エピローグ
「あ、阿部くん。電話だよ。」
三橋の声に阿部が顔を向けると、横に置いたケータイが
震えていた。
ディスプレイに浮かぶのは、篠岡の名前。
気にせず、机の上のノートに目を戻す。
「で、ないの?」
「いーんだ。それより三橋、勉強しろよ。
せっかくオレが教えてやってんだからな。次のテストには
合格ライン乗せていけよ?」
「う、は、ハイ!」
最近三橋の勉強を見てやっていた。
部活引退して、急に勉強に熱心になるわけでもないので、
まずは赤点ぎりぎりの三橋の頭を復習するがてら
なんとかするかと、ほぼ毎日一緒に勉強していた。
ケータイの震えが止まって、着信は切れたようだ。
するとすぐ、今度はメールの着信を知らせて、震える。
何気なくケータイを取り、メールを読んだ阿部の目が
驚きに見開かれた。
「悪い。三橋、急に用事ができた。今日は帰ってくれるか?」
「えっ!?あ。うん。いつも、ゴメン、ね。」
「いいから、続きは明日見てやるから。」
とろとろとトロイ三橋の片づけを手伝ってやり、
すぐさま追い出す。
帰っていく三橋を見送り、ふうっとため息を一つつくと
三橋が帰っていったのは逆の方向から
けたたましくペダル漕ぐ音とともに、
暴走自転車がやってきて、阿部の目の前でキイっと音を立ててとまった。
「は、はあっあ、阿部くんっ、はあ、こ、こんばんは。」
それは、篠岡だった。
その、いかにも全力で漕いできましたという篠岡の様子に
思わずぷっと噴き出す。
「な、何だよ、篠岡。汗びっしょりだぜ。」
息も絶え絶えの篠岡をまずは部屋に招きいれ、
タオルと水を差し出してやる。
喉を鳴らしながら水を飲み干す篠岡に、自分の分の水を差し出してやる。
それも、篠岡は一気に飲み干した。
そうしてやっと、一息をつく。
「おかわり、いるか?」
「ううん、もういいよ。ありがとう。」
空のコップをそっと机の上に戻し、もらったタオルで
取り合えず額の汗をぬぐう。
「で、どうした?急に。話って何?」
阿部の言葉に、篠岡は少し居住まいを正し、まっすぐ阿部を見る。
阿部はテーブルに肘をついて、篠岡を斜め見る。
「私、花井くんと、別れてきたの。」
阿部はびっくりしたように目を見開き、口をぽかんと開けた。
「は!?そらまた。急だな。」
「うん。私と花井くん。どっちも馬鹿だったの。」
「へぇ?」
「花井くん、私のこと、好きでもなんでもなかったの。
あ、でもこれ、阿部くんも気づいていたよね。
でもね、私もそうだったの。私も、花井くんのこと
好きってワケじゃなかったみたいなの。」
そこで篠岡は一旦目を伏せて、一つ小さく深呼吸をしてから
阿部を見据え、言葉を続けた。
「私、阿部くんのことが好きだと思う。」
阿部の目はさらに見開き、口はさらに丸くなる。
絶句したままの阿部は、やがてテーブルに置いていた手をゆっくり持ち上げると、
そっと篠岡のほうに、伸ばす。
その手は少し、震えていた。
阿部の手がゆっくり伸びてくるのを、篠岡はじっと身じろぎせず
阿部の目を見つめながら、待っていた。
阿部の手が篠岡の髪に触れたとたん、弾けたように篠岡を抱きしめる。
強く阿部の胸に顔を押し付けられ、一瞬息が詰まるが
何とか顔を動かし、気道を確保した。
しかし、さらにぎゅうっと抱きしめるの力は強くなり、
