4-340-344 小ネタ 篠岡ハザード
その日、篠岡は最悪の体調だった。
初潮を迎えたのは何年も前のこととはいえ
未成熟な身体では不規則なのも当然のことで。
未だかつてないほどの生理痛に襲われた篠岡は
飲みなれない鎮痛剤を飲んでしまった。
慣れない身体に薬は中途半端に効き、
痛みは全く引かないのに、眠さだけがやってきて。
放課後部活の準備中にベンチにへたり込んで、眠ってしまった。
「あれ?篠岡寝ちゃってるぞ。」
水谷がいち早く気づいた。
「ホントだ。具合悪いのかな?」
泉と、沖と、巣山が篠岡に目をやる。
そして。突然4人そろって地面にへたり込んだ。
その意味不明な行動に、栄口と西広が心配する。
「どうした?なんで座り込んでんの?」
「どっか具合悪いの?」
水谷が声を震わせて答える。
「篠岡見てみ。やべえよ・・・。」
「「はあ?」」
栄口と西広が眠り込んでる篠岡に目をやる。
しばし見つめて・・・。
同じくへたり込んだ。
「お前ら何座ってサボってんだ。真面目にやれ!」
のこのこと花井と阿部が登場する。
栄口が顔を赤らめながら言い訳する。
「いやぁ。これってちょっとやばいよ。何でかわかんないけど。」
「はあ?」
へたり込んでる全員をよく見ると、地面に膝と膝をついてよつんばいだが、
脚の角度はなぜか少々内向きだ。水谷と沖はすっかり土下座状態だ。
「篠岡か?」
花井と阿部が同時に篠岡に目をやる。
ベンチに横たわっている篠岡は、どうも寝ているようだ。
脚は中途半端にベンチから落ちていて、シャツは少し捲くれあがり
眩しいくらい白い肌がさらけ出されている。
その白い肌を見た瞬間、花井の下腹部に衝撃が走る。
慌てて頭を振り、再び篠岡を見る。
顔色はすこし青ざめているようだが、頬は高潮していて。
額から一筋の汗が、篠岡の頬に沿って流れを作り、雫を落とす。
少しきゅっと寄せられた眉の下で、閉じられた目を守る長い睫毛少し震えていて。
ふっくらとピンクの唇は儚げに少し開けられ、白い歯が
かすかに唇を噛んでいる。
それは、まるで・・・快感に耐えて喘ぎ声を堪えているような・・・。
そう意識したとたん、さらに下腹部に衝撃が走り、花井もへたり込んだ。
もちろん前屈で。
「花井も、ヤベエだろ~?」
水谷の苦しそうな問いかけに。
「・・・・・・ああ。」
花井が力なく答えた。
ほぼ横一列にへたり込んだ一同を阿部は冷たく見下ろす。
「お前ら、なっさけねえな。童貞かよ?」
「じゃあ、阿部、篠岡起こして、どっかやってくれよ。」
花井以下全員が、憎憎しげに阿部を睨む。
「チッ。しょうがねえな。」
すたすたと篠岡に近寄る阿部に、一同の目は尊敬に変わったが。
しかし、花井達からわずか1メートルの所で、阿部もへたり込む。
全員の冷たい視線が阿部の背中に突き刺さる。
「お前も童貞じゃねえか!」
「ちわっ!!って!!なんだ~お前ら!何してんだ!」
田島の登場に、一同は神を見た。
「田島、頼む!篠岡を保健室に連れてってくれ!」
「え~?しのーかどっか具合悪いのか~?ってか、なんでお前ら篠岡に向かって
土下座してんの?」
田島の素朴なツッコミが皆の心に突き刺さる。
「いーから!早く!篠岡起こして連れてってくれ!」
花井の悲壮な叫びに、田島はしぶしぶと篠岡に近寄る。
物怖じせずにさくさく篠岡に近寄る田島は、後光が差してるように見える。
「おーい。しのーか。こんな所で寝るな・・・・・・よ・・・。」
ところが、起こそうと伸ばされた手は、篠岡からわずか数センチの所で止まり。
そのまま、しばし凍りつく。
「うわああああ!!クララがタったー!!」
そう叫んだと同時に、田島は駆け出してグランドを飛び出してしまった。
「アイツ・・・。よく動けるな・・・。」
タってしまったクララをもてあまして動けない皆はその田島の行動を
うらやましく感じる。
「くそっ!このままじゃ今日は練習にならねえぞ!」
花井の悔しそうなうめきに。
「なんでアレで篠岡起きないんだよ!?」
「全員で声かけるか?」
そういってふと篠岡をまた見てしまって。
全員深々とした土下座姿勢に変わってしまった。
「なんだよ。あれ・・・。」
水谷の嘆きに
「色気か?」
巣山が疑問をぶつける
「フェロモンってやつか?」
泉のぼやきに。
「なんで、あんなソソル顔して寝てんの?」
沖が同意する。
「ああいうのを、扇情的っていうのかなあ。」
西広先生の講釈に。
「ぴったりな表現だ。」
花井が賛同した。
皆が一斉にため息をつき、途方にくれかけたところに、
「み、みんな。ど、ど、どどどどうした、の?」
最後の戦士が登場した。
「みはしぃ!」
「ハ、ハイ!何!阿部、くん!」
キョドキョドと阿部に駆け寄る三橋。
「頼みがある。いいか、もうお前しかいないんだ。
お前ならできる。だってお前がんばってんだもん!
だからな、すみやかに篠岡を起こして、保健室に連れて行ってくれ。
いいか?できるな?首振るなよ!
首振る投手は嫌いなんだ!」
「う、うん!よく・・・わからないけど、
篠岡、さん連れて行けばいいんだね。オレ、やってみるよ。」
三橋が失敗したら、すべてが終わる。
そんな緊張感とともに、一同はゴクっと唾を飲んだ。
三橋が、ゆっくりと、篠岡に近づいていく。
篠岡まで、あと一歩。
ここで三橋が倒れたら・・・!?いやタったら!?
世界は消滅する。
伸ばされた手は・・・篠岡に・・・触れた!
「し、篠岡さん。保健室、いこ?」
「あ、あれ~?私、寝ちゃってた?あはは、ゴメン。」
「保健室、いったほうが・・いいよ。送る、から。」
「ええ?う~ん。そうだね。行った方がいいかもね。ありがとう三橋くん。」
三橋は篠岡を支えて、グラウンドを出て行った。
崩壊が免れた世界に、皆は心底ほっとしたため息をついた。
「・・・そういえば、アイツ篠岡をおかずにしないんだっけ・・・・・。」
阿部のつぶやきは、全員を納得させた。
モモカンが到着した時、グランドで皆は蹲っていて。
九九を唱えている沖。
花の受粉についておさらいしている泉。
ABCソングを歌っている水谷。
羊を数えている巣山。
スワヒリ語を練習している西広。
円周率を延々ぶつぶつ唱える阿部。
キング牧師のスピーチを朗読する花井。
平家物語の冒頭部分を暗唱している栄口。
モモカンは
なんだか皆、勉強熱心になっているわね。
と一人ごちた。
終わり
最終更新:2008年01月06日 20:02