雨降りの魔法

QB「ふむ、何があったのやら…QBml9cjacrsw号からの応答がないね」

QB「数回信号を送ってみたが…まあ、消えたなら消えたで、代わりがあるから別に構わないんだけど」

QB「ひどい? まあ僕らだから仕方ない、と思ってくれたまえ。悪気はないんだ」


QB「さてだ。僕の方からも魔法少女の報告に移らせてもらおうかな。くじ箱は用意してある」

QB「さあ、どれがいい?準備は万端だから、好きな子を当ててくれたまえ」


  …… …… ……


QB「ふむ…これは…。NO.304。萱篠 鈴美香(カヤシノ スミカ)」

QB「彼女自体はどうともなかったが…彼女の周りが騒ぎ立てたものか。あれにはさすがの僕も辟易したよ」

QB「とても優秀な子だったんだけどね。まあいいや」

QB「君たちが退屈に窒息しそうならば、僕は語って聞かせるのみ」

資料となる魔法少女 ・・・ 萱篠鈴美香







   ― 雨降りの魔法 ―



     ― 櫟 ―

橋の上です。

お兄さんが座りながら、けらけらと笑ってらっしゃいました。
お爺さんが、キレのいいツッコミをなさっていました。

けれども。

お兄さんの姿は誰にも見えませぬ。
お爺さんの姿は誰にも見えませぬ。

お兄さんに誰もぶつかれませぬ。
お爺さんに誰もぶつかれませぬ。

お兄さんの背には羽があります。
お爺さんの姿は透けております。


  お兄さんの役目は天使と言います。
  お爺さんのことは幽霊と言います。


これは、誰にも、見えませぬ。
わたしだけが、見えるせかい。

橋の下から見上げておりました。
天使が伸びをして周囲を見回しました。わたしのことをちらりと見ました。そしてにやりと笑いました。
笑顔は、わたしにしか届きませぬ。
この天使に会うのは、幾度めでしょう。


     ― 楓 ―

わたしには見えてはいけないものが見えます。
なぜでしょう。
神の真意はわかりませぬ。
死人を見たとて得はありませぬ。
いえ、いいえ。損をします。損をいたします。
ですから視線をそらします。

この間のは、たまたまです。偶然です。
おぼんにそれとなく参加していらっしゃった、爺やだからです。

チッケです。
チッケを渡されます。

わたし、一見とろそうですので、人からことを頼まれません。
驚きました。
でもわたし、がんばります。がんばれます。
頼まれましたので。
輪投げです。
上手く投げると、よいものがもらえます。
子供にやらせて、大人がもらうのです。
競馬のようです。

わたしの輪は「100点」に入りましたので、たくさんたくさん洗剤やタオルやトイレアトペーパーをもらいました。
おじいさんは持ちきれないので、お手伝いいたしました。

家にあがりますと、猫がいらっしゃいました。
おじいさんは一人暮らしです。いいえ、二人暮らしです。
猫にゃんと、二人でいらっしゃいました。

「ありがとう」とおっしゃられました。
ふわふわした、穏やかな、あったかみ。

わたしは、おじいさんの猫を引き取りました。


     ― 珊瑚樹 ―

「葬式だー」

天使の西口さんは、アニメに見いる子供のような顔をしていらっしゃいます。
わたしは猫を抱っこしております。

お葬式です。
おじいさんはやはり亡くなっておりました。
なので猫はわたしが引き取りました。


「おしょうこしねぇの?」

「みそらというのですね」

「人の話聞けよ」


猫の首輪には鈴がついておりました。
『MISORA』と刻まれています。


「よろしくお願いいたします」

「にゃあ」

「なあ無視? オレ無視?」

「かわいらしいですね」

「ガン無視?」

トラです。毛並みも女性の美しい髪のようです。ちりんちりん。

お爺さんの家はあわただしくしていらっしゃいます。
お爺さんのおうちは静かでした。柔らかな波のようでした。今は少し乱れております。
お爺さんが喜ぶ気がいたしませぬ。


