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上野国(こうずけのくに)とは令制国で、ほぼ現在群馬県域である。

概要

ただし群馬県桐生市内の一部が下野国だったり栃木県足利市の一部が上野国だったりするなど、下野国・栃木県との境界にややズレがある。

五畿七道のうち東山道国力大国畿内からの距離遠国とされた。

北は越後国、北東でわずかに陸奥国(のち岩代国)、東は下野国、南は武蔵国、西は信濃国に接していた。

古代は下野国と合わせて毛野と呼ばれていた。後に畿内に近い側つまり概ね現群馬県域が上毛野、遠い側つまり概ね現栃木県域を下毛野と分割された。さらに713年(和銅6年)に国名を漢字二字へ統一する詔により上野国となった。

戦国時代には北条家武田家上杉家の前線となり戦乱に見舞われやすかった。江戸時代には西部を五街道の一つ中山道が通っていた。

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歴史
最終更新:2026年08月30日 11:20