5-197- アベチヨ お試し用アベチヨ
練習後。誰も居なくなった部室は真っ暗で、ひっそりとひとつに寄り添った
影さえ見えない。
向かい合って立ったまま、両腕をゆるく篠岡の腰に巻きつけると阿部は
いつものように溜息をつく。
ごめんなさい、と小さい声が胸のあたりで聞こえた。
こうして抱き合うのは何度目だろう。
告白してきたのは彼女の方だった。ずっと見ていた、と言って。
今は野球のことしか考えられないと、ていうか何言ってんだ篠岡?と。
クラスの女子が聞いたら罵倒されそうな態度で即答した阿部に、
いつも明るく朗らかな彼女は見たこともない顔で微笑んだ。
ごめんなさい、と。
でもずっとずっと、阿部くんだけ見てたの。
期待してなかったって言ったら、嘘だけど。
もういい加減黙ってるの、つらくなっちゃって。
マネジ失格だね。
いつもより震えた細い声で、それでも俯かずに微笑んで見せる。
ごめんね、阿部くん。
そんな彼女を、健気だな、と他人事のように思った。
「なぁ、ここで俺がいいよとか俺も好きだとか言ったとしてもさ」
「うん?」
「休みも部活だろ。んで部活は俺三橋で手一杯だし。ンな暇ねぇじゃん」
「・・・そーだね」
言葉は辛らつだが阿倍の言いたい事を飲み込めたのだろう。
そっと指で目元の涙を拭うと「三橋君が居たから、かも」
そう言って、笑った。
「あ?」
「三橋くんが羨ましかったから、我慢できなくなっちゃった」
あれくらい、彼にとっての特別な存在になりたかった。あれほど大事にされるのは、
どんな気分だろう。
廊下やグラウンドで2人を見かけるたび。阿部の手がその肩や手に触れるのを
見るたび、あれが自分だったら、と願った。
その恩恵を一身に受けてる投手には、今いち通じていないようだけれど。
「三橋くらい、って・・・」
戸惑ったように口ごもる阿部に、ようやくいつもの声に戻った篠岡が笑った。
「わ、今のなし!」
忘れてよぉ、と胸の前で両手を振ってみせる。
その手を、衝動的に掴んだ。何度も見ていた筈なのに、その小ささに
驚いた。いつも繋ぐ部員とは全然違う。柔らかい感触。
「・・・あべ、くん?」
「あー、えっと、・・・」
引き寄せられた距離に篠岡は目を瞠る。視線を下げると、阿部に包まれた
自分の手が見えた。水仕事で荒れた指先が恥ずかしくて、頬が熱くなる。
「三橋くらいってのは、良く分かんねんだけど」
赤くなった顔で見上げると、ぶっきらぼうな口調で阿部が呟いた。
「こんなんでいーなら、いつだってしてやるよ」
これでトクベツだろ? と言う彼の酷い優しさに、一も二もなく頷いた。
彼は自分を好きでも何でもない。
それでも。
手を繋ぐ、肩に触れる。それだけで良かったはずなのに。
誰も居なくなった部室で、帰宅前ほんの少しの時間を分け合って
こっそりと手を繋ぐようになってから、いつの間にか距離が
測れなくなってきた。
部員とマネジ、傍に居るだけだった時の2人が、どのくらい離れて
いたのか分からなくなった。
そうして或る日いつものように手を繋いで、どちらからともなく
身体を寄せたのだ。
阿部の腕が篠岡の腰を抱き、篠岡の両手がおずおずと阿部の肩、
それから首へ廻される。
「・・・も、いーだろ篠岡。これ以上はアウト」
「やだ」
「お前、告って来た時のしおらしさはどこ行ったんだよっ!」
「もう少しだけ」
お願い、と。甘えた吐息が首筋にかかり、阿倍は強く目を瞑った。
「今日は終わり!・・・俺マジで今ヤバいから」
「いい、よ」
「はぁ?!」
抱き合うだけじゃ足りなくなった。彼の気持ちがここになくても。
距離が測れなくなったのなら、いっそ無くしてしまいたかった。
少なくとも千代はずっと、そう願っていた。
震える指先でブラウスのボタンを1つ、外した。
「ちょ、待てって・・・」
「阿部くんが、抱いてくれるなら」
「篠岡・・・っ!」
背伸びをして、彼の言葉と躊躇いを。
抱き合うようになってからも交わしたことのない、初めてのキスで、塞いだ。
どうしたらいいのかなんて知らない。ただ唇を重ねて、目の前に居る阿倍に
身体を押しつけた。息継ぎの仕方も分からなくて、はぁ、と零れた声の
いやらしさに驚く。背伸びした踵はそろそろ限界。