「いや、オレがちゃんッと送っといたから。今は安らかになってるはずだよ」

「だそうですよ。良かったですね。みそら」

「にやーあ」

「やった! オレやっと存在が認められた!」

「では帰りましょう。みそら」

「ドゥオイ」


てくてくとわたしは歩き出します。
みそらもついてきております。頭のよいいい子です。

「……」


足が止まります。空を見上げます。

「西口さん」

「え、なに!? 名前呼んでもらえた! うれすい!」

「雨です」

「ええ――!?」


最初のぽつりが来る前に、ふわりと傘を差します。みそらはわたしにくっつきました。濡れたくないのでしょう。

ぱらぱら、ぱた。

雨は、命です。
生き物の、生ある物の時間です。


「すみか―ゃ――」


わたしの大好きな雨が降りだして。
見えない者の姿を隠します。
わたしの好きな時間です。
お散歩して帰りましょう。


     ― 椎 ―

白い猫さんがいらっしゃいました。
いえ。猫というには浮世離れしていらっしゃいます。

その体躯も。
その表情も。


「やあ」


口を開けば、わたしたちと同じ言葉が出たということも。わたしたちとは違うようでございます。
お返事は、こうがよろしいでしょうか。


「にゃあ」

「みやあ」

「違うからね、二人とも」

「違うのですか」


それでは、今にも風邪をひきそうに、濡れ鼠になっていらっしゃる、猫のような生き物は何なのでしょう。
幽霊さんにしては、質感があります。天使さんや悪魔さんとも、どこか違います。なれば妖怪さんの類いでしょうか。しかし、それも違う気がいたします。
においがいたしませぬ。


「あなたは、いかなるお方なのでしょう」


わたしは猫さんに問い掛けます。
さらさらと、心地よい音楽は未だ空から降ってきております。


「僕の名前はキュゥべぇ」

「きゅぅべぇさん、」


雨に濡れる姿がかわいそうで、わたしはきゅぅべぇさんのところへ向かいます。道の水溜まりに踏み入ってしまっても、決して水しぶきなどあげません。


きゅぅべぇさんをやっと傘の中に迎え入れることが出来ました。きゅぅべぇさんはわたしを見上げます。そして、


「僕と契約して魔法少女になってよ!」


突然、そのようなことをおっしゃられました。突然の提案に驚いたわたしは、しばらくぱちくりして、首を傾げてこう答えました。


「お寒くはありませんか?」


どうやら、もう風邪をひいていらっしゃったようですので、みそらと共に家に連れ帰ることにいたしました。

「こちらへ」と手招きして屋根のあるところへ導き、レインコートを着用します。
そしてみそらと、きゅぅべぇさんを抱っこして、家へと急ぎました。


     ― 御前橘 ―


きゅぅべぇさんとみそらをタオルで拭いている間に、魔法少女についての説明を受けました。

きゅぅべぇさんがいかなるお方でいらっしゃるのかは未だにわかりませんし、魔法少女が熱に浮かされた夢物語なのか、真に飛び回るこの世の者なのかも、判断がつきません。

ですが、

願いを叶えるというのには――いたく、興味をひかれました。

わたしが願うとするならば、それは決まっております。
七夕の笹、夜空の流星、お宮の神様、須弥壇の仏様、頭上の十字架、様々なものに願掛けをしてまいりました。
いわく、あの者たちを、わたしの視界から退けてほしいと。