今度こそ、息ができなくなった。
「あ、阿部くん・・・苦しい。」
「わ、悪い。」
阿部はぱっと篠岡を放す。
開放されて、深呼吸を繰り返す篠岡の、今度は両頬にそっと手を添える。
「今の、本当か?篠岡。」
至近距離から覗き込んでくる阿倍の目を篠岡はしっかりと受け止める。
「うん。私、阿部くんが好きっ」
言い終わらないうちに、阿部の唇が篠岡の唇を塞ぐ。
「んっ・・。」
強引に篠岡の唇から侵入し、必死で篠岡の舌を捜し求め、
捕まえて、貪る。
勢いに押されて篠岡が後ろにのけぞるが、阿部はそれを追いかけ離さない。
篠岡の背中がベットにもたれて、倒れこむのがとまると、阿部は器用に
口付けたまま、篠岡を救い上げ、ベットの上に軽々と篠岡を乗せた。
篠岡が現状を知る暇を与えず、そのまま篠岡にのしかかり、
改めて深く篠岡の口を味わう。
「ん・・・んんっ・・・。」
密着したからだから伝わる阿部の激しい思いに、篠岡はただ翻弄されていた。
激しく自分を求める阿部に、感動すら覚えて、恍惚に浸る。
服の上から激しく胸を揉まれ、ブラ越しのためワイヤーが当たって痛いとか
そんなことを思う暇もなく、ただ、阿部の激情を受け止めることに必死になっていた。
しかし、阿部の手がシャツの下にもぐった瞬間、我に返った。
「だっダメ!!ダメ!!阿部くん!」
阿部の手を必死に抑え、懇願する。
「なんで?」
「だって。私、すっごく汗かいて・・・その・・。
あ、あの、また、今度にしない?」
阿部はムッとした顔で、篠岡の顔の横に手を置き、
目を覗き込む。
「イヤだ。」
「えっ・・そんな、あの・・阿部くん。なんか違うよ?」
そんなはっきりとした感情を顔に浮かべている阿部を
見るのも初めてで。
反論は聞きたくないとばかりに、再び篠岡の唇を塞ぐ。
「んっ・・・あっ・・・。」
唇を軽く甘噛みし、舌を篠岡の口内に侵入させ、舌を絡めとる。
少し、篠岡の力が抜けた隙に、阿部は手をシャツの中に侵入させる。
篠岡の肌はまだ汗ばんでいて、確かにオンナなら気にすることかもしれない。
しかし阿部はもう、自分が待てるとは思わなかった。
手を抜き取り、ブラウスのボタンをはずしていく。
今日、家族が出かけていることを、心底感謝しながら。
ボタンをはずし終わって、まじまじと篠岡の肌を眺める。
1年、いや、1年半ぶりだろうか・・・?
篠岡の背に手を回すと、そっと篠岡は自ら背を反らす。
その行動を、少し意外に思い、阿部はふと手を止めた。
「な・・・なに?」
「いや・・・。なぁ、花井とどこまでいった?」
唐突な阿部の、答えづらい質問に、篠岡は顔を赤くする。
「え!?そ、それは・・・その。最後までは・・・いってない。」
「ふーん。じゃあどこまで?」
そういいながら、そっと篠岡の乳房に手を置く。
「こうやって触られた?」
阿部の手からじんと甘い痺れが広がる。
「う、うん。触られた・・・。」
「じゃ、こうやって舐められた?」
そういいながら、顔を近づけて、ペロリと突起を舐める。
ゾクリとする快感が、走りぬける。
いや、さっき、まさにソコ舐められましたけど。
いつ触られたかは、口が裂けてもいえないと篠岡は本能で理解した。
「な、舐められた・・・。」
「じゃあ、こっちは?」