目を開けて阿部の顔を見るのが怖い。好きだなんて言葉も、もう要らない。
何も望まないから。お願いだから、拒まないで。
「ふ、・・・っ」
初めて阿部と交わした口づけ。最初で最後かな、と思った瞬間、涙が溢れた。
と、それまで動かずに黙って好きにさせて居た阿部が、動いた。
「あーもう、泣くなって。・・・お前さぁ、マジで俺でいいわけ?」
初めてなんだろ、と。冷たい口調と裏腹に、涙を掬う指先は優しい。
あぁ、自分は彼のこういう処が好きになったんだ、と今更ながら確認する。
「はじめてだから、阿部くんがいいんだよ」
部室の埃っぽい畳に、そっと横たえられながら、涙の残る瞳で千代は
阿倍をまっすぐ見返した。
背中でプチン、とホックの外れる音。ささやかな胸は阿倍の両手ですっぽりと
隠されてしまう。
「ぁ、や、それダメ・・・っ」
紅く色づいた胸の尖りに唇を寄せ、舌でその形をなぞる。かるく歯を立てると、
高い声があがった。
「ダメ?すっげぇ良さそうだけど」
こんなんなってるし、とスカートの下に手を入れられて息が止まる。
下着の上から割れ目に沿ってゆっくり辿られるだけで、奥から更に
あふれてきたのが分かった。
焦らすように何度も往復される。堪らなくなって思わず揺れた腰に、
阿部は笑ったようだった。濡れた布地をこじ開けるようにして
阿部の指が直接、ぬかるんだ肉壁に、触れる。
「ん・・・っ」
「熱いな・・・ぐちゃぐちゃじゃん、お前」
確かめるように入り口を2本の指で掻き回したあと、すこし上の突起を
探った。
「あ、あっ」
とたんに千代の身体が跳ねるのを体重をかけて押さえつけ、思うさま弄る。
「ゃ、ぁ、ああああっ!」
「へぇ。篠岡、ココが良いんだ」
くちゅくちゅ、と卑猥な音を立てて、溢れ出した蜜を塗りつけるように動かすと
白い太腿が痙攣し始めた。(初めてでも、イけっかな。さすがに無理か)
弱いと知った胸の先を舌で転がしながら、指先の動きを少しずつ速めてやると、
熱にうかされた声が呼ぶ。
「あ、べくん。阿部くん・・・っ」
「何」
「じ、焦らさないで・・・はやく、して・・・」
汗ばんだ白い肌を晒して、はぁ、と甘く息を荒げて両腕を伸ばし自分に
すがってくる姿を見て可愛い、と思った。好きだとかいう気持ちとは
別だろうけど。
「痛いって泣くなよ。・・・優しく、なんて余裕ねーからな」
千代はこくりと頷くとスカートを履いたままの腰を上げて、彼の手が下着を
脱がすのを手伝う。糸を引くほど濡れていたのが恥ずかしくて目を逸らす。
身体の奥から疼く熱を、早く彼で埋めて欲しい。
最初で、最後だから。これで終わりで、いいから。
(阿部くん、だいすきだよ・・・)
この感情に、名前を。
初めて部室で身体を繋げた日。熱い痛みと、それ以上の感覚にただ涙を流して
翻弄されるだけの千代を阿部は「余裕がない」と吐き捨てたのが嘘のように
丁寧に扱った。
(ぃ、痛いよぉ・・・)
(ワリ、もう少しだけ入る、・・・)
華奢な千代に負担をかけ過ぎないよう、上半身を僅かにずらして重ねた胸。
大きな手のひらで髪を撫で、額にキスまでしてくれた。1つになった箇所が、熱さと痛みで脈打っている。
痛みを堪える自分より、思うように動けない阿部の方がツラそうで。
(優しすぎるよ、阿部くん)
もっと乱暴に扱われると思っていたのに。それでこの気持ちも消えて無くなるのだと思っていたのに。
こんな風に優しくされたら、嫌いになんか、なれない。
結局最後まで阿部は無理に動こうとせず、穏やかに切り替えた愛撫に千代がくったりしはじめた処で
そっと身体を離した。背を向けてベルトと乱れたシャツを整える姿に、慌てて千代も起き上がった。
「あ、あの、あの・・・」
「いきなり最後までヤレる訳ねぇだろ」
ゴムもねぇし。あー、入れちまったから一緒だけどさ。一応体調、気をつけとけよ。送ってやるから服着ちゃいな。
背中を向けられたまま冷静にかけられる言葉に、ズキリ、と。傷ついた下肢より胸が痛んだ。
すっかり遅くなった帰り道、並んで歩きながら会話はなかった。これで気が済んだだろう、と言われるのが怖くて。
一度きりだとしても自分は彼のものになれたのだろうか? これが本当に望んでいたこと?
