4-435-456 レンルリ
携帯のモニタを確認すると時刻は午後11時丁度だった。
この時間ならもう家に帰っているはず。
ルリは今ではほとんど使わない短縮の1番を呼び出す。
「ルリ?」
携帯をいじっていたのか廉はすぐに出た。
あいさつができないのは相変わらず。でもそれすらも微笑ましい。
ルリはこの頼りない従兄をほとんど弟のように思っている。
「レンレン、誕生日おめでとう。」
「うお、あ、りがと」
はずむ声にルリも嬉しくなる。
「最近、調子どう?部活楽しい?」
「いい、よ!今日…皆がお祝いしてくれた」
「皆って野球部の人達?」
「うん、篠岡さんがケーキ作ってくれて…それ皆で、食べて」
「…篠岡さんてマネージャーだよね?」
部員の誕生日にわざわざ手作り?
マネージャーってそこまでするものなの?
そんなルリの訝しく思う気持ちに廉は追い討ちをかけた。
「うん。やさしくって、料理上手なんだよ、おにぎりとか」
どことなく誇らしげな声がなんだか憎たらしく感じる。
優しいのは皆に?それとも廉には特別?
廉は「篠岡さん」のことが好きなの?
次々とルリの心に疑問が沸き起こる。
でもなぜかその問いを口にすることはできず。
突如心のなかにわいたモヤモヤを振り切りたくてルリは息せき切って言った。
「ね、レンレン、今度の土曜日練習見にいっていい?」
「え?でも遠くない?」廉の言葉にちょっと傷つく。
「…遠くないわよ。同じ関東だもん」
「いいけど、終わるの遅いよ?」
「その日はレンレンちに泊めてよ」
「わかった、よ。でも皆の前でレンレンて言うなよ」
いつものように念をおす廉におかしくなってルリは思わず噴き出した。
こんなところは全然変わってないのに。
電話を切って、ソファにもたれながらルリはクッションをぎゅっと抱きしめる。
女の子にケーキを作ってもらう廉。
誕生日に仲間とお祝いをする廉。
すべてルリの知らない廉だった。
私だって一緒に住んでたらケーキでもなんでも作ってあげる。
今まで廉に優しくするのは私の役目だったのに。
もう廉は私がいなくてもどうってことないのかもしれない。
そこまで考えてルリは自己嫌悪にかられた。
本当は廉のために喜んであげなきゃいけないのに、子どもじみた独占欲に取りつかれている。
それに廉はそんな子じゃない。人の自分に対する優しさを忘れてしまったりしない。
きっと廉に会っていつもの彼を見ればこんな気持ち忘れられる。
「親離れより子離れのほうがむずかしいってホントだったんだ」
ルリはそうつぶやいてむりやり自分を納得させた。
土曜日。
教えられた道を歩いていくとグラウンドの入り口のところで女の子が出迎えてくれた。
「三橋ルリさん?」
「あ、そうです、けど」
「やっぱり。三橋くんにそっくりだからすぐわかったよ」
にこにこと笑っていうその子は丸い大きな目が愛らしい。
「練習、日陰のほうで見るよね?ここだとやけちゃうから」
「ありがとう。あの、もしかして篠岡さん?」
「え?私のこと知ってるの?」
「うん、廉に聞いたの。優しくて料理が上手って」
それを聞いて篠岡は嬉しそうに笑った。
「三橋くんは優しいから。三橋くんにかかると誰でも良い人になっちゃうんだよね」
「あの、廉はどうですか?その、クラスとかで」
三星でのことを知っている篠岡はすぐにルリの意図を察して安心させるように微笑んだ。
「三橋くん、学内では結構有名なんだよ。去年1年だけでいいとこまでいったから。ファンの女の子とかもいるの」
「ええ?レンレンに!?」
驚きの余りついレンレンと言ってしまった。
でも信じられない。あの廉に、ファン?