そういって、阿部は急に篠岡の脚の間に手を差し入れ、
下着の上から秘所に指を走らせる。
「はあっ・・・。いや、ソコは触られて・・ない。」
阿部は心底うれしそうに、ニヤっと笑った。
篠岡の胸を軽く揉みしだきながら、篠岡の耳元、首筋、鎖骨と
キスを振らせていく。
篠岡のせっかく汗が引きかけた肌が、再び汗ばんでいく。
「篠岡。」
「な・・何?阿部くん。」
「篠岡。」
「う、うん。」
「オレを、見てるか?」
阿部に与えられる快感に翻弄されていたら、不意に尋ねられたことに
少し正気に戻る。
阿部の両頬にそっと手を置き、まっすぐ目を見つめる。
「阿部くんを、見てる。ずっと見てるよ。」
阿部はきゅっと篠岡の手を握ると、優しく微笑んだ。
「目は開けておけよ?ずっとオレを見ていろ。」
「う、うん。」
阿部も、いつの間にか上半身裸で。
ぎゅっと抱きしめられると、直に阿部の広い胸を感じ、じんとなる。
いつの間にかスカートは剥ぎ取られていて、下着一枚になっている。
その上から執拗になぞられ、思わず目を閉じて快感をこらえようとする。
「目を、開けろ。篠岡。」
阿部は篠岡が目を閉じることを許さない。
不意に阿部が篠岡から離れ、ベットから降り、机の引き出しをあさりだす。
おもむろに取り出したソレを見て、篠岡は真っ青になった。
「え!?ちょ・・ちょっと。阿部くん?」
「何だ?」
「えっ・・・と、あの、最後まで・・するの?」
「今更何言ってんだ。篠岡。」
「だ・・だって・・その。いつもはっていうか。その一年の時は・・・。」
篠岡が言わんとすることがわかって、阿部は納得した。
と、同時に爆笑しだした。
「はははっ。篠岡。お前・・くはっはははっ。」
お腹を抱えて笑ったまま、ベットまで戻ってきて、腰かける。
「あのなあ、篠岡。この際だからいうけどな。
オレはここ2年、いや、1年半か?お前にお預け食らってたんだぜ?それなのに
お前はまだお預け食らわせて、自分だけ気持ちヨクなりたいのか?」
阿部の発言に、篠岡は混乱する。
「え!?えええええ!?」
身を起こした篠岡を、そっと抱き寄せ、髪に顔をうずめる。
「オレはな、他のオトコに夢中のオンナを抱くエムっ気はないんだ。
まあ、我慢するのはちょっと辛かったが、プライドが許さないからな。
でも、その篠岡が、今、オレを好きだといって、
こんな格好でオレのベットにいるんだぜ?それでもおれに待てっていうのか?」
阿部の言葉に、顔中が赤くなる。
混乱して、思考がまとまらないうちに、至近距離から阿部に目を覗き込まれる。
その目は今まで一度も見たことない感情溢れる目で。
とても、優しく篠岡を見ていた。
「好きだ。篠岡。」
目もくらむ幸せを、篠岡は感じた。
下着も取って、何も身に着けてない状態の篠岡の中心に
阿部は指を深く埋めていく。
ゆっくり出入りを繰りかえし、こねくり回す。
その指の動きにあわせて、篠岡の喘ぎ声が阿部の耳を打つ。
指を2本に増やしたとき、引きつった声が篠岡の口から漏れたが、
ゆっくり十分に時間をかけると、するすると入るようになった。
阿部の与える刺激に翻弄されるしかない篠岡は
不意に阿部の手が離れたのを感じて、身を少し起こして阿部を見ると。
丁度、引き出しから出したソレをつけ終わったところだった。
