2-310-314 ミズチヨ「クソレフトとマネージャー」
新設硬式野球部における数少ない幸運なことのひとつは、やはり、女子マネージャーが発足時からいてくれたことだろう。
マネージャーのこなす仕事は幅広く、根気が要り、生半可では務まらない。
彼女、篠岡千代は、中学時代のほとんどをソフトボール部で費やし、残りを野球へ情熱を捧げた。
そんな彼女も根からの野球バカだからこそ、野球部マネージャーに身を投じるのは、本人にもしごく当然の選択だった。
部の練習が終わり、千代も学校から帰宅する。
入学当初は、遠い学区のため、ひとりで帰宅するのが常だった。だが、ある日から、千代と同じ道を自転車で通う仲間ができた。
そいつの名を、水谷文貴という。
二人はなぜか馬が合った。水谷が冗談を言えば、千代は腹を抱えて笑うし、千代の話題も水谷は積極的に食いついていった。
二人が野球以外のことで会話できる時間は、千代が駅に着くまでだったが、それでも水谷は満足だった。
野球部の仲間には、少なからず申し訳ないと思っていた。しかし、誰にも振舞う少女の笑顔を、自分のものにしている、という優越感を多少感じていた。
千代にとって水谷は、野球部の仲間であり、それ以上でもなかった。
だが、人は思い込みで間違うことが多々あり、未熟な時期はその連続でもあるといえるだろう。
いつもと同じように、千代は帰ろうとすると、後ろから水谷に呼び止められた。
「一緒に帰ろうぜ」
「うん」
だが、千代は道中、ある違和感を覚える。隣で自転車を走らせる水谷の表情が、浮かない色をしていることに気づいた。練習の疲れか、と考えてみた。だが、思い出してみれば、水谷は、今日は一日中重い空気をしていたように感じる。
千代が話しかけられる雰囲気ではなさそうなので、何もせずに自転車を走らせた。
「あ、あのさ……」
「えっ?」
ひさびさに聞いた友人の声に、おもわず驚きの声を挙げてしまった。
「ちょっと……、話があるんだ。……そこの、公園で」
公園、という言葉を聞いて、千代はいつも通学時に見かける児童公園を思い出していた。
児童公園といっても、遊戯になりそうなのは砂場と、その敷地内にある滑り台付コンクリート製トンネルぐらいなものである。すでに時間も夕飯の時刻をとっくに過ぎており、園内は暗く人の気配がなかった。
入口に自転車を置いた後、水谷は千代を滑り台の側まで連れてきた。
「あのさ……、その……、聞いているかな?」
千代は質問の意味がよくわからなかったので、首を振って否定した。
「いや、ええと、……篠岡に言いにくいことなんだ。でも、確かめたいんだ」
「私の……ことなの?」
どうやら自分の話題を振ろうとしているのがわかった。だが、自分にも、どんな話になるのかがまるっきり思い描けなかった。
下にうつむきながら水谷は口にした。
「篠岡が『サセコ』だって噂で聞いた」
「ふぇ?」
千代は驚きの声を挙げたかった。だが、涙と混ざりあって出てきた言葉は、いささか気が抜けた炭酸のように間が抜けていた。
「ナニソレ」
言葉の意味の恥ずかしさのあまり、千代はとうとう瞳をうるませてしまう。そして、顔を隠すように両手で顔を覆った。水谷はいまだに目を合わせようとしなかった。
「ひどいよ……。いったい誰なの?」
千代は水谷の言葉を否定した。千代はしばらく立ち尽くして泣いていた。
「なぁ……」
目線を合わせずに水谷は切り出した。
「篠岡は、俺のこと、どう思ってるんだ?」
「えっ?」
質問の意味がわからず、千代は水谷を見た。
「おまえは俺のこと、男としてどうか、と聞いているんだ」
「み、水谷くん?」
肩が小刻みに震えている。手は握りこぶしを固く作っていた。千代は不安に思い、思わず後ろに下がった。
「俺、ずっと、お前が気になっていたんだ。だから、おまえはどう思ってるんだよ?」
水谷に圧迫され、じりじりと後ろに下がる。とうとうコンクリートまで背中がついてしまった。
「わたしは……、大好きなお友達だと、大切な野球仲間だと、……思っています」
