2-500-502 カノルリ1

ベッドに組み敷いた細い体をじっと見据えて、叶修悟は歯噛みした。

己の愚かさに。
ままならない現実に———。




試験週間に入って部活はしばらく休みになる。
叶はぶらぶらと暇をつぶしながら帰途についた。
さっさと帰ればいいものを、そうしないのには理由がある。
そわそわと、何度も後ろを振り返って視線を彷徨わせる。
タタタッと軽い足音が聞こえて、叶は慌てて前を向いた。
歩きながら、ごくごくさり気なく、いかにも偶然を装って振り返ると、そこには求

める人影があって、叶の胸が躍る。

「よおっ」

と声をかけると、三橋瑠璃はぎょっとして、あまり嬉しくない相手に出会ったとい

うような顔をして見せた。
傷つく心を隠して、叶はつとめて平静を装った。

「なあ、お前……。
卒業式のレンの写真、ずっと渡そうと思って忘れてたんだけどさ、アイツに渡して

おいてくんね?」

『レン』という名前の効力なのか、瑠璃は幼なじみの提案に素直に頷いた。
家の前まで他愛のない話をして並んで歩く。

「急がないんだったら、他の写真もあるから上がっていけよ」

誰もいない叶の家で、叶のベッドで、叶の入れたジュースを飲んで、瑠璃は大好き

な従兄弟の写真に見入っていた。
ギシッとベッドの片方が沈みこんで、叶が瑠璃の真横に腰掛ける。
その距離の近さに、瑠璃の胸に不安がよぎったときにはもう遅くて、ベッドの上に

押し倒されていた。
バラバラと、写真が床に舞い落ちる。


「……やめ、てっ」

震えながらもきっぱりとした拒絶の言葉に、叶の心はズキリと痛んだ。
睨みつける真っ直ぐな視線が、まるで自分の浅ましい欲望までも見透かしているようで怖くなる。
一瞬、本気でやめようか、とも思った。
だがしかし、こんなチャンスはめったにない。
ここで……やめられるわけがない。
叶はごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと瑠璃の上に屈みこんで、その唇を押し付けた。

やわら……かい……。
甘い、いい匂いがする。

ずっと抱いてきた思いがかなった満足感に叶の胸が高鳴った。
そっと目を開けて瑠璃を見下ろす。
ささやかな幸せを感じて、勘違いしそうになった叶の心を、現実はあっさりと打ち砕いた。
瑠璃のぎゅっと引き結ばれた口は叶の唇を拒絶し、眉間に刻まれた深い皺は叶との行為を拒絶していた。

叶にとってはさらに悪いことに、瑠璃のその表情がもう一人の『三橋』を思い出させて、最悪な気分になる。

クソッ! と心の中でいまいましそうに毒づく。
従姉妹という関係だけで、もう十分だろ? そう一人ごちる。
生まれたときから無条件の絆を持ち、他人以上の思い出を共有し、中学の3年間一緒に暮らしたじゃねえか!

アイツの面影のある顔つき、ぴょんと跳ねたクセっ毛、何かを考えているときの真剣な表情。

そして、怯えるカオ———。

彼女の中に深く深く絡みついた、彼の存在に狂おしいまでの嫉妬を覚える。
他人では、ただの幼なじみでは歯が立たない。

だから。
だから———。




叶は再び口付けた。
深く食むように角度を変えて口付け、舌先で閉じた瑠璃の唇をゆっくりとなぞる。
何度もそれを繰り返し、瑠璃の柔らかい唇を吸い上げ、唇を割って舌を差し込む。
左右にふるふると首を振って耐える瑠璃が可愛くて、切なくて、叶は唇を離して彼女の名前をそっと囁いた。
『三橋』と言いかけて、その名をぐっと飲み込む。

「……ル、リ? ……るり…………瑠璃……」

彼と違って、『瑠璃』と呼ぶことすら、自分には許されていないのだ。

「いいだろ、それくらい……」

自分に言い聞かすように小さくつぶやいて苦く笑うと、見下ろす瑠璃のまぶたが薄く開いて叶を捕らえた。

「……い、や……嫌っ! レン……助け、て……」

それだけ言ってぎゅっとまぶたを閉じると、目尻から透明な滴がつうっと流れ落ちる。

『レン』という名前を耳にして、叶の胸は冷たく凍りついた。
冷える心とは裏腹に、暗い欲望だけがどろどろに溶けて、体が熱くたぎり出す。
自然と笑みがこぼれ落ちた。

「ふふんっ、助けに来るわけないじゃん。
アイツはここを捨てて埼玉に帰っちまったんだぜ?
ははっ! 助け、呼びたきゃ呼べよ!
オレはやめないからなっ」
最終更新:2009年11月07日 16:25