5-351-357 イズチヨ1 蒼いはる 前振り ◆VYxLrFLZyg
篠岡が誰かを見て、誰が好きだろうが、誰とつきあおうが、
オレにはカンケーねえ。
ただ、誰かと付き合って、それが部内の奴で、
万が一、別れて泥沼状態になったら。
篠岡は部を辞めなきゃいけないだろう。
当然だ。部内の和を乱すマネジなんて、いらねえ。
篠岡を、誰かが好きになんて、ならねえほうがいいんだ。
篠岡は、誰かを好きになんて、ならねえほうがいいんだ。
それだけは、確かなんだ。
「おつかれさまでーす!」
篠岡はかけ声とともに、ほかほかのおにぎりが乗ったお盆を
みんなの前に差し出した。
「おおおおお!!」
「いっただっきまーす!」
そんな声と共に、手が次々と伸び、瞬く間に空になっていく。
最後に残ったおにぎりをみて、篠岡はドリンクを飲んでいた泉に近寄った。
「はい、これは泉くん。いくらだよ。最近ずっとトップだね!すごいね!」
篠岡が笑顔で差し出したおにぎりを、泉は無表情で受け取る。
「サンキュ。」
一言だけ返し、そのままおにぎりを口に含み、篠岡からすっと離れた。
そのそっけなさに、篠岡は一瞬表情を曇らせたが、すぐ笑顔に戻り、
みなに牛乳を配るために、ベンチにかけ戻った。
そんな二人のやり取りを偶然見てしまった水谷と巣山は、
そっとお互いの目を交わしていた。
その日の部活が終了後、部室には篠岡と泉の二人が残っていて。
「泉くんの態度、わからないよ。私、何かしたかな?」
篠岡とは決して目を合わせず、あらぬ方向を見つめながら泉は硬い声音で返答する。
「別に?」
突き放した泉の言葉は、篠岡の心を冷たくさせる。
時期はいつからか覚えていないが、夏大後にはもう、
泉の態度はおかしかった気が、篠岡はしていた。
篠岡の目を、全く見ないのだ。ずっと気のせいだと思ってきたが、間違いない。
もうそろそろ我慢も限界になり、直接泉を問いただそうと、
思い切って呼び出したのだった。
「私、何か悪いこと・・・した?」
自分が気づかない間に、泉を不快にさせることを何かしでかしたのだろうか。
もしそうならば、謝るべきだろう。
しかし、思い返しても、篠岡には思い当たる節はなにもない。
しばらくの沈黙の後、突然泉は顔をゆがめ、搾り出すように、声を出した。
「・・・色恋沙汰なら、ヨソでやれ・・・。」
唐突な内容に、篠岡は虚をつかれた。
「え?なに?それ?」
「・・・三橋を好きになんなよ。」
「え?三橋くん?」
思いも拠らない名前が出て、篠岡はドキっとした。
篠岡にとって、三橋の名前は妙に特別に聞こえる。
「誰のことも好きになんな。」
そうつぶやいた後、突然泉は篠岡の手を掴み引き寄せ、声を荒げた。
「わかってんのか?部を辞めなきゃいけないの、お前だぞ?」
「え!?」
泉はそのまま、強引に篠岡を抱きしめ、荒々しく自分の唇で篠岡の唇を塞いだ。
「・・・え!?・・・あ!?」
その行動にびっくりして、抵抗するのも忘れて思わず声を出すと、
その隙をついて泉の舌が篠岡の口内に侵入する。
篠岡は舌をからめ取られながら、なんとか泉から離れようと身をよじって抵抗したが
逃げる篠岡を追うように泉は歩を進め、ロッカーに押し付ける。
がたんと大きな音がして、篠岡は背中に痛みを覚えたが、泉の行動は止まらない。
脚で篠岡の脚を割り開き、ぐっと抑えて動きを封じる。
唇をなおも貪りながら、手は荒々しく篠岡の胸をつかみ、きつく揉む。
「んん!!・・・っ!!」
容赦なく口内に侵入した泉の舌は篠岡の舌を強く吸い上げ、声まで掬い取る。
泉の指先は下着越しに篠岡の突起を強く揉みあげ、痛みとも取れる刺激を与え。
脚の間に差し入れられた脚は篠岡の足の付け根を強く擦り上げ、
幾重にも重なった布地越しなのに、強い快感を篠岡に意識させ。
泉の行動に混乱しながらも、なんとか泉を引き剥がそうとするが、
利き手は掴まれたままぎりぎりと痛み、左手でなんとか押しやろうとしても、
泉の身体はビクともしない。
一見女性とも見まちがえる泉の中性的な顔立ちや、
細身の身体からは考えられないその強さに、強く男であることを思い知らされる。
とどまることを知らないかのような泉の動きはさらにエスカレートし、
スカートを捲り上げられ、太ももに泉の手が直に触れた。
