氷見が次に見たのは、地面に這いつくばる鈴と氷架。
鈴「……命乞いはしない……殺すなら殺せ」
氷架「……レイちゃんと一緒なら……何も怖くないもん 」
小さく口を動かした鈴と氷架。
氷見「そう……二人とも仲が良い物ね」
微笑みを見せながら、氷見はそう言った。そして、十数本の剣を召喚した。
氷見「……散りなさい」
そして、無数の剣が降り注ぎ、二人の体を貫いた。体中、生け花の様に剣が刺さっており、鈴も氷架もピクリとも動かなくなっていた。
ほむら(……こんな滅茶苦茶な魔法少女、見た事も聞いた事も無いわ)
ほむらも動揺を隠せない。縄張り争いで戦う事は有るにせよ、惨殺するような魔法少女はまず居ない。
何よりも、魔法少女を確実に仕留められる事は、恐ろしく強い証拠だ。
氷見「……貴女達は、非常に強い魔法少女でしょうね。彼女達に勝てるのは、私だけだと思っていた物ですから……」
氷見は、冷たい眼のまま笑っていた。
杏子「……どう言うつもりで、仲間を殺してるんだ? アンタは……」
氷見「……私に仲間など居ませんよ。彼女達も、所詮駒に過ぎませんから」
さやか「……酷い」
氷見「酷い? 酷いとはこう事を言うのですか?」
氷見はとぼけた様に、答えを返した。
その直後だった。
織莉子「……!?」
キリカ「……え?」
誰もが、眼を疑った。
ほむら「……何時の間に!?」
ゆっくりと前のめりに倒れた織莉子の背中には、ロングソードが突き刺さっていた。地面は、流血で真っ赤に染まって行く。
さやか「解ってる!! すぐにやる!!」
ほむらとさやかは、すぐさま織莉子に駆け寄った。さやかが急いで回復魔法をかけたお陰で、大事には至らなかった。しかし、戦闘出来る程の回復は出来ていない。
そして、愛しの相方を傷つけられたキリカの怒りは、頂点に達した。
キリカ「……お……お、織莉子に何をしたぁ!!」
速度低下魔法を氷見に向け、鉤爪で一気に斬りかかる。
氷見「……あらあら。随分と、気が短いのね」
キリカ「うるさい!! 死ねぇ!!」
キリカは一気に爪で切り裂くべく、大きく振り被った。
同時に、氷見もロングソードを構える。
ガキン、と武器が交錯した。一本のロングソードが、十本の爪を防いでいた。
氷見「……軽いわね」
キリカ「何を!!」
キリカは再度、爪を振りかざした。
キリカ「……!?」
今度は、召喚した二本のソードが爪の軌道を食い止めた。
氷見「飛びなさい」
更に、爪の上からロングソードを叩きつけ、キリカを壁際に吹っ飛ばした。
キリカ「ぐぁ……」
氷見「……散りなさい」
続け様にロングソードを投げつけた。剣は真っすぐに、キリカに向かい飛んでいく。
キリカ(……ヤバい!!)
キリカは反射的に、眼を瞑っていた。
パン、とロングソードが弾き飛ばされた。キリカの脇に、ロングソードが突き刺さる。
キリカ「……!?」
ほむら「皆、下がってて。こいつは、私が仕留めるわ」
紫の弓矢を構えたほむらは、力強くそう言った。
氷見「……貴女から来ますか?」
氷見は、無表情のままそう答えた。
マミ「……暁美さん一人に任せる訳にはいかないわ。私達も、戦う」
さやか「うん……。こんな奴、野放しにしておく訳にはいかない!!」
杏子「見滝原の魔法少女は、甘く無いんだぜ?」
マミ、さやか、そして杏子は武器を構えた。
氷見「……フフ」
杏子「何がおかしい?」
氷見「貴女達は、さぞ友達思いなのでしょうね……。でしたら、こんな余興もよろしいのでは?」
ほむら「……まさか!?」
氷見は、薄気味悪く笑みを見せて、指をパチンと鳴らした。
合図と共に現れたのは、イエスキリストの如く十字架に張り付けられた、まどかの姿だった。
口は塞がれ、手足は縛られている。潤んだ瞳で、ジッとほむら達を見つめていた。
まどか(……皆……ゴメンね)
ほむら「まどか!!」
さやか「まどか……」
ゆま「お姉ちゃん!!」
杏子「てめぇ……やっていい事と悪い事って有るだろうが!!」
マミ「……鹿目さんを人質して、何が目的なの!?」
氷見「交換条件ですよ……」
マミ「交換条件ですって?」
氷見は、冷たい笑みを崩さないで、言葉を告げた。
氷見「今から、貴女達と私一人で、一対一の勝負をしましょう。
一対七では、流石に私も分が悪いですからね。貴女達が、一人負けた時点で……この娘の四肢のどれかを斬り裂きます。五人目からは、体を突き刺します。
最後の一人が負けた時点で、首が飛ぶでしょう。いい条件だと思いませんか?
