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終戦(しゅうせん)とは、戦争を終える事。ここでは第二次世界大戦の日本における終戦について述べる。

概要

当初、日本に有利だった戦局は、ミッドウェー海戦の敗北やガダルカナル島の敗退以降日本に不利になった。1944年(昭和19年)、日本軍にとって重要な拠点だったサイパン島を失うと、敗戦は必至の情勢となった。しかし太平洋戦争は、沖縄や広島、長崎が焦土と化すまで終結しなかったのである。

1945年(昭和20年)、アメリカ軍の空襲によって首都・東京は焦土となり、沖縄では上陸したアメリカ軍との間で激しい地上戦が展開された。一般市民が戦闘に巻き込まれるようになり、犠牲が急拡大していくが、こうした状況の中でも、政府と軍は終戦を決断できず、8月には広島と長崎に原爆が投下され、ソビエト連邦の参戦という事態になった。そして、昭和天皇に判断を仰ぐ聖断という形で終戦が決まったのである。

日本ニュースは、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで製作されたニュース映画で、戦時中は日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられた。

戦争末期にはフィルムの不足や空襲で上映される映画館が失われるなどし、1945年7月1日に封切りの第254号以降、新しい号は上映されていなかった。そして戦後初となったのが9月6日封切の日本ニュース253号で、大東亜戦争の終結のニュースが上映された。

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歴史
最終更新:2026年09月13日 14:31