「………」
ベッドの上から、見慣れた光景を眺める。
病室の中は変化と言うモノがほぼ無に等しく、それを見ていると気が滅入るから。
外の光景ならば、多少の変化を期待出来るから。
コンコン
病室のドアがノックされる。
「入っていいよ」
外の景色を眺めながら、ノックに応対する。
応対に答える形で、病室のドアが開けられた。
「やっほ、小窓。元気してる?」
コンビニの袋を自身の顔と同じ高さに上げて、ニッコリと笑う少女がいた。
彼女の名前は朱鷺奈凛華(ときな りんか)。
病弱なわたしに出来た、唯一の友達にして親友だ。
「あはは、こうして病院にいるのに元気もないよ、凛華ちゃん」
「まぁ、それもそっか。ハイ、これ差し入れ」
そうして、手に持っていたコンビニの袋を渡してくる。
中身も、いつもと同じ。
ありふれた、どこにでも売っているような二つパックのゼリーだ。
「いつもありがと、凛華ちゃん」
「なぁにを言ってるかねぇ小窓ちゃんは。あたしがやりたいからやってるだけ!お礼なんていらないいらない!」
屈託ない笑顔を浮かべながら、そう言ってくれる。
「今日はどっちを御所望ですかな、小窓さんや?」
「今日は、オレンジの気分かな」
「ん。はい、どーぞ」
ビリっと小気味のいい音を立てて、ツインになっている部分を綺麗に切り分けた。
「そんじゃあたしはアップルですな。……ん、おいしい!」
凛華ちゃんの後に続いて、わたしもゼリーに口を付ける。
………うん、いつもの味だ。
当然と言えば当然なのだが、変化の無いことに少々うんざりすらしてしまう。
「………」
もそもそとゼリーを食べながら、再び視線を外に移す。
もしかしたら、こんないつも通りの日常になにかしらの変化があるんじゃないかと、ありもしない期待を込めて。
「……小窓?」
「! ん、なに、凛華ちゃん?」
「何よ、ボーっと外なんか見ちゃって?」
「……………色々と、ね」
わたしは、いつまでもこのままなのだろうか。
そんな、漠然とした不安がわたしの心を責め立てる。
「あんまり思い詰めなさんなって。また来月には、退院出来る手はずなんでしょ?」
「……そのまた来月には、きっとまたわたしはここにいるよ」
心の奥にしまっていたはずの弱音が、不意に漏れ出る。
「な、何言ってんのよ!大丈夫だって、ね?あたしが側にいるから」
「ありがとう、凛華ちゃん……」
でも。もう、なんとなくわかってるんだ。
きっと、これがわたしの運命。
見慣れたこの病室のベッドの上で、きっとわたしは短い生を終えるんだ。
凛華ちゃんは、いつもと同じ時間に帰って行った。
こんな日常を、凛華ちゃんはどう思ってるのかな。
わたしのお見舞いになんか来て、退屈、してないかな……。
「……わたしが、せめて普通の人と同じ生活が出来るようになれればいいんだけどな……」
凛華ちゃんが出て行った扉を見ながら。
ぽつりと。
そんなワガママを言葉にしてしまった自分がいることに驚いた。
「っ……あはは、何言ってるんだろうわたし。そんなこと、無理に決まってるのに……」
「無理では、ないよ」
「っ!?」
不意に、背後から声がした。
慌てて、後ろを振り向く。
「やあ、こんにちは」
「だ、誰……?」
そこにいたのは。
白い小柄な獣の姿をした何かだった。
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はキュゥべえ」
「キュゥべえ……?」
「こうして僕がここに来たのは、キミにお願いがあるからなんだ」
「わたしに、お願い……?」
唐突に姿を現したその小さな獣―――キュゥべえと名乗った生物は。
「僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ!」
わたしに、そんなことをお願いして来たのだった。
「魔法少女……?」
その後、わたしはキュゥべえから色々なことを教えてもらった。
