4-556-563 アベモモ


オレ達の夏が、終わった―――――



マスクを空高く放り投げた阿部は、太陽の照りつけるマウンドで呆然と佇む三橋に駆け寄り、その細い身体に抱きついた。
間をおかず田島が飛びかかり雄叫びをあげる。
栄口や巣山が、花井が、ベンチの控えが次々と飛び付き、その歓喜の輪は直ぐに大きくなった。



高校野球選手権、初優勝――――



西浦高校側のスタンドと球場全体からの地響きの様な拍手と歓声に、マウンドで抱き合う彼等の頬は涙に濡れていた。

阿部は泣き笑いの顔で、この三年間何度も何度も繰り返し癖となってしまった仕草―――彼等の、誰よりも信頼できる指揮官の姿を探した。
きっとマネージャーや先生と抱き合って喜んでいるだろうと予想しつつ送った視線は、一瞬で絡みとられる事となる。



ベンチ前の手すりを両手で掴んだまま、彼女は、



―――――ただ泣いていた。




閉会式と表彰式にインタビュー、宿舎へ戻って祝勝会。父母会、学校関係者への挨拶。
阿部のメールボックスには次から次へと送られてきた親戚友人知人ライバル達の祝いの言葉で一杯だ。
それは仲間達も同様らしく、マスコミのインタビューが一段落したこともあり、皆それぞれ、祝いの言葉をくれた友人へ返信するのに忙しい。
間もなく放送される甲子園総集編を心待ちにしてテレビの前にかじりついている者もいる。

阿部は、高揚した気持ちを落ち着かせようと、宿舎の縁側に下りた。さやさやと吹く風が心地よい。
視界の端に、縁側に腰掛けぼんやりと庭を眺める百枝の背中が映った。

「―――どしたんスか。もうじき放送始まりますよ」
「あぁ、阿部君か」

百枝は、気配に気付かなかった己に苦笑しつつ、チラリと阿部に視線を送ったが、それは直ぐに庭へと戻された。
月明かりに浮かぶ草花と百枝の横顔に、阿部の心臓が高鳴る。

「いやぁ、みっともない姿を見せちゃったな………って思ってね」

歓喜に沸く阪神甲子園球場―――その中心のマウンドで、ベンチに視線を向けたままの阿部につられて皆が見たものは、自分達を見つめたまま声もなく涙を流す監督の姿だった。
阿部はその儚い姿にただただ見とれていたが、田島が真っ先に『カントク!』と叫び駆け出し、皆も先を競ってそれを追った。
『かっけーだろ!?褒めて褒めて!』
満面の笑みと共に頭を差し出す田島に彼女の手が伸ばされ、優しくしっかりと髪を掻き回す。
溢れる涙を拭おうともせず『良くやったね』と。
そんな百枝に『オレも』『ボクも』と頭を差し出し喜ぶシーンは何度もテレビで流され、この三年間で有名になっていた彼女の名を、更に全国に広めるものとなっていた。

「そういや初めてっスね、監督が泣いたのって」
「………言うんじゃないの、後悔してんだから」

わざとおどけて言った軽口に、軽く睨んで返してくる百枝の頬は、ほんのりと染まっている。
阿部は、その年相応の表情をじっと見つめた。



創部一年目は県大会決勝戦敗退。
二年目は甲子園初出場。
彼女はそのどちらでも、決して涙も弱音も見せなかった。
常に『みんなはまだまだ伸びる!一緒にがんばりましょう!』と強気に引っ張ってきた、オレ達の監督。