「友達だと?じゃぁ、俺はトモダチまでで、他の奴にはどうなんだよ!?」
「ちがう!水谷君、誤解だよ!私は本当にそんなんじゃない」
瞳の両筋から涙があふれた。
急に水谷に右手を掴まれた。
「証拠……見してよ」
あっと言う間もなく、体を引き寄せられ、抱きかかえられてしまった。
水谷は、コンクリート壁に通してある土管の中へ、千代を担ぎこんだ。そのまま千代を組み伏し、服をはがしにかかった。
「やめて!水谷くん……、おねがい、嫌」
千代も抵抗をしようとするが、体格が違いすぎた。その細腕では、密着して離れようとしない水谷の体を動かすことは不可能だった。
水谷は丁寧にワイシャツのボタンをはずすと、千代の着けている下着に目を奪われた。
小ぶりのふくらみから、甘い石鹸の香りがした。
下着を引き剥がそうと試みる。だが、千代の両腕がそれを拒んだ。ガードが固く、体をねじられて防がれた。
「んう」
水谷は顔を千代に近づけて唇を奪った。胸は厳しいと判断した。
千代も顔をそむけるが、水谷の手で向きを戻され、また唇を吸われてしまう。
「んは」
水谷の舌が唇から離れ、あごや首、耳の脇などを愛撫しはじめた。
自分自身でもあまりチェックを入れていない部分である。そこを男子に凝視され、舌で味あわされている。肌がやわらかく触れるたびに、恥ずかしさで泣けた。
そして、力が抜けた隙に、水谷に片腕を取られ、もう片方の腕と一緒に押さえ込まれてしまった。
いま、千代の胸は、まったくの無防備になってしまった。そこを水谷は、下着をゆっくりとずらしていった。
(みないで……)
目をつぶっていたが、下着をずらされたことは感触でわかっていた。
「んんんんん、……はう」
乳房に顔を押し付けられ、突起を舌で転がされると、声が裏返ってしまった。
水谷は、舌で千代の乳首を攻めている間、両手を使って下半身を脱いだ。
すでに極度の興奮を自身で表していたが、千代は目を瞑っているのでそれを見ない。
スカートを掴むと、すそを上までひっぱりあげた。
「ひゃう」
千代は、どうせなら自分のお気に入りを履いてくるんだった、と思っていた。あわてて手で押さえつけたが、むなしくまた中をむき出しにされた。
(こわい……)
ごくり、と水谷ののどは動く。
自身を千代のふとももにあてると、そのまま内側へとすべらせる。そして、指で下着に隙間をつくり、千代の膣中へと挿入した。
「あっ、あ……あ……あ……」
(あれ?……中でぶつかる?)
水谷が少し体重を掛けると、その壁は簡単に貫かれた。
「いっ」
千代はおもわず水谷の体にしがみついた。そして、顔を見られたくないため、水谷の胸に顔をくっつけた。
水谷は、千代の肩を抱き、そのまま膣内でうごきはじめた。
「んっんっんっんっんっ」
「…は、…は」
やがて水谷の腰の動きが速まると、勢いで抜いて、ふとももに激しく熱い思いをぶつけた。
水谷はひざ立ちのまま千代を見下ろしていた。肩で息をするほど呼吸は荒かったが、頭は糸が切れたように呆然としていた。
そして、千代への乱暴を刻み付けた証の、下着の赤い印を目に焼き付けていた。
「なに、何やってんだろ?おれ……」
ふとももに付いた白液に気がつくと、ポケットティッシュをとりだした。あわててぬぐう。そして、後ろを向いた。
「服……着てくれないか?」
「……」
シュルシュルと生地がこすれる音だけが聞こえた。
指先が震えだし、やがてひざまで揺れだすと、水谷は千代を置いて走り去っていった。
翌日、千代は学校を休んだ。
外傷は特にない。だが、それよりも、自分が『サセコ』である、という噂の方に傷ついていた。
「どうしよう、もう野球部に通えない」
千代はただ、寝巻き姿でベッドに座ったり、横になったりを繰り返していた。
その日の夕方、千代の家に二人の訪問客があった。
「み…ず谷くん、それに、沖君?」
あわてて着替えると、門のところで二人と顔をあわせた。今日はずっと先のことを悩んでいたが、なぜか水谷の憂いた顔を見たら、落ち着いてきた。
