5-422-427 イズチヨ3 蒼いはる 転 ◆VYxLrFLZyg
巣山は見るからに暗い様子の水谷を目にして、
もっと強く水谷を止めなかったことを悔やんだ。
「お前・・・首突っ込んだんだろ?」
げんなりして水谷を問いただすと、
今にも泣きそうな勢いで水谷が頷く。
「うん。どうしよう。巣山。オレ・・・。」
「ああ~。オレ、聞きたくないから辞めてくれ。」
話し始めた水谷を手を振り上げさえぎって、黙らせる。
「ううう・・・。」
巣山の拒絶に水谷はがっくりと首を垂れた。
部活中はなんとか普通どおりだったが、
それ以外での水谷の落ち込み方はひどいらしく。
巣山が午後の部活に顔を出すと、花井が近寄ってきた。
「なあ、巣山。水谷なんかあったのか?」
巣山は心の中で水谷を酷くののりしながら、さてどこまで話そうかと悩んだ。
問題を大きくしたくはないが、そもそも、何が問題なのか誰にもわからない。
巣山が家に帰ってさて寝るかと思った頃、
不意に、ケータイがメールの着信を知らせる。
『少し、相談したいことがあるんだけど。いいかな?』
その篠岡からのメールに、巣山は頭を抱え込んだ。
明らかに昨日水谷とナニカあったことを、巣山に話したいのだろう。
このタイミングで篠岡がメールしてきたということは、
水谷は巣山も泉との確執らしきものに、
気づいている・・・とでも言ったのだろうか。
いっそ見なかったことにして、シカトしてしまいたい。
泉とナニカあって、水谷ともナニカあって、それに自分も巻き込まれる。
正直、そんな火種には近寄りたくないが、
メールを見てしまった以上、無視もできない。
篠岡の力になりたくないわけではないが、嫌な予感が巣山の心を占める。
長い間逡巡した後、一つ大きな息を吐き、了解の返信をした。
巣山からの返信に、篠岡はほっとベッドの上で一息ついた。
立て続けに起きたことを、一人では整理しきれず、途方にくれていた。
巣山を選んだのは、ただ単に水谷と仲がいいのと、
水谷が篠岡と泉との確執に巣山も気づいてるといったからだ。
恐らく自分は、最低のことをしようとしているのかも知れない。
しかし、どれだけ考えても、自分を納得させる答えは出てこない。
自分を嫌っている泉の唇。
自分を好いている水谷の唇。
どちらも篠岡に強い熱を与えた。
どちらの手も篠岡に甘い痺れを覚えさせ、今思い出しても下腹部に熱が起こる。
自分の気持ちは三橋に向いていると思っていたはずなのに、
なのに、今脳裏に浮かぶのはどちらかの手だけ。
そっと、自分の手で軽く乳房に触れる。
布越しに触れた泉の手は篠岡に痛みと取れる刺激を与え、
水谷の直に触れた手は突起に鋭い快感を覚えた。
それを思い出すだけで、さらに下着が染みていくのがわかる。
そっと手を伸ばし、下着越しに自分の秘所を撫でてみる。
それだけで奥から深い快感が沸き起こり、手にさらに力を込めた。
泉と水谷の手を交互に思い出し、小さな粒を自らの指で刺激する。
「っん・・・っ・・。」
もれそうになる声を必死に噛み殺し、
より、高みを目指して快感を与え続ける。
「・・・・っっはっっ・・!」
高みに向かうにしたがって、心を占めるのはたった一人になり。
静かに身を震わせ達した。
しばらくそのままじっとした後、激しい自己嫌悪に襲われる。
自分のことなのに、自分の気持ちがわからない。
泉に襲われかけた時以来、毎日はしたない行為をしている。
その時は、三橋のことはチラリとも思い浮かばず。
クラスの女子や他クラスの女子や、さらには上級生の女子まで、
篠岡を見かけるとみな三橋のことを聞いてくる。
その度に胸に湧く、嫉妬じみた優越感。
三橋の投げる姿だけを見て、きゃあきゃあ騒ぐ人たちに、
軽々しく彼女の有無など聞かれたくなかった。
汚い自分に心底嫌になる。