今から自分の身に起きることを思い、篠岡は身を硬くする。
阿部の手が、篠岡の脚を大きく開ける。
篠岡は恐怖にますます身を硬くする。
阿部は、こわばった表情の篠岡を見ると、ふっと微笑んだ。
顔をそっと、篠岡の秘所に近づけると、チロリと一舐めした後、
粒を唇ではさむようにして舌で刺激を与える。
「ひやっ・・・・。あっ・・あああん!」
舌で刺激を与えながらも、指をゆっくり差し込む。
「んんんっ・・・。あああ。あべ・・くん。」
篠岡の身体からこわばりは完全に抜け、秘所もトロトロに蜜が溢れている。
阿部は顔を上げ、篠岡の顔の顔の横に手をつき、真正面から見つめる。
そのままゆっくり、自身を篠岡に埋めようとする。
先ほどとは、まるで違う大きさの異物の侵入に、篠岡は痛みを覚えて
目をつむる。
「篠岡、目を開けろ。」
阿部は篠岡が少しでも目を閉じることを許さない。
少し、進んでは、ゆっくり下がり、またゆっくり侵入する。
痛みをこらえながら、篠岡は阿部を見上げる。
阿部はずっと、篠岡を見つめていて。
「篠岡、名前、呼んで。」
「あ、阿部くん。」
「・・・・千代。下の名前で、呼んで。」
「え・・・。えと・・・た、隆也。」
そういった時の、阿部の表情を、篠岡は一生忘れないだろう。
阿部は、あまり感情を出さない人だと思っていた。
いつも、篠岡に接するときは、表情がなくて。でも優しくて。
阿部は、目尻に涙を浮かべながら、優しく微笑んでいた。
篠岡は思わず手を伸ばして、目尻の涙をぬぐう。
「阿部く・・ん。」
「隆也。」
「えと、隆也くん・・。何で泣いてるの?」
阿部はその篠岡の手をぎゅっと握る。
「オレを、見てるよな?」
阿部がぐっと深く侵入し、篠岡はまた痛みをこらえるようにぎゅっと目を瞑る。
「目ぇ、開けろ。オレを見ろ。」
「お前に、今、触れてるのは、オレだ。」
阿部が少し進んで、ゆっくり下がる。
ほんの少しだが、擦られる感覚に、篠岡は身体にゾクリと快感が走るのが解った。
「あっ・・・・。」
思わずもれ出る声に、思わず手で口を塞ぐ。
阿部はその手をそっと掴み、広げて、篠岡の両手をベットに縫い付ける。
優しい目で篠岡を見つめ、篠岡も阿部を見つめたままで、
ぐっと深く侵入した。
「あっ・・・ああああああ・・ん。」
篠岡の唇を塞ぎ、篠岡の声を吸収する。
篠岡の息が整うのを見届けた後、ゆっくりと揺らし始めた。
最初にあった鋭い痛みは、鈍い痛みに変わっていて、
変わりに、むずむずする快感が篠岡の身体を駆け巡る。
「んはっ・・ああ・・・ああん・・。」
耳元でずっと篠岡の名前を囁き続ける阿部に
求められることの至福の幸せを知る。
「千代・・・千代・・・。」
「あ・・た、隆也・・・。」
囁く阿部に答えるように、篠岡も名前を呼ぶ。
ふいに、阿部が篠岡にしがみつくようにぎゅっと頭を抱えたので
篠岡も必死に阿倍の首に手を回し、しがみつく。
その時ひときわ強く腰を打ち付けられ、篠岡は阿部が果てたことを知った。
「悪い・・。ちゃんとイけたか?」
「えええ!?えっと・・・うん。多分。」
終わった後、謝る阿部に篠岡はあやふやに答える。
「何だよ?それ。自分で解らないのか?」
「えっと。うん。昔阿部くんにしてもらった時のような感じは
なかったんだけど、なんかすっごく気持ちよかった・・から。
