
「い、痛い!?」
声を出すのもつらいのかもしれない。
篠岡さんは、小さく首を横に振った。
だけど、その顔はすごくつらそうで、とても痛くないようには見えない。
「で、でも……。すごく、痛そう、だっ」
「平気」
「でも……」
ふと、背中のシャツを強く握っていた手が離れ、オレの頬に触れた。
篠岡さんの顔にゆっくり笑みが広がっていく。
「篠岡さ……」
「三橋君は、心配性だなぁ」
「だ、だって……すごく、痛そうだし、篠岡さん、こ、こわれちゃう」
篠岡さんから、うふふといつもの可愛らしい笑い声が上がった。
「私は、壊れたりしないよ。そんなことじゃ、壊れたりしない」
「篠岡さん……」
「だから、来て下さい」
「……いいの?」
「うん」
そっと篠岡さんの腕が、オレの首に回る。
篠岡さんの優しい笑顔が、胸に沁みる。
じんわりと目頭が熱く痺れた。
「じゃあ、いく、よ?」
「うん」
再び腰に力を込める。
それに合わせて、どんどん篠岡さんの中にオレが沈んでいった。
それと共に訪れる、今まで体感したことのないような快感。
頭がおかしくなりそうだ。
ゆっくりと腰を動かし始める。
最初はきつかったそこも、次第にそれもなくなり、水音を辺りに響かせた。
腰の動きを早めると、強大な快感が体を駆け抜けて、もう止まらない。
オレは、何度も篠岡さんの体を突いた。
それに合わせて、篠岡さんの体が揺れる。
声が上がる。
息が乱れる。
暑い。
熱い。
シャツを脱いで放り投げると、篠岡さんにキスをした。
唇の合わせ目から、オレらの卑猥な声が漏れる。
熱い吐息と一緒だから、余計いやらしく感じた。
篠岡さんの指が、背中を滑る。
ピリッと、一瞬背中に痛みが走った。
だけど、そんなものは、強大な快感の前では、大したものではない。
お互いの熱で、繋がっている部分が蕩けそうだ。
熱も、粘膜も溶け合って。
快感が迫り上がる。
更に動きが早くなる。
もう何も考えられない。
ただ目の前にある快楽を貪るだけ。
懸命に腰を動かした。
何も聞こえない。
聞こえるのは、互いの乱れた呼吸と、篠岡さんから上がる卑猥な声と、水音だけ。
それ以外は、鼓膜を震わさなかった。
「篠岡さん、オレ、オレ……」
もう快感が上り詰めて、今にも弾けそうだ。
篠岡さんから上がる声の間隔は、ほとんどない。
「私も……っ」
更に強く腰を打ちつけた。
そして、次の瞬間、上り詰めた快感が一気に弾けた。
「ごめんなさいっ!」
気だるさが残る中、片づけが終わると同時に、正座して頭を下げた。
「え?」
篠岡さんの瞳が丸くなる。
その顔は、まださっきまでの行為の名残があって、どこか色っぽい。
「だ、だって、オレ、篠岡さんに、無理、させ、た」
ゆっくりと下を見ると、ほんの少しだけ畳に血の跡があった。
一見、ただの汚れに見えて分からないけど、事情を知っているオレからすれば、血であることは分かる。
そして、こんな血が出るような行為を、大好きな篠岡さんにしてしまったことに、懺悔の気持ちで一杯だ。
いくら大好きだからって、篠岡さんに負担を掛けていい理由にはならない。
その上、こんな部室で初めてのエッチをするなんて、最悪だ。
頭を下げていると、突然篠岡さんの手が伸びてきて、オレの手が握られた。
「え?」
驚いて顔を上げると、そこにはいつもの笑みを浮かべた篠岡さんがいた。
「なんで謝るの? 私は、三橋君の事大好きだから、すごく嬉しいよ?」
「……で、でも……こんなとこなんて……」
篠岡さんは、小さく首を横に降る。
そのせいで、篠岡さんのフワフワした髪が揺れた。
「場所なんて関係ないよ。そりゃ、確かに初めては、こんなシチュがいいなとかあったけど……」
その言葉に、申し訳なくてまたオレは項垂れる。
「でも、好きな人と一緒なら関係ないんだね! 今日分かった」
「うぇ!?」
「だから、謝らないで。謝られたら、三橋君は後悔してるんじゃないかって思っちゃうよ」
「お、おもってない! おもわ、ない、よっ!」
慌てて首を大きく横に振って、否定する。
「じゃあ、謝るのはなしっ」
篠岡さんの優しい笑みが、胸の中を温かくしてくれる。
涙で篠岡さんの笑顔が滲んだ。
すごく嬉しい。
そして、こんなに思ってもらえて、オレはすごく幸せだ。
だから、オレもちゃんと言葉にしなくちゃいけないんだ。
恥かしいとか。
涙で上手く言えないとか。
そんなことを言ってちゃダメなんだ。
「し、篠岡さんっ!」
「ん?」
篠岡さんの大きな瞳がオレに向けられる。
「オ、オレ……っ」
篠岡さんの手を握る。
オレの手は汗でベタベタに違いない。
だけど、不思議と気にならなかった。
「篠岡さんのこと、だ、だ、だ、大好き、ですっ!」
唐突だったから、驚いたのかもしれない。
篠岡さんの大きな瞳が、瞬く。
そして、次の瞬間、その瞳が綺麗な弧を描いた。
「私も、三橋君が大好きだよっ」
そのまま両手を引っ張って、もう一度篠岡さんにキスをした。
やっぱり篠岡さんの唇は、シロップみたいにすごく甘かった。
最終更新:2009年11月07日 13:11