「本当だよ~。投げてるときと普段とのギャップがいいって。ほら、三橋くんは見た目もいかにも運動部って感じじゃないから。そういうの好きな子多いみたい」
「え、と篠岡さんは?」
思わず聞いてしまってからルリは顔を赤らめた。
初対面の人に聞いてよいことではない。
「私?私はマネジだから。仲間って感じでそういうのはないよ」
どうやらそれは本当らしかった。
篠岡の言葉に安心した自分を発見してルリは居心地悪く思った。
そんなルリの様子を見て、篠岡が問いかける。
「もしかしてルリさんと三橋くん付き合ってるの?」
「ええ!?ち、違うよ。レンレンは弟みたいなものだから」
自分でもびっくりするほど上ずった声が出た。
篠岡が仕事があるからと行ってしまうと、ルリはどこかほっとして地面に腰を下ろした。
篠岡が案内してくれた場所からは投球練習をする廉の姿がよく見える。
投げるときにだけ見せる真剣な表情。
その手から繰り出される硬球の寸分違わないコントロールは相変わらず。でも身長が伸びたせいか、前よりだいぶ球威がついたようだ。
時々、捕手と言葉を交わして球種を確認したり、横で練習している投手に請われて投げ方を教えてあげているようだった。
まるで知らない人みたいで、せっかく会いにきたのにさびしい気持ちになる。
なんであのとき意地になって練習を見に行くなんて言ってしまったんだろう。
ルリは自分の気持ちがよくわからなかった。
初めて会った時から廉のことは好きだった。
周りの男の子とは全然違う素直さで、傷つきやすくて、好きなことにはまっすぐ。
中学に入ってからは部でもめたらしく仲の良かった叶ともよそよそしくなったけれど、私にだけはいつだって言いたいことを言ってくれた。それが信頼されている証のようで嬉しかった。いつだって守ってあげたかった。
でも廉は誰にも相談せず、一人で決めて家を出て行った。
それから私の知らないたくさんの出来事があって、今の廉がいる。
野球部のエースで、良い仲間に囲まれて、女の子のファンまでいる廉。
思えば当たり前なのだ。
だって廉はいつだってすごくがんばってて、でもそのことを決してひけらかしたりしない。
どんなに辛い時でも人を責めたりしない。
ルリ以外の誰かが廉の魅力を見出すのはいつかは訪れるはずのことだったんだろう。
ましてや廉は自分で出ていって新しい居場所を見つけたのだ。
「もう弟なんて言えないなあ…」
ルリはぽつりとつぶやいた。
廉が弟じゃないのなら。
そして私が廉の姉じゃないのなら。
廉は私の何なんだろう。廉にとっての私は…?
友達というのとは違うし。
そりゃもちろん従兄妹なんだろうけど。
でもそんなのつまらない。ただの従兄妹同士でしかないなんて。
「ルリ!」
呼びかけられてルリははじかれたように顔を上げた。いつの間にか随分長い間地面とにらめっこしていたのだ。
「レンレン?え?練習は?」
考えていることがばれたわけではないのに少しどもってしまう。
「休憩だよ。見てるのも飽きただろ?そろそろ暗くなるから、帰ったほうがいい、よ?」
「うん、そ、だね…」
廉が手を伸ばしてきたのでルリはその手をとった。
ルリのそれよりもずっと大きな手。
その手の厚みにドキドキする。
もう廉にとって姉としての私が必要じゃなくても、私は廉のそばにいたい。
その気持ちに名前をつけることはためらわれて、ルリはそっとスカートの埃を払った。
ルリが監督に挨拶して帰ってしまうと、部員たちはルリの話題で盛り上がった。
「久しぶりに見たけど三橋の従妹、やっぱ可愛いよな~」
「一緒に暮らしてたんだろ?いいなあ三橋」
「でも胸ちっさくね?」
「巨乳ならいいってもんでもねーだろ、監督見てみろよ」
「おまえとそっくりなのにふつうに可愛いよな、血って不思議」
「阿部、おまえ失礼だって」
「ほんとのことじゃんか」
おにぎりを頬張りながらそんなふうに話していると、篠岡が牛乳を注ぎながら聞いてきた。「ルリさん、練習見るためだけに群馬から来たの?」