そのままの勢いで、下着の隙間に泉の指が侵入してくる感覚が篠岡に恐怖を与え。
篠岡は、無意識に歯を食いしばった。
途端、弾けたように泉が離れて。
口を押さえた泉の指の間から、血がつたう。
篠岡はいつの間にか溢れていた涙をぬぐいもせず、
荒い息をつきながらただ泉を見つめ。
泉は一言も発せず、篠岡を見ることもせず、部室から飛び出していった。
大きく開け放たれたままの扉を、呆然と篠岡は見つめて、
やがて力が抜けたかのように座り込んだ。
飛び出した泉は後ろを振り返ることなく駆け出し、
そのままチャリに飛び乗り全速力で漕ぎ出した。
わき目も振らずペダルを漕いでいたが、ふとコンビニの明かりが目に留まり、
店の前においてある自販機で一本ドリンクを買う。
ボトルに口をつけたときに、唇の痛みに一瞬躊躇したが
かまわずそのまま飲み干し、ほっと一息をついた。
途端、空になったペットボトルを握り潰し、荒々しくゴミ箱に放り込む。
「くそ!!」
両手で頭を突っ込んでかきむしった後、そのまま力なく自販機にもたれる。
自分の勘のよさと観察力が嫌になる。
試合の時、三橋の従姉妹をやたら見ていた篠岡。
三橋と一緒に乗り込んで帰っていた車を、妙に見ていた。
その後、増やされた三橋のおにぎり。
阿部の指示だというが、それにしては具が妙に豪華ではなかったか。
篠岡は三橋に惹かれているのかもしれない。
その考えが浮かんだ時、自分の中に説明のつかない感情が沸き起こってしまい
それ以来、必死にそれを自覚しないようにしてきた。
その反動で篠岡の顔を見なくなって。
まさか、あんな行動をしてしまうなど。
唇に噛みつかれなかったら、自分はどこまでする気だったのだろうか。
情けなさ過ぎて、自分自身に怒りが溢れる。
それでも、その感情に、名前をつけることはできない。
それだけは出来なかった。
認めるわけにはいかないのだから。
やがて、のろのろと身を起こし、再び自転車に乗ってゆっくりと漕ぎ出した。
その後まもなく、携帯の着信メロディ響き渡り、ディスプレイには篠岡の名前。
泉は一瞬ためらいを見せた後、通話ボタンを押した。
誰もいない部室で、篠岡はどれくらい呆けていただろうか。
篠岡は震える手でなんとか携帯を取り出し、泉にコールする。
何を聞きたいのか、自分でもわからないまま。
呼び出し音が数コールなった後、泉が出た。
『・・・何?』
そっけない返答に、篠岡は力なく笑う。
「何って・・・それは私が言いたいよ・・・。」
電話の向こうでは泉の沈黙が続く。
「泉くんが、何を考えているのか、わからないよ。」
『わかる必要なんてねえぜ。ほっといてくれ。』
プチっと通話を切れ、篠岡は途方にくれて携帯を見つめる。
急に始まった泉の態度の冷たさ。
たった今ここで起こった出来事。
投げつけられた言葉。
今の電話での泉の拒絶。
どうすればいいのか、どう考えればいいのか思考は混乱し、ループする。
自分が悪いのか、泉が悪いのか、
自分が嫌われているのか、泉の行動の不可解さ。
なぜ、泉はあんなことをしたのだろう。
手首に残る鈍い痛みにそっと指をなぞらせる。
うっすらと赤くなっていて。
激しくもまれた胸はまだ熱を持っているようで。
脚の付け根のじんわりした感覚はまだ生々しく。
はしたなく、下着を汚しているのを自覚する。
唇には泉の唇の感触がはっきりと残っていて。
噛み付いた、血の味を思い出す。
唇を傷つけてしまって、申し訳なかった。
そんな思考に至り、はっとする。
泉の乱暴な行為に対して、怒りを覚えていないことに。
体ははっきりと反応してしまい、
感情ではもしかして流されたかったかもしれない。
泉の男の部分を、強く見せ付けられて、
それに強く反応した自分の女としての身体。
泉を好きだと思ったことはないはずなのに、しかし今も尚、
脚の間からあふれ出る自分の淫乱な身体を強く意識して。
部活中は無意識に三橋を目で追う自分を、心のどこかで自覚していた。
なのに、今、泉がここに戻ってきて、
続きをされても自分は抵抗しないかもしれない。
ただ、泉に嫌われていることが、悲しくて。
篠岡は自分の何を信じればいいのかわからなくなり。
自分を見失った。
続く
最終更新:2008年01月06日 20:19