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正岡子規(まさおかしき)とは、明治時代俳人歌人

概要

愛媛県に生まれる。

帝国大学(今の東京大学)を中退し、日本新聞社に入社

日清戦争では従軍記者となったが帰国後、肺結核が酷くなり、以後ほとんど寝たきり生活が続いた。

病気と戦いながら病床を執り、短歌俳句革新を目指した。

この間、俳句雑誌ホトトギス創刊するなどして高浜虚子河東碧梧桐伊藤左千夫長塚節らを育て、近代の俳句・短歌に大きな影響を及ぼした。


句集寒山落木和歌集竹乃里歌随筆病牀六尺、歌論書に歌よみに与ふる書など。

特に俳句では与謝蕪村江戸時代後期の俳人)を、短歌では万葉集を重んじ、また自然人生をありのままに描く写生文提唱した。

有名な俳句や短歌として鶏頭の十四五本もありぬべしくれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふるなど。

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人物
最終更新:2026年06月13日 06:42
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