ぐるぐる悩む千代を横目で見やると、ずっと黙っていた阿部が口を開いた。
「合宿」
「え?」
「来週末からの合宿で」
「・・・うん」
「続き、するか?」
どうしてこのひとは自分の考えが読めるのだろう。うん、と俯いたまま頷く千代に、そっか。とだけ返すと、阿部は
千代の手を握った。手を繋いだまま外を歩くなんて初めてだ。まるで恋人同士みたい、と思ってから
順番がはちゃめちゃな自分達が可笑しすぎて、笑った。
合宿といっても普段の部活と変わらない。
マネジの仕事が増える分、彼らとはいつも以上に距離があるような気がする。
練習中、指を伸ばせば届く距離、肩が触れる位置にすれ違っても、そこには見えない壁があって。
部員同士手のひらで温度を測りあう阿部から、そっと視線を外した。
『夜、メールすっから』『抜け出すとき見つかったらワンコールで切ること』『このメール読んだら消すこと』
ここに来る途中のバスできたメールには、彼らしいそっけない文面。ずるい言葉。でも、大好きなひとのメール。
消すのを惜しんで何度も読み返した。受信に彼の名前が表示されるのが嬉しい。でも見つかれば彼が困るから。
『はい』返事は、たった2文字だけ。送信すると、千代はぎゅっと携帯を握りしめた。
バスの中では田島が何か騒いでいる。忘れ物?とマネジらしく声をかけるが、阿部の席を振り返ることは出来なかった。
夜が、くる。
「おー、ホントに来たな」
「・・・み、皆な は・・・」
「いや枕投げて騒いでる。俺はこいつの手入れもあるし」
ポン、とミットを大事そうに叩いて阿部がバッグを肩にかけた。探るような視線に晒されて、足が竦む。
「とりあえず、行こうぜ」
繋いだ手は温かかった。
練習中に見つけたというそこは合宿所すぐ隣りの山小屋だった。割合片付いている。
寒くないか、と聞く彼に首を振ると、じゃあ毛布代わりに、と抱き寄せられる。そのまま、壁際に2人で座り込んだ。
湯上りの、まだ温かい身体を背中から抱きすくめる。冷えないように、と心の中で言い訳をして。
自分とは違う、薄い背中。ちっとも灼けない白い首筋に顔を埋めると、ひくりと細い肩が震えた。喉の奥で笑う。
「・・・別に、無理になんて言わねーよ」
嫌なら、しない。時間もねえしな、と囁きで続けると、こちらを見上げる瞳とまっすぐぶつかった。
「して。・・・こないだみたい、じゃなくて」
ちゃんと、阿部くんも、・・・気持ちよく、なって。吐息のような囁きの最後は、唇に感じた。
投げ出した脚の間に座り、背中を阿倍の胸に預ける姿勢を取らされた。
目線を下げるだけで、自分の胸が揉みしだかれているのが見えてしまう。思わず顔をそむけると、叱るように耳朶へ
甘く歯を立てられた。
「ぁ、んっ!」「こないだ思ったんだけどさ」
もしかして篠岡って噛まれんの弱い?と続ける阿部はなんだか楽しそうだ。
「ゃ、いや、ダメ・・・っ」「ダメじゃないだろ。ココとか」
噛む代わりに親指と人差し指で乳首をきつく摘むと、ピン、と弾く。じんとした痺れが背筋を伝って、千代は無意識に
膝をすり合わせた。気づいた阿部がスカートの中に右手を入れる。柔らかく張りつめた太腿を撫で、そっと下着に指を伸ばした。
「目、閉じるなよ」
え、と思った瞬間、臍まで捲りあげられる。阿倍の指先が濡れた下着をなぞり、布地の上から肉芽をくりくりと擦るのが
視界いっぱいに映った。
「ぃゃ・・・こんなっ、恥ずかし・・・!」
「いいから」
くち、くちゅ。粘る水音が耳につく。脚を広げて下着が脱がされたのも、もう分からなかった。
耳元で聞こえる阿倍の呼吸が荒いのに、少しだけ安堵する。熱く熔けた内部を、確かめるように指が埋められる。
足りなくて、もっと奥まで欲しくて、きゅぅ、と無意識に締め付けると阿部が低く呻いた。揃えた指が引き抜かれる。
「腰、上げて」
「ぁ、ぁ、あ・・・っ」
支えられながら、ゆっくりと呑み込まされる熱い切っ先。痛みはあるけれど、前回ほどじゃない。
「やぁ・・・っ!ま、まって・・・」
「ちゃんとシテ、っつったのは、・・・お前だろ・・・っ」
言うなり、下から強く突き上げて揺さぶられる。ぐちゃ、と出し入れのたびに濡れた音が響く。
がくがくと突かれ跳ねる身体。熱い肉壁いっぱいに咥え、締めつけられ、繋がった部分はぐずぐずと熔けてしまいそうだ。
「あ、あ、あああああっ!!」
「く、・・・っ」
何度目かの強い挿入の後で2人同時に身体を震わせると、荒い呼吸で唇を寄せ合った。これで2回目のキス。
「好き、だよ」
「・・・・・・」
「誰にも言わないから」
だから、もう少しだけ、好きで居させて。
答えを聞かずに目を閉じる千代を、阿部は両腕で強く抱きしめるしか出来なかった。
了
最終更新:2008年01月06日 20:17