もっとも、拒否権は有りませんよ? 仮に、拒めばすぐにでもこの娘の体を、肉の塊にしても構いませんから」
さやか「ふざけるのもいい加減にしろ!! まどかは無関係じゃないか!!」
氷見「そう思いますか? 魔法少女に関わってる癖に、自分は魔法少女にならない。百歩譲って、真実を知るから契約しない。これは、さぞ賢い事ですよ。
でも……無理やりにでも契約しなければならない条件になれば、話は変わってきますよね?」
ほむら「……つまり、今がその条件って事ね」
氷見「その通り。彼女が助かる方法は二つ……貴女達が私を殺す。もう一つは、この娘がキュウべえと契約をして私を殺す……」
ほむら(美国織莉子に見えてたのは、この光景だったのね……不覚だわ)
氷見「決して、悪い条件ではない筈ですよ? 仮に、戦う方を選べば、一人目で勝てば良いんですから」
氷見の言葉が、重く伸し掛かった。
QB「天百合氷見……君は復讐を望んで、契約した。だが、無関係な人間を巻き込んで、それが復讐だとでも言えるのかい?」
氷見「……感情の無い生き物が、偉そうに言うな。私の復讐は、終わる事は無い……絶対に!!」
氷見はキュウべえを鋭く睨みつけた。
ほむら「下がって居なさい、キュウべえ。さっき、言ったでしょう……私が引き受けると」
さやか「ほむら……アイツの口車に乗るつもりなの!?」
杏子「そうだぜ……。ここで受けちまったら、向こうの思う壺だ!!」
マミ「暁美さん!! 考え直して!!」
ほむらは、大きく深呼吸した。
ほむら「無理よ。言って聞く様な人間とは思えない。
あんな危ない連中を力付くで押さえつけられる程の魔法少女。もし、その気なら、私達はとっくに殺されてるわ」
マミ「暁美さん……」
ほむら「それに、今この中で勝てる可能性が有るとすれば……私が一番マシよ」
氷見「ほう……」
ほむらの一言を聞き、氷見は感心した様に、口元を吊り上げた。
ほむら「彼女には他の皆の手の内は見抜かれてるわ。さっきの戦いを、何処かで見ていたんでしょうね……。
そうで無ければ、
呉キリカの攻撃を受け止めたり、三国織莉子を奇襲するなんて絶対に不可能だからよ」
氷見「……どうやら、君はかなり頭の回転が速い様だね」
ほむら「どの道、私が勝たなければまどかは傷つくわ。何としてでも、私が仕留めなければいけないのよ」
ほむらは、強い言葉でそう言った。その気迫が、周りの仲間達を黙らしていた。
ほむら「……準備は出来ているかしら」
氷見「……良いでしょう」
ほむらは、戦陣に躍り出て、弓を構えた。
キリカ(……負けるなよ)
ゆま(お姉ちゃん、頑張って!!)
織莉子(……ビジョンが見えてこない。それ程、この結末は不透明だという事なの?)