キュゥべえは、素質を持った子と契約をして、魔法少女を生み出すこと。
魔法少女となった者は、魔女と戦う運命を課せられること。
契約の際、どんな願いでも叶えてくれるということ。
「どうかな?悪くない条件だと思うんだけど」
「わたしは……」
返事は、決まっていた。
「―――契約、成立だね」
「こっ、小窓!?」
「おはよう、凛華ちゃん」
教室のドアを開けると、凛華ちゃんが真っ先にわたしの顔を見て驚いた声を上げる。
そりゃ、無理もないよね。
つい一昨日までは、わたしは病院にいたんだし。
「退院出来たんだ!?」
「うん。もう、入院することもないよ」
「本当!?おめでとう、小窓!」
「ありがとう、凛華ちゃん」
凛華ちゃんに続いて、クラスメイトの何人かも声をかけてくる。
その人たちとも、わたしは挨拶をする。
(ああ、これがわたしの欲しかった日常なんだ)
今は、なにもかもが光り輝いて見える。
魔女と戦うことなんて、今のわたしには何の苦でもなかった。
今はもう使われていない廃駅。その駅長室に、魔女の結界があった。
「覚悟はいいかい、小窓?」
「うん……大丈夫、うまくやってみせるよ」
ソウルジェムを胸の前で掲げ、魔法少女姿に変身する。
「……わぁ、ワンピースだ」
魔法少女のわたしの姿は、オレンジを基調とした、白の水玉模様の入ったワンピース服だった。
ソウルジェムは、胸部に丸い形となって収まっている。
そして手には小さなナイフ。
「……よしっ……行こう!」
右手に力強く握りしめたナイフを、横一線に薙ぐ。
魔女の結界が、その入り口を開いた。
結界の中は、酷く静かだった。
夜のような闇に、星の瞬きが無数に存在する結界。
「油断はしない方がいい。どこから使い魔が襲ってくるかわかったものじゃないからね」
「うん……」
慎重に、結界の中を進んでいく。
キュゥべえの言葉とは裏腹に、使い魔などただの一体も姿は現さなかった。
そのまま、結界の最深部らしきところまで辿りついてしまった。
「ここが、最深部……で、いいのかな」
相変わらず、周囲には何もない。
闇の中に、無数の瞬きが存在するだけ。
最深部の、最奥。そこに、魔女と思われる「何か」がいた。
「あれが魔女だ。油断しないで、小窓!」
「わかってる……!」
足に力を込め、あるのかもわからない地を蹴って急接近する。
魔女がこちらに気付いたのか、自身の体の一部を砕いてその破片を飛ばしてくる。
「っ……と……!!」
冷静にその全てを見極め、破片の全てをナイフで切り落とす。
その間も、駆ける足は止めない。
やがて、魔女を射程圏内に捉える。
「くらえっ……!」
ナイフを両手で持ち直し、渾身の力を以てして振り下ろす。
それは、魔女の体に浅い傷を付けるだけだった。
「………!!」
攻撃を受けた魔女は、急に禍々しい気を纏い始めた。
「まずい、小窓!!離れるんだ!!」
「でも、離れたらまた攻撃出来なくなる……っ!!」
離れたらダメだ。わたしの射程圏内に、留まるんだ……!!
意識を周囲に集中させ、魔女の禍々しい気を全身に感じ取る。
と、少しずつ、少しずつ禍々しい気が分散していってるような気がした。
いや、分散ではない。
わたし自身の、力になってる……!?
「これなら……!!」
周囲に集中させていた意識を、再び右手に握ったナイフに移す。
「わたしは……っ、生きるんだ!!!」
そんな決意の言葉と共に、ナイフを突き立てた。
ピシリ。
硬い外殻に、亀裂が入った。
「あああぁぁぁぁっっ……!!」
先程確かに感じた力を、全て流しこむようなイメージを頭に浮かべる。
亀裂が、更に広がって行く。
「っ……!」
集めた力の全てを流し込んだと思ったわたしは、跳躍してその場を離れる。
魔女の卵のような体が、爆ぜた。
それと同時に、結界も崩れて行く。
「やるじゃないか、小窓!」
「わたし……勝ったんだ……!」
達成感が、心の中にじんわりと広がる。
やった……やったっ……!!