「風邪で休んだって聞いたから、今日どうしても伝えたいことがあって家に来ちまった」
沖は千代の顔色を確かめながら話しかけた。
「ゴメン、篠岡。『サセコ』って噂をだしたの、実は俺なんだ」
「えっ?」
水谷が事情を説明した。
今日、水谷は、千代のために、噂の出所がどこかを確かめるために走り回ったのだという。その噂はどうやら同一人物から発生していることを突き止めた。
そして、沖に問いただしてみたところ、ことを白状した。
「コイツが謝りたいって言うから、今日おまえん家に連れてきた」
「そう……でも……」
千代は沖の動機を知りたがった。
「お前らが、オマエラがあんまり仲良くしてるから」
千代は意外な答えを聞いて、面食らってしまった。
「俺だって、本当は篠岡と一緒に帰りたいと思っていたんだ。だから、嫌がらせをしてやりたかった」
沖は罪の意識を吐き出すと、深々と頭を下げた。
「けど、ゴメン。俺がまちがってました。篠岡、本当にごめんなさい」
二人は帰っていった。だが、水谷の方は、目線をはずそうとしなかったので、千代は、もう一度会うことになるだろう、と思っていた。
案の定、携帯に水谷から連絡があり、もう一度会う約束をしてきた。
「スマン。沖が悪いんじゃない。一番悪いのは、この俺なんだ」
水谷は、千代と再び顔あわせると、土下座をして話し出した。
「本当だったら、あんなデマ、信じるのがおかしかった。けど、けど……、俺、篠岡と一緒に帰ることで、本当に篠岡と付き合いたい、て思うようになっちまったんだ」
水谷は、顔を伏せながら、涙声になっていった。
「俺が馬鹿だった。一人で浮かれて、篠岡を信じてやらず、傷つけて、仲間を裏切って……」
「水谷くん……」
水谷は千代に諭されて、ようやく立ち上がった。
「俺、野球部を辞めるよ。あと、学校も辞める」
水谷の突然の告白に、千代は二の句が継げなかった。
「あんだけのことしちまったんだ。俺は野球部にいる資格がない。あと、篠岡の前にも」
水谷は泣いていたようで、片手で顔をぬぐった。
「あの三星学園での試合でさ、オレ、エラー出したじゃない。試合の後、自信を無くしかけていた時に、篠岡からのフォローがうれしかった。あのおかげで、また野球やれる自信がついた」
千代も思い出していた。そういえば、合宿所で切り株に座って黄昏ていた水谷に、何か声を掛けたことは覚えていた。
「もう二度と目の前に表れないようにするから」
そういって後ろを振り向いて歩き出した。
「ま、まって」
千代の呼びかけにも応えなかった。
だから、千代は走り出して、水谷の背中に抱きついた。
「私のことはいいの。気にしなくて大丈夫。だから、野球辞めるなんて言わないで」
「……なんでだよ?なんで篠岡は、そこまでできるんだよ?」
「私、高校野球ができる人がうらやましいの。私は子供のころからずっと甲子園が大好きで。高校に入ったら、ゼッタイに野球部のマネージャーをやって、みんなと一緒に甲子園めざそうって誓っていた。
水谷くん、本当は野球部辞めたくないんでしょ?西浦のみんなと野球続けたいんでしょ?」
「オレは、オレは……」
水谷は、千代と向き合うと、肩を抱きしめて泣き出した。
「本当は辞めたくない。野球続けたいよ……」
あとはマネージャーの体で号泣するだけだった
次の日から、千代は野球部に復帰した。そして水谷も。
あの公園のできごとは、二人だけの秘密として指切りをした。そして二人は元の関係にもどり、仲良く自転車で下校する。たまに他の部員が混じることもあるが。
水谷も吹っ切れたようで、夏の大会に向け、練習に一段と熱が入るようになっていった。
「クソレフトッ!しっかり捕れよ!」
「いくぞ、ヘボファースト!」
水谷の投げた球は、一塁を大きく外れていった。
「あっちゃ〜、やっべぇ……」
西浦野球部は、メンタル面で強い。ミスが生じても、すぐに立ち直すことができる魔法使いがいるからだ。
「水谷くん、ドンマイ!」
了
最終更新:2009年11月07日 14:15