5-511-512 ジュンチヨ
和さんが部から居なくなる日、
つまり、試合で負けた日。相手高のことが悔しくて悔しくて忘れれなかった。
足が震えて手が震えて、何もかも真っ白になって。
頭の中で、今まで何してたんだろうとか、今までどうやって投げてたんだろうとか。
すべて忘れたような気がした。
「じゅっ、準さん。…キャッチボールしません?」
「ごめん、そういう気分じゃないから。」
苦笑いをして、俺は逃げた。
利央が話しかけてくれるのに、投げるということが嫌になって、
今はキャッチボールも何もしたくない気分だ。
外をぶらぶらと歩いてると、カキーンと野球ボールを打つ音が聞こえる。
無意識に足がそっちに向いていて、グラウンドのネットに張り付いて練習を見る。
狙って来たわけじゃない・・と思う。
俺は、試合のとき相手のベンチをチラリと覗くと、小さい小さい女の子がちょこんと立っていた。
すぐ抱えられそうな、小さい体でマネージャーをしているのか。
その子の顔が忘れられなくて、忘れられなくて。
前からずっと忘れることができなくて。頭から離そうとしても無理だった。
「あ・・あれ?あの人ってさ」
「なあ!俺も思った。えーっと、桐青のピッチャー・・」
部員の声が聞こえる。
やっぱり一年だ、礼儀がなっていない。ネットから手を離すと、グラウンドを俺は後にしようとした。
「あっ、あの!待ってください。」
小さな、小さな声が聞こえる。
後ろから足音が聞こえて、だんだん近くなってくる。桃のような甘いにおいがする。
「試合、お疲れ様でした。ピッチャーの高瀬さんですよね。」
「・・はあ・・」
やっぱり、あの子だ。
名前も知らない。顔もあやふやだった。だけど、今俺の目の前に居る。
すぐに、抱えたい。なぜ、あまり会ったことない人に恋心を抱くのだろうか。
自分でもわからない。
それでも・・腕を伸ばそうとするが、その手を静かに自分のズボン下へと下げる。
「決め球、シンカー凄かったです。田島君でも3振ばっかだったし。」
笑顔を向けないで。
そんなの言うのは自分でもずるいとは思うけれど。
自分にこんな感情が芽生えるなんて、考えもしなかった。
ずっとずっと、部活に打ち込んでたんだ。
だって今でも部活の格好をしてるんだ。早く、桐青に帰らなきゃ。
「すみません、俺帰ります。」
「え?あ・・はい。」
「また、いつか。」
「・・はい!」
彼女は確かに笑顔で俺の事を見た。
その笑顔、いつまでも忘れることはない。
怖くても怖くても、前を見つめて。また君に会いに行くよ。
夏にまた───…
最終更新:2008年01月06日 20:34