イった・・・のかな。うん。」
阿部が篠岡の肩を抱き寄せ、ちゅっと頬にキスを落とす。
「ま、これからいくらでも、気持ちよくさせてやるよ。」
その言葉に、篠岡は耳まで真っ赤になった。
花井は去っていく篠岡を見送った後、
自転車を引っ張り出し、学校に向かって漕ぎ出した。
今なら、まだ練習中だろう。
篠岡と約束したことを実行するなら、きっと今日しかない。
寝て、起きてしまったら、もう言えなくなるような気がして。
「か、カントク!」
急に呼ばれてモモカンが振り返ると、
花井が息も絶え絶えで自分を呼んでいた。
「どうしたの?花井くん。」
「ちょっと。話があるんすけど・・。いいすか?」
息を整えながら、モモカンに時間をくれるように懇願すると、
怪訝な顔をしながらも、モモカンは花井に近寄った。
グラウンドから、少し離れたところで二人向き合う。
「何?まだ練習あるから、手短にね。」
「あ、あの、お、オレ・・・・。」
顔を真っ赤にしたまま視線を彷徨わせ、なかなか話そうとしない
花井に、モモカンはちょっとイラっとなる。
「何!?」
花井は一旦息をぐっと詰め、歯を少しかみ締めた後、
まっすぐモモカンを見つめる。
「オレ!カントクが好きです!」
いい終わった満足感に浸ろうとするまもなく、
モモカンの手が花井の頭をがっちり掴んだ。
そのままぎりぎり締め付ける。
「い、いた!!いたたあああ!!!」
「千代ちゃんはどうしたあああああ!!」
「ちょっ!!カントク!話、いってえええ!聞いてくださ痛えええ!」
モモカンそこでぱっと手を離して花井を睨みつける。
「千代ちゃんとは?」
「わ・・・別れました・・・。」
「傷つけたの!?」
底冷えする双眸で花井を睨み上げるモモカン。
「えっと・・・・ハイ。スンマセン。」
再びモモカンの手が花井の頭を捕らえようとしたが、
花井は今度はその手を掴み返した。
「ちょっとは・・・落ち着いて、話、聞いてくださいよ・・。」
頭を握ろうとするモモカンとソレを抑える花井との間に攻防が起きる。
手を引っ込めて、モモカンは一つ大きなため息をつくと、
花井に話を促した。
花井と篠岡との間に、起こったことをたどたどと説明する。
「そんで・・・篠岡にオレが好きなのはモモカンだって指摘されて・・・
そんで、告白してこいって・・言われました。」
モモカンは実に深いため息をついた。
「まあ、千代ちゃんのことはいいとして、相手は・・多分阿部くんだろうしねぇ。」
「えええええ!?何で!?そ、そーなんスか!?え、阿部!?」
「ほんっと、花井くんってダメねえ。部員のことな~んにもわかってないのね?」
「う、ううう。」
花井は否定できず、言葉に詰まる。
「じゃ、じゃあ!オレがカントク好きなことも分かってんたんですか!?」
「いや。それはさすがに分からなかったけど。
花井くんが誰かに恋してるような気配まったくなかったしねえ?」
「う・・じゃ・・じゃああの・・返事は?」
「何が?」
「さっきの・・オレの・・その。」
モモカンはそこで、弾けたように笑い出した。
「でっきるわけないじゃない!」
花井は愕然と、モモカンを見つめる。
モモカンは両手を腰に置き、じっと花井を見据えた。
「あなたは野球部員で、高校生で、私は野球部のカントクよ?