「う…たぶん、そう、だと思う」
「そうかあ、本当に仲良いんだね。私、二人は付き合ってるのかと思っちゃった」
篠岡の言葉に廉は盛大に牛乳を噴いた。
「うわっ、三橋っ、汚ねーよ!」
「動揺しすぎだろ…おまえあの子のこと好きなのか?」
「ちっ、ちが…」むせながら反論するがどうにも説得力がない。
「だいじょぶだぞ、三橋!従兄妹は結婚できっからな、ゲンミツに!」
「そうかあ、三橋が…今日あの子泊まってくんだろ?チャンスじゃん」
「だ、だから、ちがっ…」
「おい、おまえちゃんとゴムつけろよ、不祥事はカンベンだからな」
皆廉をからかって楽しんでいるのだが廉だけがそのことに気付いていない。
「でも、ルリさん、三橋くんのこと好きそうに見えたよ~?」
篠岡までもが参戦してくると、もはや廉になす術はなかった。
「マジで!?」
「うん、私が三橋くんのこと好きなのか気にしてたもん」
「おお!脈ありぽいな」
「いいな~、明日ちゃんと報告しろよ~?」
皆がはしゃいで盛り上がる中で、廉はこっそりため息をついた。
ルリが廉を、なんてそんなことあるわけがないのだ。
小さい時からルリには世話になりっぱなしで、何よりルリはあの三星時代を知っているのだから、廉には情けない印象しかないだろう。
それにルリには廉の姉を自任しているところがあって、到底男として認められている気がしない。廉が格好悪いところを見られたくなくて試合に来るなと言っても、何よ、レンレンのくせに、と一蹴されてきたのだ。
廉から見てもルリは可愛かったし、勝気で面倒見の良い性格は魅力的だ。
ルリに認められたい気持ちはある。けれど、それは出来の良い姉に対する思慕のようなもので、恋愛感情に結びつくようなものだとは廉自身思っていなかった。
皆に散々激励され、保健体育の授業で配られたコンドームの差し入れを受け、疲弊した気持ちで帰宅すると、玄関で廉を出迎えたのはルリだった。
「あ、あれ?おかあさんは?」
「おばさん、職場でトラブルがあったって呼び出されて行ったよ。えと、8時頃かな?帰りは夜中になるかもって。ご飯食べよう。あっためるから」
「ルリ、食べてないの?」
「久しぶりだから一緒に食べようと思って待ってたの。支度するからシャワー浴びてくれば?」
「うん、あり、がと」
てことはこの家に二人きりか…
皆にあおられたせいで変に意識してしまっている自分に気付いて、廉は恥ずかしくなった。絶対にルリには知られたくない。
ルリが自分を待っていてくれたのは素直に嬉しかったので、変なことは考えずに食事に集中しようと思った。
久しぶりにルリと囲む食卓は楽しかった。中学時代は避けていた三星の野球部仲間の話も今はわだかまりなく話せる。ルリも最近では叶と仲が良いらしく、叶の話を聞けたのも良かった。
食事が終わって、廉が部屋でくつろいでいると、部屋のドアが控えめにノックされた。ルリだ。
部屋に入ってきたルリは、寝間着のかわりらしいゆったりしたワンピースを着ている。風呂に入ったらしく長い髪を頭の上でまとめていた。
廉は成長した従妹の姿にドキリとしたが、つとめて平静に振舞った。
「ど、どうしたの?」
「レンレン、私どこで寝ればいい?」
「あ、えっと、前はここが客間だったんだけど…今はないからお母さんの部屋で寝る?お父さんはずっと群馬だから」
「前はここが客間だったの?」
「そ、だよ。今はオレの部屋」
「じゃあ、私、ここで寝ようかな、この部屋広いし下に布団敷けば寝られるよね?」
「えええええ!?だ、だめだよ!」
「どうしてよ?」
「どうしてって…だ、だめに決まってるだろ!」
廉はルリの言葉に混乱した。しかし、どうしてこうもルリは堂々としているのだろうか?自分のほうがおかしいのか?いや!そんなことはないはずだ。
「何よ、レンレンのくせに」
「レ、レンレンって言うなよ!」
論点がずれている、と思ったが、咄嗟にうまい言葉が出てくるほど回転の早い頭ではない。