死霊は災を招き
魍魎は厄を招き
死神は、害を為されます。

それを目に入れるのを、わたしは嫌いました。
死に在るか、生に有るかわからぬ者たちが、この世に干渉いたします景色を、見たくはありませんでした。

何より、わたしだけがそれを見てしまうのが、とても恐ろしかったのです。凶事の予兆を、己だけが感じ取ってしまうのが怖かった。
雨の日だけがわたしの安息でありました。

もちろん、それでわたしたちの世界から彼らがいなくなるわけではありません。
それでもわたしは、そのきゅぅべぇとおっしゃいます白猫にこう申しあげたのです。


「わたしを、解放してはいただけませんか」

「契約するのかい?」

「はい。できるというのなら、お願いいたします。わたしはもう、あの"見えるべきではない者たち"を…この瞳で捉えたくはないのです」

彼らは確かに、そこにあります。
しかし話が本当ならば、わたしはもう、彼らと関わらずにすむのです。

きゅぅべぇさんは、無表情で頷いて尻尾を一振りいたしました。



「おめでとう、萱篠 鈴美香。君の願いは、エントロピーを凌駕した」



わたしの体に大きな変化は特に見られませんでしたが、ソウルジェム、と呼ばれるという宝石を受け取った時、わたしは憑き物が落ちたような気がいたしました。

突き抜けるような空の青。


「にゃーん」


みそらが嬉しそうにすりよりました。

さらさらと、綺麗な音を立てて雨の降る日のことでした。


     ― 無患子 ―

あれから。
わたしの前に、霊や妖が姿を現すことはなくなりました。願いが叶ったということなのかでしょう。
彼らにつられるように凶事が起こるのを見かけることも、減りました。

相変わらず、わたしはとろい子として見られております。実際、ぼうっとしているのだから、仕方ありません。

しかし、


「何か、最近元気だよね。すみか、いいことあったの?」


と聞かれると、心がぽかぽかいたします。あのおじいさんといた時のよう。

さて、わたしは魔法少女となったわけですから、魔女を倒すという義務がございます。
よく考えると、霊たちは見えなくなりましたが、魔女が見えるならば今までとあまり変わらぬのかもしれません。
ですが、わたしは傍観者ではなく、粛正する者となりました。


「にゃぉん」

「みそらはここで待っていてください」


雨の日。
わたしは水色のレインコートをまとい、傘を差して、街頭に立っておりました。
すっかりなついて、いつもわたしについてくるみそらですが、結界に入れるわけにはいきません。
みそらが残念そうな顔をした気がいたしましたが、大人しく座ったのを認めて、わたしは結界に踏み入りました。


中に入りますと、特殊な香りが匂い立ちました。


「アルコールでしょうか」


ぴちゃぴちゃと長靴が鳴ります。辺りには大小様々な瓶や缶が転がっていることから、間違いはないでしょう。
まるで叩きつけられたかのように破壊されております。

奥へ進みますと、大きな大きな壺がありました。いえ、いいえ。いらっしゃいました。今回の魔女は、どうやらこの方のようです。


「相性がいいのやら、悪いのやら」


魔女はわたしの姿を捉えられたようでございます。
大きな壺の魔女。あいた穴からだくだくと酒が流れていらっしゃいます。
もったいない。

魔女が酒を吹き出し、わたしはゆらりと彼女に歩みよります。ばっしゃんと背後に酒が落ちます。


「豪雨」


歩みを止めはいたしません。攻撃のあとの隙に壺に濁流を注ぎ込みます。酒の魔女であるならば、濃度を下げれば弱体化するでしょう。
壺が身を捩り、酒が溢れ出ますが、高波の間をお邪魔いたします。


「豪雨。豪雨、豪雨。――五月雨」

魔女の中をわたしで満たしつつ、たまの攻撃をパラソルで受け流します。
全ての動きに意味がございます。無駄なことはいたしません。
少し、ふらつきます。酒の香りに蝕まれたようです。


「雨垂れ」


癒しの水を浴びると、気分がよくなりました。

さてずいぶん濃度も落ちたようで、香りも弱まっております。なればそろそろ、水に溶けていただきましょう。
たん、と跳ね、レインコートがひらり。
濁流がわたしを追いますが、捉えさせませぬ。瓶の山を蹴り、跳ね、彼女の穴をよく狙います。


