ケース、愛良麻耶

登場人物 愛良麻耶




 紅に染まる学校の屋上で今まさに魂を賭けた契約が成立していた。

「君の願いはエントロピーを凌駕した」

 私の胸から夕陽色のソウルジェムが取り出される。
 仄かな温かさを秘めるそれは、私の手に収まった。

 白くしなやかな身体のインキュベーダーは屋上の鉄柵から、私の顔を覗き込む。

「おめでとう、麻耶。これで君は晴れて魔法少女になった」
「うん・・・!」

 瞳を閉じ、ソウルジェムを握る。

(心が軽い、今までの事が嘘みたい・・・!)

 麻耶は今日、ここから飛び降りる気だった。
 数ヵ月前から私の心は闇に覆われ、ずっと死ぬことばかり考えていた。

 そんな暗い日常の中でキュゥべえに出会い、魔法少女の事を知った。



「さぁ、麻耶。さっそくだけれど初陣だよ」
「え・・・! もう!?」

 覚悟はしていたつもりだが少々面食らった。
 まさか過酷な運命がこんなにも早く巡って来るなんて。
 肩にキュゥべえがひらりと飛び乗る。

(だけど・・・いずれ戦うなら今日でも明日でも同じこと・・・!)

 願いによって得られた強い心は揺らがなかった。
 ソウルジェムから光が溢れ、私の身体を包み込む。
 絵にかいたような明るい色の”魔法少女″の衣装は、ひらひらと揺れた。

「えへへ・・・ちょっと恥ずかしいね」
「来るよ! 気を付けて!!」
「うん・・・!」

 見慣れた景色が見る見る変わっていく。
 魔女の結界は、麻耶の予想に反して煌びやかな物だった。
 吊り下げられたクリスタルのシャンデリアが揺れ、壁には一面金細工の模様が走っている。



「これが・・・魔女の結界・・・」
「結界の主の魔女は最深部に居るよ」
「相手の懐まで潜り込まないといけないわけね」

 過剰な装飾の扉を押すと、赤絨毯の渡り廊下が続いている。
 下は底が見えない吹き抜けだ。

「・・・」

 コツコツと進んでいくと、先ほどよりも豪華な扉が現れる。

(これを開くには骨が折れそうだ)
「気を付けて!」

振り返ると、吹き抜けから何かが這い上がってくる。
 それは金の細工でできたニワトリだった。

「何あれ・・・!」
「使い魔だ! 結界に住む魔女の手下だよ」
「倒さなきゃいけない相手ってことか」

(大丈夫、今の私は戦える)

 ソウルジェムが光り輝いた瞬間、手には穂先に刃のついた槍が握られていた。

「おっと!」

 使い魔が吐き出した金の砲弾を避けると、自分でも信じられない速度で一気に駆け抜け、槍の刃で首を落とす。
 振りぬいた槍を回すように構え直し、砲弾を射出しようとする使い魔に一気に投げ抜いた。
 激しい金属音と火花と共に、使い魔が砕け散る。

 横から迫る最後の使い魔に向けて、何も持たない手を構え。
 そこからいきなり出現させた槍で、使い魔を一気に貫いた。

「よし・・・!」

(イメージ通り・・・いや、それ以上に戦える。これなら大丈夫)

 豪華な装飾の割に、押された扉はあっさりと開く。




 結界の最深部と思われる場所についた。
 煌びやかで西洋の屋敷のように統一感のあった今までの場所とは裏腹に、その空間はとにかく雑多だった。
 札束や金銀宝玉、絵画や彫刻などあらゆる富がゴチャゴチャと積み重なっている。

 醜い茶褐色の存在が、欲望の底で蠢いている。
 直感でわかる、あれが魔女だ。

 王冠を被った魔女は、先端に手のついた無数の触手を花火のように放出して、私を取り囲む。

「はぁ!!」

 両腕に槍を作り出し、薙ぎ払うようにして進んでいく。
 投擲した槍が、魔女を貫いた。

 懐に潜り込む。
 次々と槍を出現させ、魔女を滅多刺しにしていく。

 幾本目かの槍を槍を突き刺したとき、魔女の触手が私の身体を掴んだ。

「そうだ・・・!」

 貫いた槍を持ったまま、あることを念じる。
 巨大化した槍が、魔女の身体を引き裂いた。



「倒した・・・」

 風景が見慣れたものへと変わっていく。
 すっかり宵色にそまった屋上に、私は佇んでいた。

「おめでとう、麻耶。これが戦利品だよ」

 キュゥべえは黒い簪の様な者を咥えて、私の足元に歩み寄ってくる。

「なに、これ・・・?」
「これはグリーフシード、魔女が落とす物で魔法少女にとって生きるために必要不可欠な物でもある」
「なるほど、それで魔法少女は魔女と戦わなければならないってことか」