「どうしてレンレンって言っちゃだめなの?レンレンはレンレンじゃない!」
なんだかルリの様子がおかしい。
強い口調とは裏腹に表情がやけに自信なさげなのだ。
こんなルリを見るのははじめてのことで、廉はどうしてよいのかわからなかった。
とりあえず、廉は黙った。何か言うとルリが泣いてしまいそうな気がしたのだ。
廉が黙っていると、ルリはどんどん部屋の中に入ってきて廉が雑誌を読んでいたベッドの上に腰掛けた。
「相変わらず、ベッドの上もボールだらけなのね」
そう言う口調はさっきよりも落ち着いている。廉は少しほっとする。
「それ野球の雑誌?」
ルリは廉が読んでいた雑誌を引き寄せると、ベッドの上に腹ばいになって雑誌をめくりはじめた。
「ル、ルリっ」
廉は動揺した。ワンピースのデザインのせいで、ルリが肘をつくと、胸元があらわになってその淡いふくらみが見えるのだ。この角度だと水色のブラジャーのフリルまでがはっきり見えてしまう。
さっきまで意識していなかった、白い首筋や華奢な鎖骨までが急にやけに艶かしく目に迫ってきて、廉は自分の体が異変を起こしつつあることを悟って慌てた。急いで枕を引き寄せて抱え込み、自分の下半身がルリの視界に入らないようにガードする。
「なに?」
ルリは何も気付いていなさそうに廉を見上げる。廉は言ってしまったら自分が見たこともばれて怒られる、と思い、ぐっと言葉に詰まった。
「な、なんでもない」
そう言ってしまってからふと廉は思った。なんだかルリは無防備すぎる気がする。従兄である自分の前だからかもしれないが、近所に住んでいる叶の前でもこんなことをしていたら大変だ。
「あ、あのルリっ」
「何よ?」
「い、いつもこんななの?」
「こんなって何が?」
「ふ、服とか」
「?これは部屋着だから外では着ないわよ」
「じゃ、じゃあ叶くんが来たときとかは?」
「家に叶が来たときってこと?着てることもあるよ。あいつ遅い時間でも平気でリューのとこ来るから」
「だ、だめだよ!」
ルリは廉をじっと見つめた。
ルリと視線を合わせると自然と胸元も目に入ってしまうので廉は焦って視線を外す。周辺視野を鍛えすぎたせいか目だけを見るということができない。
「何がだめなの?」
「男の前でそんな薄着、だめ、だよ!あ、あと、その格好もだめっ!」
「なんで?」
「なんでって…」
ここまで言ってもわからないなどということがあるだろうか。廉は途方に暮れそうになる。今だって相当に恥ずかしいのだ。
「大丈夫だよ、レンレン、叶とかの前でこんな格好しないから。今はレンレンと二人だからだもん」
全然、大丈夫じゃない。そのうえ、さりげなく男と思っていないかのような発言をされて廉は軽くショックを受ける。
「大丈夫じゃ、ないよ。オレの前でもだめ、だよ」
「なんでよ?」
「だから、わ、わかるだろ…」
そう言うと廉はうつむいてしまった。ここから逃げ出したかったが、立ち上がったら体の状態を悟られてしまいそうで動くこともできない。
ルリは体勢を維持したまま廉のほうににじり寄ってきて下から廉を見上げた。
「レンレン、私にドキドキしてるの?」
廉は羞恥と動揺で真っ赤になった。
ほとんどやけくそ気味に声を張り上げる。
「してるよ!だから、ちょ、ちょっとあっちにいって…」
言い終わらないうちにルリが廉の手をとった。
「いや。だってこのままじゃ不公平だもん。私だけドキドキしてるのなんて耐えられない」
ルリはそう言うと廉の手をぎゅっと握ったままベッドに突っ伏して顔を隠してしまった。
見るとルリの首筋は真っ赤になっている。
ど、どどど、どういうことだ…?
私だけドキドキしてるのなんて耐えられない
ルリの言葉が廉の脳裏をものすごい速さで駆け巡る。
握り締められた手からルリの熱が伝わってきて、これがまぎれもない現実であることを知らせているのに、廉は状況を受け入れられないでいた。受け入れてはいけないような気がしたのだ。
ふと篠岡の言葉がフラッシュバックする。
ルリさん、三橋くんのこと好きそうに見えたよ~?