「竜ノ神」


結界の中に命が満ちます。わたしをぐるり、水が呑む。高く跳んで傘を開くと、ふわりと体が宙に浮きました。
空色のジェムが瞬きます。


「雨神よ」


己の体が水に溶けます。降りしきる雨に龍が踊る。


「――はっ」


一息で壺との距離をつめて、閉じた傘の先を穴に突き刺し、

失礼いたします。

そのまま回転しながら突き進みます。たちまちひびが入り、ひびから魔女の体は飛び散り、鉄砲水の勢いで貫いて。


「ふぅっ」


着地いたしました。
背後で断末魔と共に壺が砕け散り、結界が晴れていきます。
ちりちりんという鈴の音と、コツンッ、と何かの落ちる音。


「みそら」


トラ猫がなあなあと鳴きながら走り寄ってきました。


「待っていてほしいと申し上げましたが…いえ、いいえ、我慢ならなかったのですね。お迎え、ありがとうございます」


わたしはみそらの体を撫でてやりました。みそらはびしょぬれの体をぷるりと震わせます。寒いのでしょう。
抱き締めます。この場所も、平和になりました。

ソウルジェムを取り出してみますと、ぼんやりと雲がかっておりました。綺麗ですが、雨の気配はございません。


「鈴美香? どうしたんだい、グリーフシードで浄化を行わなくていいのかい」

「きゅぅべぇさん?」


きゅぅべぇさんがいつの間にかいらっしゃっていたようです。ソウルジェムを眺めていたのでわかりませんでした。


「ええ、グリーフシード――そうでした」

わたしたち魔法少女は、グリーフシードを使わなければ魔法を使えなくなるのです。放置していたそれに近づき、ソウルジェムをかざします。
みそらがグリーフシードにすりよります。ソウルジェムは元の空色を取り戻しました。


「きゅっぷい」


それから、きゅぅべぇさんがグリーフシードをお召し上がりになられました。きゅぅべぇさんはグリーフシードの回収もお仕事なのでございます。


「今日はこの辺にいたしましょう、」

「そうかい、お疲れ様」


雨がとても気持ちいい。


     ― 七竈 ―

その日の結界は、童話の中のようでございました。そしてそのお伽噺の魔女は、強うございました。
己の力が抑えられてしまっているかのよう。
負けるわけにはいかないと、わたしは奮闘し、そして、


――落ちました。


魔女がもたらすのは、平坦すぎる、結末のない安寧でございました。「末代まで平和に、幸せに暮らしました」、などという夢でございます。

ですが、力尽きたのです。
認めたくはございません。それに決して無駄はございませんでした。敗因はただひとつ、魔女の方が格上であった、ただそれだけにございます。

力不足であった。
ただそれだけ。

柔らかな羽に包まれ、心地よい鈴の音を聞きながら、わたしは落ちました。


「……………」

雫を感じて、目を覚ましました。
大好きな雨とは違って、生温いそれに違和感を感じたのです。


「すみか……ちゃ…ん。はは。久しぶり」

「…どうして」


どうやって、いらっしゃったのですか。

わたしは困惑しました。困惑しかございませんでした。
そんなばかな。
天使の西口さんが、確かに、羽を広げてわたしに覆い被さっておりました。
その羽はすぐに項垂れます――お疲れのようです。

いえ。いいえ。


「すみかちゃん…ふふ、びっくりしたろ」


天使、いいえ死神の西口さんは、得意げに笑いました。

わたしは。

確かに、彼を拒みました。願いによって、彼は確かに見えなくなった。ですのに、


「なぜ、あなたは…わたしに、見えるのですか――」

「…あんなチンケな魔法。オレが全力出しゃ、破れる」

「そんな」


わたしの願いは?