「嬉しいっ……!」
コツン、と。
わたしの足に、何かがぶつかった。
それは、先程の魔女が落としたグリーフシードだった。
それからのわたしは、正に有頂天と言うのが正しかった。
学校では、大好きな凛華ちゃんと過ごすことが出来るし。
夜の魔女退治も、だんだんと楽しくさえなってきていた。
なにより、健康な体が手に入ったという事実が一番嬉しかったのだ。
でも、そんなわたしの新しい日常は。
唐突に、壊されることとなる。
「それでさ、その時……」
「っ! 小窓、危ない!!」
「えっ……」
グラウンドの方から飛んで来たのだろう。
野球のボールが、わたしの右腕目掛け飛んできていた。
「きゃっ……―――」
直撃と、ほぼ同時。
わたしの意識は、急に暗転した。
「―――……ぅん……?」
「小窓っ!?気が付いた!?」
気が付くと、わたしはベッドの上にいた。
見慣れた病室―――ではない。学校の、保健室だ。
「心配したよぉっ……よかった、無事でっ……!!」
「凛華ちゃん……?」
何が起こったのか、全く覚えていない。
「わたし……どうしたの……?」
凛華ちゃんは、何が起こったのかを一から全部話してくれた。
わたしの指輪―――変形させていたソウルジェム―――が、飛んできた野球ボールと一緒に弾き飛ばされたこと。
それと同時に、糸の切れた人形のように倒れ伏したわたしのこと。
気がつかないわたしのところに、その野球ボールを飛ばした張本人が指輪を持ってきてくれたこと。
それをわたしの手に戻した瞬間に、わたしの意識が戻ったこと。
「どこか痛いところ、ない?大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」
「それならよかったけど……」
「ごめん、凛華ちゃん……ちょっと、一人になりたいから……先に、帰っててくれないかな……?」
「? それはいいけど……ホントに大丈夫?」
「わたしなら、平気だから……」
凛華ちゃんの顔には相変わらず疑問符が浮かんでいたが。
何度か確認を取ると、凛華ちゃんは先に帰って行った。
「…………キュゥべえ。いるんなら姿を見せて」
「なんだい、小窓?」
保健室の窓際。そこに、キュゥべえが姿を現していた。
わたしは、キュゥべえに疑問の数々をぶつけた。
それに対し、キュゥべえは全て正直に答えてくれた。
「………じゃ、あ、わたし……は……?」
「なにを驚いているんだい?」
魔法少女の魂。
肉体は、単なる外付けのハードウェアに過ぎない。
それじゃあ、わたしのこの健康な体も……ただの、端末のひとつに過ぎないっていうこと……………?
「………………」
「用がないんなら、僕はもう行くよ?新しい魔法少女候補を探さなきゃいけないからね」
わたしは、それに返事をすることはなかった。
いつの間にか、キュゥべえも姿を消していた。
(………わたしが願ったこと……なんだったっけ………)
目的も何もかもが、闇に葬られた気がした。
わたしが祈ったこと。
健康な体が欲しい。
確かに、それは手に入ったかもしれない。
でも、でもそれは。
(……ただの、端末のひとつになり下がっちゃってるんだ………)
ああ、なんだろう。
この、心の底から滲みだしてくるような感情は。
後悔?諦観?
もう、どうでもよくなった。
(……………)
わたし、どこで間違ったのかな。
ううん、きっとわたしは何一つ間違ってなんかいない。
わたしは悪くない。
それじゃ、きっと他の誰かが悪いんだ。
だって、わたしは、その祈りの対価として、魔女からこの街を守ってるんだ。
それ以上も、以下も、あってはならない。
「わたしは……わたしは間違ってない。誰だ……誰が悪いんだ……」
ぼそぼそと呟きながら、ゆっくりベッドから起き上がる。
そのままフラフラと、当てもなくわたしは学校の外へ出た。
そうしてやって来たのは、わたしが初めて魔女退治をした廃駅。
「……………」
ふと、指輪の状態にしていたソウルジェムを宝石型に戻す。
どす黒くなっていた。いや、最早ソウルジェムですらない。
それは……―――グリーフシードだ。
「これも、きっとわたしは悪くない」
そうだよ、わたしは悪くない。
なら、悪い誰かに八つ当たりしなくっちゃ………。
「あはははは………」
最期の瞬間、わたしの口から漏れたものは。
自分でも驚く様な、冷たい笑い声だった………―――
最終更新:2013年01月16日 05:09