廉は頭を振ってその言葉を振り払おうとした。
ルリがオレを、なんてあるわけがない…
で、でも、じゃあルリは何にドキドキしてるんだろ?
廉が一人でおろおろしていると、急にルリががばっと上半身をはねあげた。
「何か言ってよっ!恥ずかしいじゃない!」
そういう顔は真っ赤で、大きな目の淵にはうっすら涙がたまっていた。
「ルリッ!?な、なんで泣いて…」
「泣いてないわよ!」
「うっ、うそ、」
「泣いてないってば…」
ルリが廉の肩に顔を押し付けたせいで語尾はほとんど聞き取れなかった。
廉はしがみつかれて、ルリの肩が自分のそれよりもずいぶんと小さく頼りないものであることに気付いた。ルリの肩はほんの少し震えていた。
廉はためらいがちにそっとその肩に手をかける。
「ルリ」
「なによ」
「あ、あの、泣いて、いいよ」
経験上、泣きたいときにそれを我慢するのはひどく辛いということを知っていた。だって、それは泣く資格がないか、あるいは泣く場所がないということだから。
ルリにはそんな辛さを味わってほしくなかった。
「私、さいしょから泣いてないもの」
そう言いながらもルリのしがみつく力は強くなる。
廉はルリの背中に手を寄せてなでた。
「廉、」
急に名前を呼ばれてどきりとする。
「な、なに?」
「私こわい。廉が…遠いんだもの」
「と、遠いって…?」
「廉がいなくなっちゃうような気がしたの」
「いなく、ならないよ…いつでも、いる」
廉は思った。
辛かった三星での3年間。
ルリがいつでもそばにいてくれた。
だから自分もずっとルリのそばにいる。少なくともこんなふうにルリが自分を求めたときには。
廉はルリの背に回した手に力を込めた。
「…また、練習見に来ていい?」
「うん」
「また、電話していい?」
「うん」
「これからもレンレンって呼んでいい?」
「…うん」
ルリがはじかれたように顔をあげる。
「やめろって言わないの?」
「…言わない、よ」
なぜだか廉はそう呼ばれてもいい、と思った。今のルリが発すると、同じ言葉でもまったく違うように聞こえた。
「じゃあレンレンって呼ぶ。後からいやがっても変えてあげないから」
そう言ってルリはふわりと微笑んだ。
それは廉が見たこともないような儚げな笑顔だった。
「…っっ」
いけない。なんというか、やけにルリのことが可愛く見える。
その微笑みは廉に急に現状を思い起こさせた。
さっきまでルリが泣いたことで動転して忘れていたが、今廉とルリは枕一つをはさんでほとんど抱き合うような格好になっている。しかもここはベッドの上だ。この上なくそれっぽいシチュエーションではないか。
「レンレン」
「ななな、な、なにっ?」
「…顔、真っ赤だよ?それに肩、痛いよ」
「あっ、ご、ご、ごめ…」
「あやまらなくてもいいけど」
ルリはくすりと笑って伸び上がると廉の目をじっと見つめた。
「レンレン、学校に好きな子いる?」
「えっ、い、い、いない、よ!」
「…篠岡さんは?女の子から見ても可愛いかったよ、すごく」
「あ、可愛い、けどっ」
けど、ルリのほうが可愛いよ。
そう言いかけて廉は絶句した。
野球部のエースとして注目されるようになり声をかけてくれる女子がいなかったわけじゃない。けれど心が動かなかったのは、無意識のうちにルリと比べていたからだと気付いてしまったのだ。
「あの、ルリっ」
「なあに?」
「オレ、ルリが好きだっ、だ、だから、ルリが一番可愛い、よ!」
ルリは一瞬ぽかんとして廉を見つめると、その肩にぎゅっとしがみついて耳元に唇を寄せた。
「レンレン、…今の本当?」
「ほんとう、だよ」
「じゃあ私も本当のこと、言うね。私、レンレンを他の子にとられたくない」
耳元で囁きかけられて、体が震えた。