「決して会わぬと……思っていました」

「オレもだ。お前にはもう見えるはずがないと思ってた。けど…はは、見える、見えるんだな……」


なぜ、西口さんは、こうも嬉しそうに笑い、涙を流すのでございましょう。わたしはあなたを拒否したというのに。


「みそらが、教えてくれたんだよ。お前が力を使い果たしたら、その時が最後で、その時に会いに行けって」

「みそら…? 西口さんは、猫と話が、できるのですか」

「……。ああ、まあ、そういうことになるんだよな、…」


西口さんは、もぞもぞと曖昧に喋ると、わたしの上から引かれました。
雨はやんでおりました。結界もございません。
一体誰が? 他の魔法少女が。何処の? 誰が? 頭は未だ、混乱しているようでございます。

何より西口さんの存在は。


「すみかちゃん。今日は伝えたいことがあって、オレはここに来たんだ」

「西口さん…わたしからも、あなたに問いたいことがございます」

「まあそう…焦る、なよ」


わたしの意思を全て遮り、彼は私の手を引きます。立ち上がって初めて気が付きました。わたしの姿は完膚なきまでにぼろぼろでございました。


「手短にすますぞ」


いたわるように、西口さんは私の頬を撫でます。


「オレが天使やってて、死人の魂を回収してるのは知ってるよな」

「え、あ…はい」

「オレは近日、その任務を失敗した」

「……失敗……?」

新戸蘭七条小窓栗原あゆみ、佐藤千防、北筑紫辰子、相沢亜咲、雨路出響子…他、数十名だ」


「失敗って、西口さん。魂の回収に、失敗があるのですか」

「ある。例えば回収する筈の魂自体が破壊されたりすれば、どうにもならない」


西口さんは、聞き覚えのない女性の名前を述べられ。そして、わたしの後ろを見やりながら強い声音でおっしゃいました。


「例えば――地球外生命体に食われたりとかな!」

「!?」


突然、西口さんがわたしの背後に鎌を投げられました。仕事道具に何てこと…を……!?


「…逃したか」


白い尻尾。あれはきゅぅべぇさんの物ではありませんか?


「どういうことなのですかっ、」

「簡単なことだ。魔法少女のソウルジェムの末路が、魔女で、グリーフシードなんだよ! つまりお前は、インキュベーターとやらにそそのかされて、同胞殺しをさせられていたんだ!」