そしてほむらは、挨拶代わりの一投目を射る。
ほむら「……行け!!」
紫の矢が放たれた。
氷見「甘いですね」
カン、とロングソードが一振りされ、弓矢はあっさり防がれた。
氷見「牽制のつもりです? 挨拶代わりですか? 貴女の力は、その程度じゃないでしょう?」
ほむら「……そうね。今のは、距離感を測った所かしらね」
ほむらは、口元にうっすらと笑みを作っていた。
杏子「……所でさ。今気が付いたけど……アイツ、弓矢なんか使ってたか?」
QB「あの武器は、魔力で作り出した物さ。マミのマスケット銃と同じ理屈だよ」
さやか「それは、ほむらも言ってた。でも、まだ完成じゃないから威力も無いって……」
QB「ほむらの言う完成が、どの位のレベルを言っているのかは知らないけれど……。はっきり言うと、
暁美ほむらの魔力の使い方は天才的さ」
キュウべえは、そう断言した。
マミ「ええ……。暁美さんは魔力で武器を作り出すまでに、二か月しか使っていない」
さやか「しか……って事は。マミさんは、銃を作るまでどれ位かかったんですか?」
マミ「約一年って所ね」
杏子「……マミで一年も?」
QB「マミも魔力のコントロールは、相当に上手なレベルだよ。むしろ、固有武器以外の物を作り出すのは、並の魔法少女じゃ出来ないよ。
現に、マミとほむら以外で、武器を作り出す事が出来る魔法少女は居ないだろう?」
さやか「うん……見た事無い」
QB「大体自分の魔力の保有量の内、さやかで五割、杏子達で七割。マミに至っては九割近くを引き出している。
だけどほむらは、九割九分を使いこなしている。
もっとも、魔力の保有量ではほむらが一番低い分、使いこなしやすくなっていると言う、皮肉な面も有るけれどね」
さやか「どういう事?」
マミ「そうね……。例えて言えば、並のレーサーがF1に乗っているのが私達かしらね。性能の全てを引き出せない。
そして、暁美さんは普通の車に乗ってるF1ドライバー。だから、性能を限界まで引き出していると言う形になるわね」
杏子「……だから、魔力が多少劣ってても、あそこまで戦える訳か」
QB「そういう事さ……」
百聞は一見にしかず。誰もが、ほむらの実力は認めている。だからこそ、今はほむらが勝つ事を信じて、見守るしかない。
氷見は召喚した一本のロングソードを構えた。
氷見「挨拶代わりですよ」
そして、思い切って投げつけた。
ほむら(……撃ち落とすまでも無いわ!!)
金属のぶつかる、鈍い音が建物中に響いた。
氷見「随分と、頑丈に出来ている盾ですね。私の剣で、貫けなかった物は、それが初めてですよ」
ほむら「光栄ね……」
ほむらは、皮肉っぽく言い返した。
氷見「……では、本番と行きましょうか」
氷見は、再び剣を召喚。しかし、今度は一本では無い。少なく見積もっても、両手両足の指では足らない数だ。
ほむら(……何本出してくるのよ)
氷見「何時まで、避けられますか?」
そして、再び剣が宙を舞う。ほむらを目掛けて、無数のロングソードが飛び交った。
ほむらは迎撃するべく、魔力を込めて弓を引く。
ほむら(……狙いは、そこよ!!)
矢は放たれた瞬間に、一気に拡散。飛び交うロングソードを次々と撃ち落とす。
氷見(やりますね……楽しませてくれます)
ほむら(……不味いわね)
ほむらは、内心ではかなり焦っていた。
ほむら(……魔力の容量は、向こうの方が圧倒的に上。この弓の弱点は、燃費が悪いから私の魔力が追い付かない……。力押しになったら、確実に私は勝てない……。
せめて……あの魔法のカラクリさえ解れば……弱点を突ける)
氷見「さぁ……見せて貰いましょうか……」
ロングソードが、次々と召喚される。今度は、さっきの数よりも更に多い。
ほむら(流石にあの数は撃ち落とせない!! どうすれば……)
ほむらの思惑と裏腹に、氷見のロングソードが再び飛び交った。
ほむら(ええい……だったら)
そして、次の矢を射る。
撃ち出された矢は、真っ直ぐに飛んでいく。
氷見「……!!」
氷見の右頬をかすめて、後ろの壁に突き刺さった。
しかしほむらも、数本の剣を受けて大きくダメージを受けていた。
ほむら(芯は外してるけど、結構喰らってしまったわね……。
でも……掴めたわ!!)
何かを読み取った。
氷見(……もしや)
氷見の表情から、笑みが消えた。
ほむら「解ったわよ……貴女の魔法の正体が!!」
氷見「……」
ほむらは、再び弓を引く。今度の矢は、さっきの物よりも、遥かに大きい。
ほむら「……この矢を封じられるかしら!!」
そして、真っ直ぐに射る。
放たれた矢は、氷見を目掛けて真っ直ぐに飛ぶ。
氷見(……小賢しい!!)