廉はぎゅっと目をつぶって背筋をはいのぼる感覚に耐えた。
「レンレン」
「な、何?」
声が震えてしまう。
「この枕じゃまだよ。どかしていい?」
「だ、だめっ!!」
ルリが枕をどかそうすとするのを、咄嗟に叫んで食い止める。ルリは不満そうに廉をにらんだ。
「どうして?」
「ううっ、これ、な、ないと、困る…」
「…私は困らないもん。レンレンともっとくっつきたいよ…レンレンはちがうの?」
潤んだ大きな瞳にじっと見つめられて廉は慌てた。
「ち、ちがっ、な、ないと我慢できない、からっ!」
つい本音を暴露してしまって、廉は焦って口元を覆った。
「…我慢って何?」
「ええ、と、キ、キ、キスとかっ」
したくなる…と廉は消え入りそうな声で言った。
本当はそれ以上のこともしたいのだが、とりあえずそれは黙っておく。
「…じゃあすれば?したいならすればいいじゃない」
「ええ!?い、い、いいの!?」
「だって、またずっと会えないじゃない…」
ルリはキスしてもいい、とは言わなかった。けれど伏せた目の長いまつ毛は震えていて、それに気付いたときには、廉はルリの細い肩を夢中で引き寄せていた。
「…んっ」
ルリの唇からやわらかい吐息がもれる。なぜだかルリがとても弱々しく思えて、廉はルリの手を攫もうとした。そうしてルリを繋ぎとめておかないと、このまま消え去ってしまいそうに思えた。
けれど、廉がその手に辿り着くより早く、ルリの両腕が廉の首にまわされ、その体から急激に力が抜けていった。
廉はルリの重みを支えきれず、二人してそのままベッドに倒れこむ。
「…レンレン、あたまいたいよ…外して」
ルリがぼんやりと廉を見上げながら言う。
廉はルリの髪をまとめていた髪留めを外した。長い艶やかな黒髪が白いシーツの上に散って、ルリの肌の白さが際立つ。
二人の視線が一瞬交錯すると、ルリは目をふせた。
廉はルリの顔の横に両手をついて、さっきよりもゆっくりとルリに口付けた。
触れ合わせたところから、電流のような感覚が走る。ルリの唇のやわらかさに陶然となる一方で、その唇をめちゃくちゃに食い荒らしてしまいたい、とも思った。
何度も角度を変えて口づけると、ルリは酸素を欲して小さく息をついた。
見開かれた大きな目には涙の膜が張られていて、びっしりと生えた長いまつげが濡れて光っている。わずかに開かれた赤い唇から、小さな舌が動くのが見えた。
「レ…」
強い衝動を感じて、ルリの唇に自らの舌を割り入れる。ルリの声は深い口付けに簡単に飲み込まれた。
単に唇を触れ合わせたときとは違う強い快楽に、廉はめまいを覚えた。
濡れたやわらかい舌に自らの舌を絡ませると、ルリは怯えたように舌を引こうとする。そのときのざらりとした感覚の強烈さに、腰の辺りに熱が集まってくるのがわかった。
たまらずにルリの胸に手をはわせ、下着の高くなっている部分をそろりと撫でる。
「やっ…」
廉の手で敏感なところを触られて、ルリはため息をもらした。
と、同時に自分の声にぎょっとして、キッと廉の顔をにらんだ。
「ちょっと、変な触り方しないでよ!」
「へ、変なさわりかた…って」
「今みたいなの!だめだから!」
「え、で、でも…」
顔を真っ赤にして肩をはずませているルリを見下ろす。潤んだ目にいつものような迫力はない。
「何よ!?」
「き、気持ちよくなかった?」
「!」
「気持ち、い、よね?」
「う、うるさい!レンレンのくせにっ…」
その瞬間、廉は自分の中に、今まで感じたことのない荒々しい感情が湧き起こるのを感じた。
ルリの両手に自らのそれを絡ませると、強い力でベッドに押し付ける。
抵抗する暇を与えず閉じられた足の間に膝を割り入れ、そのやわらかい肢体に体を押し付けながら、乱暴にルリの唇を貪った。