「!!」


魔女が後に遺すグリーフシード、それに翳すソウルジェム、グリーフシードを食べるきゅぅべぇさんの姿が浮かびました。真っ青に――なります。


「…落ち着け。お前は何も知らなかった。だから悪くねえよ」

「そう、なの…ですか。わたしは、同じ人間に何てことを」


なぜでしょう。それはまるで理不尽なお話であったというのに、わたしは信じました。


「何てことを、わたしは」


贖罪をせねばならぬと私は思いました。


「すみかちゃんは、素直に受け入れるんだな」

「わかる、気がいたしました」

「オレの知り合いは、そんなの嫌だと言って駄々をこねたよ。あいつはまだ魔女化してないけど、まあ、時間の問題だろうな。もちろんすみかちゃんも、魔女になる」


「――それは、今からですか?」

「!?」


西口さんが、あまりにも分かりやすく凍りつかれました。
思わず吹き出してしまいます。


「かまをかけただけですのに――」

「お、おま」


顔色を白黒させて、西口さんは口を抑えられました。ああ、バレバレです。


「西口さんが、わかりやすい人間で良かった」

「て、てめえ!?」

「口が悪いですよ」


慌てる西口さんがおかしくておかしくて。余裕の表情を保っていらっしゃることが多い彼をそんな風にしているがわたしだと思うと。ええ、ええ。うれしゅうございます。

わたしはソウルジェムを手に取ります。その色は、魔の雲のごとく。
手遅れでございます。

「もちろん、これが死と同義であることはわたしもよくわかります」


「すみかちゃん…何でそんな!?」


絶望的な声をあげる西口さんの手を、握り締めてあげました。覚悟が足りませんよ、と笑いました。


「西口さんから聞いて、納得が行きました。なぜ願いを叶えたはずの私にあなたが見えるのか。ええ、ええ…わたしも、あなた方と一緒になってしまったからでしょう?」

「……」

「魂が。水が…枯れ果ててしまったからでしょう。わたしがわたしを満たしていた水を使い果たして、生き物から掛け離れてしまったから」


どくん、と世界が揺らぎました。


「…そのような顔を、なさらないで下さい。それはわたしの役目でしょう」

「そう、言うなら、さっさと泣くなりなんなりすれば――いいのに――」


どくん、どくん、どくん。
わたしの視界が歪む。せっかく西口さんが情けない顔をしているのに、さっぱり見えないのは、ええ、ええ、悔しい限りでございます。

これがさいご。

ふらりとわたしは西口さんに寄りかかります。彼は、ぎくりと体を跳ねさせました。
縮み上がった羽を撫でて、わたしは言うのです。


「幸せです。大好きな雨は枯らしてしまったけれど、何だか満ち足りた気分。本当はあなたなんか大嫌いだったけれど――わたしの魂を、わたしはあなたに任せたい」


無理やり握り締めさせたわたしの魂は、変異を始めておりました。さあ、早くその鎌で砕いて下さい。
雫が、ぽつりと落ちます。


「ばかっ……!」


ああ、こら、抱き締めている場合ではないでしょう。これだから、西口さんは、駄目天使なのです。落第でございます。


ええ、ええ。
けれど、人の、 最期の、演、    出と、し、 て、   は


「――合格、です――」


     ― 淡竹 ―


どしゃ降りに打たれながら叫んだ。
なんで、なんであそこでとどめを刺してあげなかったのよ、とあたしは西口の襟首を掴んで詰め寄った。
あたしはいっぱい泣いた。
西口もいっぱい泣いてた。


