アットウィキロゴ
frame_decoration
遊女(ゆうじょ)とは、遊郭宿場男性サービスを行う女性

概要

を遊ばせる女」という意味があり、遊女の多くは貧しい家族を救うために、人身売買で自らを売らなければならなかった。

このような女性たちは、自らの意思で遊女になった訳ではなく、借金の方に売られてしまったのである。

遊女の歴史は長く、性を売る仕事というのは当初は神聖娼婦と呼ばれる、宗教的な儀式のある職業とされていた。世界的に見ても神聖なものとされていたのである。

古代日本でも、かつては巫女としてに仕え、踊りを行っていた一部のが、神社を去った後に諸遊芸していく中で、性を売るようになったそう。

でも徐々に芸を売るのか性を売るのかの二分化がされてきて、その中で性を売る方に特化していった女性たちを遊女と呼ぶようになったのである。

遊女たちは当初、個人や遊女屋と呼ばれる遊郭前身で行われていた自由業だったが、鎌倉時代になっていくと制度の下で運営していくように命じられてくるようになる。

様々な変遷を経て、最終的に江戸幕府吉原遊郭東京浅草周辺)、島原遊郭京都朱雀野)、新町遊郭大阪)、丸山遊郭長崎、唯一、外国人対象の遊郭)などと言った、幕府公認の遊郭ができあがってくるのだった。

一方で、全国城下町宿場の遊女屋はというと、旅籠屋名目飯盛女などと呼んで密かに営業をしていたそう。

遊女の価値は、この3つで決まる。

この3つが遊女たちと過ごす時間値段反映されていた。

ざっくりと金額でだせば、最高級クラスでおよそ30万円、最下位で1000円というだった。遊女間でもかなりの格差があったことが分かる。

遊女は、入り口年齢は大体7~8歳からとされており、禿(かむろ)と呼ばれる、お世話係だった。

その上には遊女見習いの13~14歳くらいの少女たちがいた。

遊郭にいた遊女の年齢は27歳くらいまでとされているが、遊女の中でも遊郭でなく路上商売を行う者もおり、そういった女性は50代くらいまでいたそう。

タグ:

歴史
最終更新:2026年08月08日 21:35