小西蜜柑男

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生涯

 幕末、京都の町で幕府の地下組織の一員として、薩長浪士を諜報した。現代で言うCIA的組織である。大和に生まれ、京で数年間活動した後、大和で死んだ。可もなく不可もなくといった人物である。無事これ名馬を地で行くような一生を終える。座右の銘『偉くなくとも正しく生きる』。

墓所

 故人の遺志により、墨田区の霊園に遺骨は納められている。戒名は「谷口院丸井近藤居士」。墓石は石製のバットである。

逸話

 本名は、不明。長州藩士に捕縛された折、名前を「小西蜜柑男」と言い放ち、救出されるまで二十日間にわたって拷問を耐え切ったという強烈な印象から、後世に蜜柑男として名を残すこととなった。

 日本各地を隠密行動する折、度々通行手形を紛失し、窮地に追い込まれること十数回。その度に山に逃げ込み、虎口から脱出した。酒に酔うと、普段口数の少ない彼が「山狩りから抜け出すなんて朝飯前よ」と周囲に語っていたという。

 野犬に噛まれて致死率100%の狂犬病に罹患するも、奇跡の復活を遂げる。半年間生死の淵をさまよい、平然と任務に戻る。現代医学でもその理由は解明されていない。

 明治時代、大和で筆屋を営んでいたが、五十歳の頃、当時国内でも一部でしか行われていなかった野球に目覚め、大和にそれを広めようと奔走するが、失敗。


最終更新:2013年06月01日 11:18