そして創部三年目にしての甲子園制覇―――公立の新設チーム、しかも率いるのが若い美人女性監督ともなれば、話題にならない方がどうかしている。

「もう、三年生とはお別れなのかと思ったら、ちょっと寂しくなっちゃってね」
百枝の言葉に、数々の思い出が脳裏をよぎっていた阿部は我にかえる。



―――そうしてあらためて、今まで野球に必死で考えもしなかった『彼女との別れ』がすぐそこにある事に気付き、愕然とした。



この三年間、監督と捕手として常に繋がってきた意思と視線。
キャッチャーマスクをかぶって心底大切なエースをリードする時に、稀に訪れる迷いや不安―――そんな時ベンチを見ると、必ず彼女の視線と絡み合う。
時には頷き、時にはその整った顔や豊満な胸元に彼女の指先が複雑に行き交い、阿部へ誰よりも信頼できる指示を出すのだ。

彼女と出会っていなければ、自分達はきっと今、ここにはいない。



その考えに至った瞬間、阿部の全身を震えが襲った。



「さ、そろそろ戻ろっか」
部屋の中から一際大きな声が響く。いよいよ甲子園総集編が始まるらしい。
縁側からは、皆がテレビの前に押し合いへし合いしている背中が見える。

立ち上がった百枝の洗いたての髪が目の前で揺れ―――――阿部は、それを無意識に引っ張る。
「ちょ………」
重力引力に逆らえず傾ぐ身体を受け止め、阿部は躊躇いもなく、その唇を掠めとった。

「…………オレ、わりぃけどまだまだ監督から卒業する気、ないっスから」

約五センチの至近距離から視線を外さず、真っ直ぐに彼女を射抜く。
頼りになる仲間達に三年間、『威張ってる』だの『コワい』だのと言われ続けた折り紙付きの視線で。

呆けたままの百枝の身体を引っ張り、一瞬だけ抱きしめる。
耳元で『今晩行きますから』と囁いたあと、反論を許さぬ勢いで立ち上がった。勿論、百枝の腕を掴んだまま。

室内から田島の呼ぶ声と、甲子園総集編のテーマ曲が聞こえる。

阿部は殊更明るい口調で、百枝を連れて皆の輪の中へ入って行った。




百枝は扉を閉めると、背を預けて深々と嘆息した。

まさに怒涛の一日だったといえる。
地区予選から始まった今夏大会、我らが西浦高校が全出場校の内、最も長く闘い、更に頂点に上り詰めたのだ。
至福の喜びと共に舞い込んできた取材の数々には、流石の百枝も音を上げそうになった。
しかしこの溜め息は、そのせいだけではなかった。



『…………オレ、わりぃけどまだまだ監督から卒業する気、ないっスから』



百枝が、主将花井・四番田島と共に頼りにしてきた、捕手阿部の先程の発言が原因だ。
あんな子供に動揺した自分も自分だが、冗談にしてもタチが悪い。

考えても仕方がない。
百枝は軽く首を振り、これ以上の思考を放棄することにした。
持参した寝間着に着替えようと、ボストンの中からシャツと短パンを取り出す。
ブラを外すと途端に解放感に包まれ、今度は安堵の吐息を洩らした。
今日はきっと、この上なく良い夢が見られるだろう――――愛する教え子達がマウンドで歓喜に震えた瞬間を。

百枝が就寝準備を整え目覚ましをセットした瞬間、枕元以外の電気が全て消えた。
驚き振り返ると、戸口の暗がりに人影が見えて更に心音が速くなる。
「だ…だれ?」
その声は、自分自身驚くほど震え、か細いものだった。
「―――オレ、『今晩行く』って言ってましたよね」
「え……」
嫌という程に、聞き慣れた声。
一歩一歩近づいて来る信頼する教え子の姿を、百枝はベッドの上で座り込んだまま半ば呆然と見上げる。
阿部の足は、ベッドの脇で止まった。
「鍵もかけずに、ベッドの上でその格好。誘ってるって思っていいんですよね」
意味を汲み取れず阿部の視線を追うと、それは自らの胸元へ――――百枝はソレに気付くと瞬時に胸元を隠した。
顔が紅く染まっていくのがわかる。
先程ブラを外した事を完全に失念していた。
胸を押さえる自らの手の平に伝わる感触は柔らかく、そして胸の中心はTシャツ越しに暗闇でも分かる程に主張しはじめていた。
それでも敢えて強気な口調を装い、百枝は口を開く。
「……冗談よね?だって今まで全然そんな気配―――」
そう…これっぽっちもなかったはずだ、と百枝はあらためて確信する。
彼はこの三年間、ひたすら大事なエースに尽くしてきた。
その過保護ぶりは自分が一番良く知っている。
それに比べて私は『ただの監督』。
揺るぎない信頼は得ている自信はあるが、それ以外の何の感情も無かったはずなのに。