「…だめだったんだよ」

「うるさい!」

「好きなやつを、殺すみたいで、だめだったんだ、だめだったんだよ!!」


このでっかいガキを、あたしは力任せに殴る。


「だったら! だったら魔女になるのは許容範囲だって言うの!? あたしが倒せてなかったら…すみかは人を殺してたかもしれないのに!!」


とか言いながら、あたしもやってることはでかいガキなのかもしれない。ヒステリックな声が、我ながらうるさい。


「っうう…!」

「この、バカ天使…!」


西口を地面に叩きつけて、またあたしはしゃくり上げる。何とか落ち着こうと思って、代わりに尻尾を震わせる。


「…優しいあの子に、人を殺させないで…ッ」

「ごめん、な…オレがちゃんとやるって言ったのに、約束、破っちまって…」

気まずそうに、翼が下を向いた。反省はしているようだ。
くるりと後ろを向く。そこにはグリーフシードが転がっている。


「あれ…壊してあげて」


あたしはそれを指差した。西口は今にも魔女化しそうな瞳をする。


「みそら…お前はいいのか」

「なんでよ」


未練がましい言動に、耳がぴくりと動き、全身の毛が逆立つ。


「御主人様、だろ」

「あんたこそ、旧友でしょ。さっきも言ったよね? 近くの親より遠くの友だろーが」


やっと西口が笑う。そして鎌を持って立ち上がった。
魂を天津国へ送るための大鎌だ。

あたしは感覚を研ぎ澄まし、やつの気配を探る。

――喰われたら、おしまいだ。


7.1m。
飛び出してきたやつを殴り飛ばす。

5.5m。
走ってきたやつを引き裂く。

4.7m。
どこからか出てきたやつを弾き飛ばし、

1.9m――
西口が大鎌を轟と振り上げる。
あたしは牙を剥いてやつを噛み千切る。

0.1m。いや、0。


「にゃあ――ざまあみなよ」


すみかのグリーフシードは、鎌に捉えられて粉々に砕け散った。
だん、と豪腕でやつの頭を踏み潰したところだった。


「やれやれ、なんてことをしてくれたんだ」

「あんたこそなんてことをしてくれたのよ、化け猫」

「化け猫はきみのことじゃないのか」

「にゃあん?」

「やめとけよ。もうそいつのターゲットはオレがちゃんと送り届けた。これ以上の戦いはこいつにはムダだろ」


グリーフシードはもう、影も形もない。
良かった、これで。
まあ、あたしがキュゥべぇに喧嘩を吹っ掛けたい理由は他にあるんだけど、こいつに対して戦うのコマンドは確かに無意味だ。


「ふん」

「ふう…」


息すんな、この外道。


「どっか行って!」

「今日はご機嫌斜めみたいだからね、そうするよ」


どんなに裁いても、キュゥべぇは動じない。なんて報われない物語なんだろう。
また、残されちゃった。

あたしはもう一回、わあわあ泣いた。西口も、泣きながら慰めてくれた。


――あたしも同じ。すみかと一緒で、視える人で。西口とも知り合いで。
けれどあたしは彼らを捨てなかった。もっと他に捨てたい物があったから。

でもすみかには、彼らが人にもたらす不幸の光景は重荷だった。だからそれを選択してしまったのだ。
価値は人によって違う。

今までのあたしは何にも知らなくて――それで大切な人を失って。

もう失敗なんかしたくない。

「行こ、西口」

そう言ってあたしは彼に猫の姿ですりよった。こいつが相棒だ。あたしはみんなを魔法少女にさせやしない。魔女を送るのは西口の仕事だ。
最期の最期まで、あの化け猫に抗ってやるんだ。


「オレにも仕事が」

「ふにゃあ!」

「…そうだよな」


雨は降り続く。大地を這う魂の咆哮、轟音が鳴り響く。



 ほら、やってみろ。

  越えてみな。

 己の足で勝利を掴め。

  さあ、さあ、さあ、さあ、

 足は地面につけたままでいい、

  フワフワした魔法になんか、

 頼ってなんかいられない。

  叫べ、全身で命を浴びて、

 生のコーラスに加わるんだ。

  黙り込むことは許されない。



台風みたいな雨の中を、あたし達は駆け抜けていった。




QB「ふう…萱篠 鈴美香についての報告はこれで終わりだよ。どうだったかな」

QB「少しでも君たちの退屈しのぎになったのなら…ありがとう、礼を言おう」

CB「『オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ』の立て主様。
現在まで800レスに至るレスを書き続け、私の想像力を掻き立てた名無しNIPPERの皆様。またその中で、私の存在を覚えて下さった名無しNIPPERの皆様。
この物語の主人公である、304/萱篠 鈴美香の作者様。また、この物語に登場する2体の魔女を提供して下さった作者様。
『QB「魔法少女達の軌跡」』を立てて下さったml9cjacrsw様。
そして何より、最後まで私の作品を読んで下さった皆様方に、この場を借りてお礼とさせていただきます。ありがとうございました」

QB「上記の文章におかしなところがあっても、慣れないことをしているわけだから、まあ許してやってほしい」

CB「本文もしかり。これから更なる向上を目指し、頑張ろうと思う」

QB「もしも解説が必要ならば、このあとネームを『名無しきゅうり』にでもして乙なりなんなり解説が欲しいところなり書き込んでほしい」

QB「苦手分野だから少々長くなるかもしれないが、尽力しよう」

QB「それでは、そろそろ報告の時間は終了だ。僕にも仕事があるからね。見返したければもう一度。もういいのなら……画面を閉じるだけでいい」

QB「機会があれば、また報告会に参加してもらいたい」



QB「――」

QB「覚悟はいいかい」

QB「これから君たちを待っているのは、魔女のほうがよほどましな絶望の現実――」

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最終更新:2013年01月22日 01:41