5-237-240 アベモモ アベの独り言 ◆VYxLrFLZyg



神とか運命とか運とか存在するだろうか。

中一の時、一度信じたことがあるが、見事に勘違いだった。
榛名と出会って、バッテリーを組めた事。
ラッキーだと思いたかった。

ケイタイ画面に、ここ3年間一度も押したことのない番号を映し出す。
この人との出会いは、運命だった。
今ははっきり、そう思う。

高校受験の時、バカみたいに高校を調べ倒した。
野球部の有無。規模。設備。
突出した甲子園常連高は県下に存在しない。
スター選手と呼ばれるほどの逸材はヨソの県のように
特定の高校に集まらず、分散される。
慎重に高校を選ばなければ、オレの野球ができずに卒業なんて羽目になる。

いくつかの高校を見学した後、
つい榛名のいる高校を見学に行ってしまって、
心底自分にハラがたった。
今更、何を榛名に期待するっていうんだ。

野球部のない西浦高校を見学に行ったのは
いっそ、野球をやめてしまおうかと思った時だった。

草ぼうぼうのグラウンドを見た時、ため息しか出なかった。
そのままなんとなしにグランドを見ていたら。

「ここに、野球部が出来るよ。」

突然、そう話し掛けられた。




その人と話すのは、本当に楽しかった。
野球の知識、作戦、そして甲子園の夢。
自分以上の野球理論を持っていると認めたのは初めてで。
知識の幅の広さ、人をひきつける何か。確かな指導力。
この人にならついていける。

「ここなら、1年からずっと試合に出れるよ。
そうやって経験つめば、3年で甲子園十分狙えるよ?」

新設部にどんな人材が来るか予想も出来ない。
未知数の可能性を手探りに突き進む。
一人ではそんなギャンブルできないが、この人となら。

その人に強く惹かれるその感情をなんと呼べばよかったのか。
自分の感情をその人にぶつけ、欲望を口から出してしまった時の
困ったようにはにかんだ表情は忘れられない。

「一度だけ。それですべてを忘れて、3年間を私に、
私の夢にあなたをくれるなら、それを約束できるなら
          • いいよ?」



成熟した大人の身体はガキだったオレをすべて飲み込むように
包んでくれた。
唇はどこまでも柔らかく、舌の動きはとても淫らで。
豊満な胸に顔を埋めると、興奮と共に妙な安心感を覚えた。
鍛えているからか、筋肉はしっかりついているのに、
不思議と肌は柔らかく、どこに触れてもオレの手に吸い付いて。
あの人の手がオレのモノに触れた時の強い刺激。
口に含まれた時の恍惚感。
そのままオレを見上げた扇情的な瞳。
とめどめなく溢れる愛しい甘い蜜。
あの人の身体に埋めた時の充実感。

たった一度の出来事。

オレの野球の夢はあの人の夢にぴたりと重なって。
オレの野球はあの人そのものになった。

ただ、野球にがむしゃらに打ち込んで日々を過ごして。
おれ達の夢を成就することも出来た。
なにも、悔いはない。

いや、一つだけある。



ケータイの通話ボタンを押した。
3年ぶり、それ以上になるか。
電子音が続いた後、呼び出し音に変わる。
数コールであの人が出た。

「はい。」
「オレです。カントク。」
「阿部くん・・・この番号まだ持ってたの?」
「もちろんですよ。カントクこそまだ持ってたんですね。この番号。」
「それは・・・。」
「会ってくれませんか?もう・・・いいでしょ?」

長い沈黙の後、カントクは短い了承の返事をして、通話は切れた。

卒業してやっと、カントクと野球を切り離せる。
いや、あの頃のように百枝さんというべきか。

百枝さんの、ガキだったオレの印象を
塗り替えてもらわなければいけない。
包み込まれただけで終わったあの情事を、
今度はオレが包み込んでやる。


終わり





最終更新:2008年01月06日 20:18