「オレって馬鹿だったんですよね」
「………?」
「失うかもって瞬間まで、それが手に届く場所にあることが当然だって思ってましたから」
百枝にとって意味の捉えられない台詞と共に、身体が傾いだ。
阿部は軽く自分を押しただけだ。
なのに自分がいつの間にか天井を見上げている事に驚愕する。
「オレ、監督を失う気、ないんです。いつも振り向いたら監督がいて。それが当然で。―――三橋達とは卒業しても野球はできる。でも監督は、これからはオレじゃあなく、オレの替わりのヤツを見ていくんでしょ」
微かな明かりに照らされた阿部の表情が、泣き出しそうに歪んだのが百枝にもわかった。

「だから、せめてオレのモノになって下さい、監督」

口付けようとする阿部に、百枝はようやく我にかえった。

(――――駄目!絶対駄目だ!今日、夏大会終了と同時に引退したからといって、彼は一生、可愛い部員の一人なんだから――――――!!)

百枝は咄嗟に身体を反転させ、胸元を隠した。
絶対に動くもんかと身を縮める。



――――後から思い返せば、百枝は阿部の告白に動揺していたのだ。彼女の腕力や握力なら、逃げる算段などいくらでもあったはずなのに――――



ベッドに固くうつ伏せている百枝の耳に、衣擦れの音が届いた。
(ちょっと……まさか脱いでる――――!?)
確認しようと顔をあげようとした瞬間、背後から覆い被さられ、耳元に熱い吐息と『くちゅ』という湿った音が響いた。
「……ふあっ」
思わず声を洩らした百枝に、阿部は耳元から口を離さずに言葉を綴る。
「賭けをしましょう」
「はっ…あぅっ……か、賭け……?」
「ええ。今から……そうですね、五分。オレがする事に、声を上げずにいられたら。オレはこのまま帰ります」
「五分……?そんな賭けにのる理由がないわね……あっ、やぁっ、阿部君、本当にやめなさい!今なら」
「冗談で済むって?残念ながら本気なんです。どうします?賭けにのります?それとも叫んで助けを呼びますか?」
阿部は百枝が決して人を呼ばない事を知っていて、こんな提案をするのだ。
百枝はその違えようのない事実に唇を噛んだ。

百枝は暫しの躊躇いの後、『ほんの五分ならば耐えられる』と判断し、やむなく頷いた。
これでも人より堪え性はある。伊達に人生経験も積んでないのだ。
こんな子供に何をされたところで自我は保てると、百枝は過信していた。
「了解。では今から五分スね。ちなみに、オレのする事に抵抗は無しですから」
「なっ……!」
「はい、スタート」
合図と同時に、ベッドへうつ伏せた状態の百枝の耳を、再び阿部の舌が音をたてて舐め始めた。
(あっ………!)
ぴちゃぴちゃと鼓膜に直に響く音と、ざらつく生温い舌の感触。
百枝の身体が小刻みに震え、必死に自らの親指を噛んで声を堪える。
同時に背中を指先で上下になぞられ、やがてシャツが捲りあげられた。
押し潰された胸が横から見えているのだが、それを気遣う余裕は、今の百枝にはない。
ただ、息を吐く瞬間に刺激を与えられると声が洩れそうなので、必死に唇を噛み、タイミングを見計らい呼吸をするしかなかった。

(ふっ……あっ……!あ、あと、三分………!!)