突然のことに呆然として肩を弾ませるルリを見下ろす。
「廉って呼べよ」
「さっ…」
「今だけで、いいから…そう、呼んで…」
廉が投球時にしか見せないような真剣な表情をルリに向けるのははじめてで。
ルリの体の芯にぞくりと震えが走った。
ルリの返事を待たずワンピースの裾から手を差し入れると、廉は胸があらわになるところまでそれをまくりあげた。
滑らかな太ももの皮膚に手を滑らせながら、ブラジャーの隙間から舌を差し入れて乳首を舐めあげる。ルリの胸は小さく、下着を脱がせなくても簡単に舌が届いた。
「んんっ、」
ルリが身をよじって快感を逃そうとする。
「ルリ、可愛い」
廉はそのままルリの足の間に手を伸ばした。ショーツの上からすっと撫で上げると、そこはすでにたっぷりと蜜を湛えていた。
「っ!…廉っ、やめっ」
「やめ、ない」
「レッ、ああっ!」
閉じようとする膝を両手で押し開いて、廉はショーツの上からその部分に舌をはわせた。ルリの体液と廉の唾液が混じり合って、淡い色のショーツの上から、ルリの秘所が透けて見える。廉は、温かく湿ってヒクヒクとうごめくその中に自身を沈めることを思って体を震わせた。
だが、ショーツを引き下げようと手をかけたとき、ルリが必死の声で「いやッ!」と叫んだ。
はっとなってルリを見上げるとルリは泣いていた。
「ごっ、ごめ、…オレっ」
廉は慌ててルリを抱きしめる。
「…ばかっ、こんなのレンレンじゃない…」
ぼろぼろと涙をこぼしながらも、自分にしがみついてくるルリがあまりにいじらしくて、廉はもう一度「ごめん」と謝った。
「私は…すごく恥ずかしかった、し!こわかったの!初めてなのに…」
ルリが言葉を口にするたびに大粒の涙がこぼれて、廉は一生懸命涙をぬぐい続けた。
しばらくするとルリは平静を取り戻し、少し恥ずかしそうにふふっと笑った。
「なんかびっくりしちゃった。レンレン、あんなことどこで覚えたのよ」
「ええっ!?べ、べ、べ、べつにそんな」
廉は責められていると感じて慌てたが、そうではない証拠にルリは甘い声で言った。
「ほんとにびっくりしちゃった…自分の体じゃないみたいだった」
その声は本当に、聞いたこともないような甘さで。
廉はたまらずルリを抱きしめる。
「レンレン」
「なあに?」
「私たちはずっと一緒なんだから…色々なことが変わるのはもっとゆっくりでいいよね?」
ルリの言葉を残念に思わないわけじゃなかった。
けれど、それ以上にルリがこの先を考えていることが嬉しくて、廉は微笑して頷いた。
結局その夜は(主に廉の事情で)別々に眠って、今二人は西浦高校に向かう道を歩いていた。
たったの一晩で二人の関係は大きく変わってしまった。
けれど、それはこの朝の空気のように新鮮で素敵だ、とルリは思った。
グラウンドの入り口までたどりつくと、廉が名残惜しげにルリを見つめる。
「私はこのまま帰るけど、練習がんばってね」
「…うん」
「レンレン、今年の夏大が終わったら…二人で那須の別荘に行こうよ」
廉はすぐさまその意味を察したらしく、顔を赤くして頷いた。
昨日とは別人みたい、とルリはおかしくなる。
「約束ね」
そう言うとルリは伸び上がって、廉の頬に口付けた。
そのとき。
「うわっ!三橋のヤツ、チューしてんぞ!」
田島の声がグラウンド中に響きわたり、「ええ!」「マジで!?」などとすでに集まっていた部員たちが騒ぎ出した。
「う、おっ!れ、練習!」
廉が駆け出して行く。
その背に精一杯の声で呼びかけた。
「レンレン!またね!」
廉が振り向いて手を振るのが見える。
レンレンって言うな、というお決まりの文句が聞かれなかったことに満足して、ルリは来た道を引き返した。
最終更新:2008年01月06日 20:03