 勝てて安心した以上に、なんだか急に気が楽になって。
 私はその場に倒れこんだ。

「あははは・・・! あははははは! なんだろう・・・すごく気分がいいや」
「どうやら君の心の病は、さっきの魔女の口づけが原因だったようだね」
「魔女の口づけ?」

 キュゥべえによるとそれは魔女が標的になった人間につける刻印の様な物らしい。
 付けられた人間は精神を狂わされ、交通事故や自殺に追い込まれる。
 もっとも、私のように数ヵ月も耐えられることは珍しいらしいけれど。

「私以外にも、沢山の人が魔女に殺されてるの?」
「この辺りは他の場所よりも比較的魔女の出現頻度が高い、魔女によって死亡に至る人間も相当な数になるだろう」
「・・・」

 明日は私の友達や、両親が魔女によって殺されるかもしれない。そう思って奥歯を噛みしめる。
 あの辛く陰惨な気持ちは思い出したくもない。
 絶望を振りまき、人々を死に追いやる魔女は許しせない。

「私は・・・魔女を倒す、倒し続けてみせる」

 夜の中で、ソウルジェムが一層明るく輝いた。



 それからの私の人生は薔薇色だった。
 魔力で強化した身体なら体育は常にトップクラスの成績、
 勉強もたった一度聞いただけで簡単に覚えていく。

「魔法少女ってなかなか役得よねー」

 そんな軽口まで叩くようになっていた。
 私の人生は今充実している、たった一つを除いて・・・。

「麻耶ー、今日こそ遊びにいこー!」
「ごめーん、今日も予定があるんだっ!」
「またかー、最近付き合い悪いなー・・・」

 魔女退治は予想以上に大変だった。
 やっていた部活動も退部し、毎日夜が更けてから帰宅している。

 ・・・それでも止めるわけにはいかない。
 明日には私の身近な人が犠牲になるかもしれないんだ。
 魔女の口づけの恐怖に、身震いする。



「ここね・・・」

 ソウルジェムの反応を頼りに、私は歓楽街を歩いていた。
 魔女はどうも、こういう陰のある場所を好むようだ。

「結界だよ、気を付けて! この反応はおそらく使い魔じゃなくて魔女だ」
「大丈夫、もう慣れたものよ!!」

 周囲の風景がサイケデリックに歪み、現実と空想が交差する。
 魔女の結界へと突入した。



「っ、うわぁ!!」

 結界の中は円形の吹き抜けだった。
 周囲は鏡のようなガラスで、自由落下する私の姿が細くなって映っている。

「こ、こういう結界もあるのかっ!」

 下から空気抵抗の突風を受け、舌を噛みそうになりながら呟く。
 キュゥべえは相変わらずの無表情で私の頭に捕まっていた。

「こ、のっ!!」

 槍を作り出し、横に構えて左右に伸ばす。
 周囲のガラスが甲高い音を立て、2本の溝を伸ばしていた。
 私は両手で槍を掴み、幾分か速度が緩くなった落下に身を任せる。

 下から球体を鎖状に繋ぎ合せたような使い魔が迫ってくる。

「よ、とっ!!」

 私は槍の上に身を乗り出すと、両足を槍にかけ宙吊りになる。
 空いた両手に槍を持ち、使い魔を串刺しにして空中に置き去りにした。

 ガラスの吹き抜けの底、結界の最深部と思わしき場所が見えてくる。
 そこには一際大きな灰色の球体がこちらを睨んでいた。



「自分から結界の最深部に引き込むなんて、ずいぶん好戦的な魔女みたいね」

 不気味な球体であるそれは身を震わせると、悪風ともいうべき魔力の波を放った。

「・・・ひっ!?」

 私の身体が黒く変色していく。
 指先が砂のようにボロボロと崩れ始めた。
 しかし。

「!」

 ソウルジェムが光り輝くと、魔法陣が私の体を包んで魔力の浸食を弾き返し、再生する。
 よくわからないが効かないというならこっちのものだ。

 両壁を引っ掻いていた槍を消すと、一気に落下速度を速めて急接近する。
 そして身体をとんぼ返りさせ、槍を作り出すと。

「はぁ!!」

 落下のエネルギーに身を任せ、穂先の刃で一気に魔女を両断した。



「お見事だね、麻耶」

 結界が消失し、再び風景が現実へと戻っていく。
 グリーフシードを拾うと、まじまじと私の指先を眺めた。

「不思議・・・。あの魔女の攻撃で崩れたかと思ったのに」
「君は魔女の口づけから解放される願いで魔法少女になった。つまり君の固有魔法は”魔力に対する抵抗”なんだ」
「相性のいい相手だったってわけね」