教え子に与えられる目眩のするような刺激に、瞳には涙が滲み視界が揺らぐ。
なんとか顔をあげて時計に目をやった瞬間、阿部に背中を一気に舐めあげられ、思わず身体が浮いた。
同時に、うつ伏せでガードしていた胸元に手を差し込み滑らされ、吐息が熱くなる。
唇が舌が、腰からチロチロ這い上がり、首筋、耳元、そして耳を丹念に音をたてて舐め、また背中を滑り下りる。
無言でそれを繰り返されつつ、左手は百枝の左胸の先端をコリコリと刺激している。
(やっああんっ……)
次第に百枝の腰がもぞもぞと動き始めた。
その仕草に気付いた阿部は、殊更ゆっくりと内腿に手を伸ばした。

決して直には触らず、短パンの隙間へ潜り込んだ指先は、足のつけねと下着のラインを撫でた後、また太腿へと戻る。
何度か繰り返されるその度に、百枝は足をきゅっと閉じていた。
しかし次第に力が抜け、その足が少しずつ開かれてくる。
(あっ…そこ……)
だが阿部の指先は下着のラインから先には進まず、焦らす様に優しく触れて同じ所で引き返していく。
(ああ…お願い……)
再び阿部の指先が短パンの隙間へ差し入れられた時、百枝の足が無意識に開いた。
阿部はニヤリと笑って、呟く。

「あと、一分」


百枝の意識は、試合と取材の疲れと混乱と快感でぐるぐる回っていた。

(あと、五十秒、四十秒………)

最早、阿部の指先の動きに合わせて動く自らの腰にも気付いていない。
快感を得たいのか、逃れたいのか、一体どうしてほしいのか、百枝にはもうわからなかった。
だが、『声を出してはいけない』という最後の理性だけは残っていた。今はただ、それに縋った。

「十秒」

阿部の声に、百枝は完全に息を止めた。
あと十秒。息などどうとでもなる。

そんな百枝を見て、阿部は一度身を起こした。
口元には歪んだ笑み。
身体を、百枝の秘部が見える位置まで下げる。
途端目に飛び込む、しっとりと濡れて透けている白レースの下着。
阿部はそこに手を伸ばしながら、百枝の片足を折り曲げ、顔近くに寄せた。
その滑らかなふくらはぎに口付け、噛み付き痕をつける。
その唇でカウントダウンを刻みながら、一気に百枝の濡れて役に立たなくなった下着の脇から指先を差し込み、一番敏感な部分を掠める様に撫であげた。
快感に反応してビクビク震える百枝の身体。残り三秒、まだ耐えられる――――!

『終わった』と百枝が感じた、その瞬間。

阿部は、眼前にある百枝の足の指を、たっぷりと唾液を口に含んで舐めあげた。

「あ―――――!!アアあ!!!」

目を見開き、百枝が叫ぶ。
信じられないという表情で身を起こし、未だ足の指を口に含み舐める阿部に必死に手を伸ばして制止しようとする。
「やっ…!あっ!やめて汚いから……ああっいやあああっ!はぁんっ!」
全身を駆け巡るこそばゆい様な感覚に、百枝は我を忘れて足を退こうとする。
唇をようやく離した阿部が、にっこりと微笑んだ。
「監督は、これが好きなんスね――――すっげ、いい声」
百枝が咄嗟に口を押さえるが、もう遅い。
愛撫を続けていた右手指先を抜き取り、百枝と視線を絡めたまま、濡れて光っている人差し指を見せつける様にゆっくりと舐める。
「あ…………」
その喘ぐ様な声と、抵抗する気の失せた女の姿に、阿部は口角を持ち上げた。
視線を逸らさず、捲りあげられて完璧に露になっている胸と、下着越しにヒクヒクと誘っている秘部に、阿部はその指先を伸ばした――――――



――――オレ達の夏は、これから始まるんだ――――






最終更新:2008年01月06日 20:04