花井くんだって、ソレがどういうことか、わかるでしょ?」
その言葉に花井はムッとする。
「オレ、真剣なんですけど。それは認めてもらえないんスか?」
「現時点では、無理ね。」
モモカンの返答に花井はショックを受ける。
「そうね、私を好きでいても、いいわよ?」
その、どこかで聞いたことのある台詞に花井はハッとなった。
「でも、今はダメ。そうねえ。千代ちゃんを一年半待たせたんだから、
あなたも待ってみたら?取り合えず、二十歳になるまでは
もう二度と、私にソレを言っちゃだめ。
待ちきれず、他の子を好きになったとしても、私は全く関知しない。
いい?」
一年の時、自分のエゴで部内恋愛禁止を決めて、
篠岡を知らず傷つけ、追い詰めていた。
引退まで待ってくれという花井の言葉を信じて、篠岡は待って。
部にマネジとして貢献してくれた。
なら、オレもモモカンの言うとおり、
取り合えず二十歳になるまでは待つべきなんだろう。
「わ、わかりました。オレ。絶対あきらめませんから!!」
花井の決意の篭った返答に、モモカンは明るく笑い返す。
「ははっ。期待せず待ってるよ。」
次の日、西浦高校に大ニュースが駆け抜けた。
元野球部キャプテン花井の彼女の、元マネジの篠岡が、
昨日は花井と一緒に帰っていったのに、
今日は朝から元野球部の阿部と手をつないで登校したからだ。
しかも、篠岡のクラスまで送る間も、ずっとだ。
手を繋いだまま、校内を練り歩いていたらしい。
「何!?」
「ほ、ホントか!?」
「ガゼじゃねえよな!?」
「マジで!?」
「一体何が起きたんだ・・・?」
元野球部3年生の間に、衝撃が走り抜ける。
昼休み、二人の姿を探して、校内を大捜索する元野球部の姿があった。
「食堂にはいねえ!」
泉が皆に報告する。
「中庭にもいねえぞ!」
今度は巣山の報告だ。
「いた!屋上だよ!」
西広の報告に、一同は屋上を目指した。
花井を除く全員が、屋上に到着した時、
当事者である阿部と篠岡は、のんびりお昼を食べていた。
「あ・・・みんな・・・・。」
篠岡がびっくりして、わらわらと出てきた野球部の登場にびっくりする。
「何だ?お前ら。邪魔だ。どっかいけ。」
パンを持った左手で、皆を追い払う仕草をする阿部。
その堂々とした阿部の態度に、一同は言葉を失い愕然とする。
いや、一番後ろに立っていた栄口だけは、にこにこうなずきながら
涙をぬぐう仕草をしつつ、阿部に向かって親指を立てていた。
その栄口の姿を視界にとらえて、阿部は思わず舌打ちをする。
「どういうことだー?なあ?阿部、しのーか?」
田島が口火を切って二人を問い詰めた。
皆は田島が篠岡を狙っていたことを思い出し、修羅場を想像しぞっとする。
「別に。篠岡は花井と別れて、オレと付き合うことになったってことだ。
悪いな。田島。」
「えええ?ずりーぞ。阿部。それって抜け駆けだろ?ヒキョーだ。ヒキョーだ。」
沖が真っ青な顔をして、皆に注意を呼びかける。
「ね、ねぇ・・・なんかあの二人、ご飯食べてるのに手をつないでない?」
その言葉に、皆が二人の手を確認すると、一斉にうっとなってげんなりした。
篠岡は真っ赤になって手を振り解こうとしているが、阿部がしっかり握って
離さない。
篠岡の右手は箸を持って膝の上の弁当を食べている。
篠岡の左手はしっかり阿部の右手とつながっていて。
阿部の左手はパンを掴んでいた。
「ダメだ。こりゃ。」
泉が心底げんなりしたように発言する。
「ツッこむ気も失せるぜ・・・。」
水谷もしょんぼりする。
「昨日の今日で、何でこの二人がバカップルになってんだ?」
巣山がもっともな疑問を口にする。
「阿部が話してくれると思う?」
西広が誰ともなしに質問する。
「そういえば、花井は?」
栄口のもっともな質問に。
「は、花井くんは・・一人でメシ食べる、って・・。」
三橋が一生懸命答える。
「篠岡。阿部に飽きたら、いつでもオレに言えよ?」
田島がにししと篠岡に笑いかける。
「アホ、飽きさせねえよ。花井と違って篠岡泣かせたりしないから
田島、あきらめろよ。」
「にしし、わかった。取り合えず、あきらめてやるよ。
でも隙があったら、すぐに取ってやるからな! 阿部!」
阿部が、実に不敵ににやっと笑い、田島を見やる。
「できるもんなら、やってみろよ。ま、無駄だけどな。」
その阿部の、今まで見たことの無い、実に幸せそうな笑顔に
一同はこれ以上の追求をあきらめた。
最終更新:2008年01月06日 19:55