 便利なものだまじまじと自分のソウルジェムを見つめなおす。
 少し生まれた濁りをグリーフシードに吸わせると、そのまま背を向けた。

 すべてが順調・・・のはずだった。
 それでも非日常の浸食は、確実に私の生活を蝕んでいく・・・。



『売女』『夜遊び女』・・・。

 そんな心無い誹謗中傷が、私のノートに書き殴られていた。
 歓楽街をうろついていた私の姿が見られたらしい。
 最近調子のいい私に対する妬みなのか、陰湿な行為は全てのノートに及んでいた。

「誰よこれ! こんな古臭い手で!! もう帰ろう、麻耶!!」
「うん・・・」

 そんな中で、親友の・・・島原あかりだけは普通に接してくれた。
 もう、私が街を守る意義はあかりだけになっていた。

 夕陽の中の帰り道。
 明るく語りかけてくれるあかりの隣で私は、ソウルジェムの反応を感じる。



 私はあかりと別れ、廃ビルを歩いていた。
 首筋に魔女の口づけを受けたクラスメイトを見つける・・・。

「・・・っ!」

 私の隣で陰口を言っていた子だ・・・。
 すれ違いに私を睨んでいた子だ・・・。
 こんな子の為に私は・・・。

 暗い考えが頭をよぎったが、すぐに頭を振り考え直す。
 そっと後をつけ、同じように口づけを受けた何人かが集まっている場所にたどり着く。

「・・・大丈夫、これはグリーフシードの為なんだから」

 熱に浮かされたような眼の皆に対して魔法陣を展開すると、
 “抵抗”の力であっという間に全員が正気に戻った。

「これで使い魔だったら承知しないわよ・・・」
「安心していい、この反応は間違いなく魔女だ」

 どこからともなく現れたキュゥべえが、私の肩に飛び乗った。



 2重螺旋の階段が、その魔女の結界だった。
 暗い中を延びる赤と青の階段が絡み合って天上へと延びている。

「・・・ねぇ、キュゥべえ。私以外にも魔法少女って居ないの」
「少なくとも、ここ月宮(つきのみや)にいる魔法少女は君一人だ」
「もう、限界だよ・・・」

 ポロリとこぼれた本音だった。
 もう嫌だった。一人で秘密を抱えるのも、戦い続けるのも。
 ひたすら親に心配されるのも、一切の付き合いが絶たれるのも・・・。

 しかし白い異星人は澄ました声で答える。

「何が不満なんだい、麻耶。他の地域ではむしろグリーフシードを巡って縄張り争いが起きることすらある。
 こんなに魔女が多く発生する場所を一人で独占できるのはむしろ恵まれていると言っていいのに」
「・・・っ! そうじゃない、そうじゃないのに・・・!!」




「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 その結界の魔女は強かった。
 お互いの足を食らい合う双子のような魔女がグルグルと廻り。


 私の左手を食い千切った。


 あるべきものが無い喪失感。
 身体の重心が崩れてうまく立てない。

 恐い・・・! 恐い恐い恐い恐い恐い恐い・・・!!

「嫌だ、死にたくない・・・!」

 戦う必要なんてないじゃないか、守る必要なんてないじゃないか・・・。
 どうせ犠牲になるのは・・・今回のクラスメイトのような奴らだ。

 私は背を向け、青い階段を転がり落ちるように逃げて行った。




 数日後。
 私の身体はソウルジェムの力で完全に元に戻った。

 だが、取り返しの付かないものがあった。


 私は喪服を着て、親友の葬式に出ていた。


 あかりの首筋には、クラスメイトの物と同じ口づけがあった。




「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ!!
 私は叫びを上げて、会場から逃げ出した。

「もう嫌だ、もうたくさんだ! もう嫌だ!!」

 私は頭を掻き毟りながら、叫ぶ。

「キュゥべえ! キュゥべえ!!」
「なんだい、麻耶」
「契約を解除して! もう魔法少女なんかやりたくない!!」
「それは不可能だよ、一度魔法少女になってしまったらもう戻ることはできない」
「あああああああああああああああああああああ!!」

 おかしい、不公平だ。
 なぜ死んだのがあかりなんだ、なぜ魔法少女が私なんだ。
 狡い、狡い、狡い。

 他の魔法少女は、たった一度の望みを叶えてその運命を選ぶのに。
 私はなし崩しの下らない望みでこの運命を背負わされている。
 あかりは誰よりも優しかったのに、狡猾な者が生き延び、あかりが代わりに死んだ。

 狂っている、間違っている、歪んでいる!

「こんな世界・・・」







                    呪われてしまえ



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最終更新:2012年11月12日 23:30