巣山に頼もうとしてることを思うと、羞恥心しか湧いてこないが
それでも、確かめたかった。
自分を好きでもなく嫌いでもない巣山の唇に触れてみたら、
自分はどう感じるのかを。
「相談って何?」
部活後、部室に巣山は残って篠岡と対峙した。
「その・・・・。」
言いよどむ篠岡はなぜか顔が赤く、巣山に少々の不信感を与える。
何も話さないまま、篠岡はゆっくりと巣山に近づいて、
ほんの一歩の距離でとまる。
顔を上げて巣山をじっと見つめると、おもむろに口を開いた。
「あの、申し訳ないんだけど、キス・・・してくれないかな?」
「はぁっ!?」
巣山はあんぐりと口をあけて絶句した。
篠岡は巣山の様子にかまわずさらに歩を進め、ゆっくりと巣山の肩に手を置いた。
肩を引き寄せると同時に踵を上げて、巣山に顔を近づける。
鼻と鼻があと少しで当たるという距離で、
急に巣山の手のひらが割り込み、篠岡の唇を抑えた。
「いや、まてまて篠岡。どうした?」
そのまま巣山は自分から離れ、篠岡と距離をとる。
「えと、篠岡がそんな行動を取る理由がさっぱりわからないんだが。」
巣山は真面目な表情で篠岡を問いただす。
「何も、聞かないでしてくれたら嬉しいんだけど。」
「いや、でも理由を聞いても、オレできないし。」
巣山の言葉に篠岡は途端に正気に戻ったのか、顔が羞恥に真っ赤になった。
「そ、そう。」
「水谷か、泉になんかされたのか?それでどっかヤケにでもなったのか?」
その言葉に篠岡ははっと巣山を見上げる。その目は恐怖に見開かれていて。
巣山をたじろがせた。
見る見るうちにしゅんとなった篠岡に、巣山は焦る。
「いや、どっちが悪いとか知らないけど、なんでそれがオレとキスする話になるんだ?」
「私、自分のことだけで手一杯で。巣山くんのこと何も考えてなかった。
困るよね。当たり前だよね。そんな・・・こんなこと。」
巣山は篠岡とどこか話が噛み合ってない事に気づいたが、
どう聞けばいいかもわからず、黙り込んでしまった。
その沈黙が篠岡には批判のように取れて、涙を浮かべる。
やがて巣山が重い口を開き、
「ケンカなら、本人としろ?こんな所でオレに話したって、何も解決しないぞ?」
それは篠岡にとっては一番難しいことだったが、篠岡は巣山の言葉に頷いた。
篠岡を相変わらず無視し続け、話してくれない泉に、
どこに解決策があるのだろう。
途方に暮れるしかなかった。
翌日からも水谷は落ち込んだままで。それに接する篠岡もぎこちなく。
それはさらに泉の態度を硬化させ、
事情を知らない他の部員にもその違和感は伝わって。
ぎすぎすした重い空気が野球部を支配する。
巣山は大きくため息をつき、水谷をとっ捕まえて、
洗いざらい吐かせる決心をした。
首を突っ込みたくなかったが、ココまで部に影響が出てしまったら仕方がない。
いずれ、監督にもしれることになるだろう。
その前に、鎮火してしまいたかった。
篠岡が巣山に頼んできたことを考えれば、おのずと答えは導き出される。
水谷か泉かどちらか、もしくはどちらともか。
篠岡に手を出したのだろう。
暗黙のルールを破って。
そのまま、事態は悪化の一途を辿って数日。
昼休みに、花井と阿部に篠岡は呼び出された。
「ちょっと、いいか?篠岡。」
二人の様子に怪訝なものを感じながらも、
屋上に向かう階段の踊り場で、二人と向き合う。
言いよどみ、言葉を発しない花井を、阿部が肘でつつく。
「何?何か・・・話?」
篠岡がそう問いかけても、花井はまだ口を開いては閉じ。
よっぽど言い辛い事なのだろうか。
篠岡が痺れを切らしそうな阿部に視線を向けると、
不機嫌な様子の阿部が一歩踏み出して。
「篠岡。マネジ、辞めてくれないか?」
冷たい声音ではっきりと断言した阿部のその発言に。
篠岡の目の前は真っ暗になった。
続く
最終更新:2008年01月06日 20:23