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「奇皇后」高麗貢女→正皇后~ 彼女の波瀾万丈の生涯

『奇皇后』は中国・元朝最後の皇帝の后で高麗出身の女性、キ・スンニャンが送った波乱の人生を描いた歴史大作。製作段階では「史実と違う」として議論が巻き起こったものの、放送がスタートするとキャストの熱演やスピーディーな展開で視聴率が右肩上がりとなった話題作です。日本では衛星放送(CS放送)を経て、2014年8月3日よりNHK BSプレミアムでも『奇皇后~ふたつの愛 涙の誓い~』として放送。主演は『チェオクの剣』では勇敢な茶母(タモ)、『ファン・ジニ』での優雅な妓生など、多彩な姿をみせてきたハ・ジウォン。 奇皇后 DVD
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本作で『ファン・ジニ』以来7年ぶりの歴史ドラマ主演として放送前から話題となりました。共演は映画『霜花店(サンファジョム)運命、その愛』などのチュ・ジンモ。『蒼のピアニスト』などで日本でも人気上昇中の若手俳優チ・チャンウク。


奇皇后の生涯

高麗貢女

もともと高麗人・奇子敖の娘で、高麗貢女として元廷に献上された女性である。宮女として順帝トゴン・テムル(在位1333年~1368年)の食膳の給仕などをしていたが、次第に順帝の寵愛を得たものである。順帝には最初キプチャク族出身のタナシリ皇后がいて、奇氏は嫉妬にかられたタナシリからたびたび嫌がらせを受けたが、うまい具合に1335年タナシリの兄が謀反罪で捕らえられ、タナシリも謀反に加担したとして殺された。その後1337年順帝にはモンゴルホンギラート部出身のバヤンフト皇后が冊立され、奇氏は次皇后となった。

高麗の動き

一方、高麗では奇氏はもともと貧寒の家柄であったが、その娘が高麗王よりも高位の元朝皇帝の次皇后、皇太子生母になったと大騒ぎになり、奇氏一門が権勢を振るうようになった。1351年反元の志を抱いて高麗王に即位した恭愍王はこれを快く思わず、1356年に奇氏一門を誅殺した。これを恨んだ奇后は恭愍王の廃位を順帝に働きかけ、皇太子にも「祖父の仇を取れ」と吹き込んでいた。1363年、順帝はついに恭愍王を廃位し、当時元の都、大都に滞在していた高麗王族を高麗王とする勅書を発し、兵1万を付けて高麗に向かわせた。「元史」によるとこの時、倭人(日本人)も招かれて軍に参加したという。当時中国沿岸をうろついていた倭寇が元の傭兵となったものだろう。しかし、鴨緑江を超えた元軍は高麗の伏兵にさんざんに打ち破られて逃げ帰り、奇后の面目は丸潰れとなった。韓国ドラマ 奇皇后 DVD


正皇后

奇后は以前から、政治に身を入れず酒色に耽る順帝に愛想を尽かし、皇位を息子の皇太子アユルシリダラに譲位させたがっていた。1365年には偽勅を発してグルカ・テムルの軍を動員し、順帝に迫ろうとしたが、グルカ・テムルに気付かれてうまく行かなかった。それでも廃位されなかったのだから、皇太子生母の立場は強いものであった。

まもなく正皇后バヤンフトが死去したことにより、次皇后の地位にあった奇氏は正皇后に昇格した。奇氏がバヤンフト皇后の死後、その宮室に行ってみると、慎ましく暮らしていた前皇后の衣服は破れを繕ったようなものばかりで、奇氏は「正皇后がこんな服ばかり着ていたのか」と大笑いしたという。次皇后とはいえ、皇太子生母として相当な権勢を振るっていたとみなければならない

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最終更新:2018年05月14日 12:59