氷見はジッと矢の軌道を見据えていた。
ほむら(……かかったわね!!)
ほむらは、ほくそ笑んだ。
氷見が魔力を溜めこんだ瞬間。真っ直ぐに飛んでいた矢は、パン、と拡散した。
氷見「……!?」
炸裂した矢は、氷見の体に突き刺さる。
氷見「ぐぅ……」
致命傷を与えるまでには至らないが、氷見に初めてダメージを喰らわせた。
ほむら「……貴女の魔法は、空間の内の物を動かす魔法ね」
ほむらは、確信を持った顔つきで断言した。
氷見「……」
ほむら「だからこそ、剣を自在に飛ばしたり、矢の軌道をずらしたりする事が可能な代物……そうでしょう?」
氷見「よくぞ、短時間で見抜きましたね……賞賛に値しますよ」
ほむら「伊達に、魔法少女をやってないわ。どんな魔法にも、欠点は有る。そこを突ければ、対処は可能なのよ。
どんな魔法も、発動にはタイムラグが起きる。僅かでも気をを逸らせてしまえば、封じ込められるものよ」
氷見「……大した洞察力です。殺すには惜しい人材ですが……ここで死んでもらうのは確定です!!」
氷見は、ロングソードを二本だけ召喚。
氷見「今度は、簡単に防げませんよ?」
ほむら(……今度は二本だけか。戦法を切り替えたわね……)
氷見「踊りなさい!!」
二本のロングソードは、回転しながら宙を舞う。
ほむら(……まずは右!!)
狙いを定め一本目を撃ち落とす筈だったが、寸前で剣の軌道が動いて、矢を避けた。
ほむら「……!?」
氷見(甘い!!)
そして、左の一本がほむらの腕ををかすめる。同時に、右のロングソードが上から斬りかかる。
ほむら「……くっ」
バックステップで避けると、剣は地面に突き刺さっている。が、今度は後ろから剣が迫りくる。
ほむら「この……!!」
振り向き様に、盾で弾き飛ばして回避。だが、弾き飛ばされた剣は、ブーメランの様に戻ってくる。
更に、地面に刺さって居た剣は、再び浮遊してほむらに向けて斬りかかる。
氷見(逃げ惑う、仔羊……哀れね)
ニヤリと笑みを作りながら、氷見は剣を自由自在に振り回す。
遠隔操作しながら、ほむらを徐々に追い詰めて行く。
ほむら(追尾されると……こっちが攻撃出来ない!!)
ギリギリでかわし、致命傷は避けている。しかし、ほむらはついに壁際にまで追い込まれた。
氷見「もう逃げ道は有りませんよ?」
そして、ロングソードは回転を止めた。ほむらに向けて、真っ直ぐに向けられている。
氷見「……終わりです!!」
一直線に、二本のロングソードが飛ばされた。
ほむら「……!!」
迫りくる剣は、丸でスローモーションの様に見えてしまう。
ドクン、と心臓が高鳴った。
ほむら(……このまま……このまま死んでしまう訳にはいかないの!!)
ほむら(ワルプルギスの夜を倒して……まどかを救う事が出来て……やっと前に進む事が出来たのに……)
ほむら(もう……幸せな日常を手放したくないのに!!)
ほむら(……神様……お願い!!)
ほむら(もう一度……私に奇跡を起こして!!)
走馬灯の様に、脳裏を過ぎる過去の記憶。心臓の鼓動は、加速的に上昇していく。
QB(……ほむらの感情値が上昇し続けている!? 否……魔力の上限も、凄まじい勢いで上がってる……)
理解し難い現象が、ほむらに起こっていた。
ザン、とほむらの腹部を、二本のソードが貫いた。
さやか「……ほむら!!」
杏子「ほむらっ!!」
マミ「暁美さん!!」
キリカ「ヤバい!!」
ゆま「お姉ちゃん!!」
織莉子(……どういう事!?)
まどか(ほむらちゃん!!)
誰もが、終わった。そう思った。
しかし、ほむらは弁慶の様に仁王立ちしたまま、氷見に狙いを定めている。
――カチン。
バシュン。一際甲高く、弓を射る音が木霊した。
全員我が目を疑い、その音が空耳だと勘違いする光景だった。
血を啜ったロングソードは、地面に転がっている。しかし、血を吸われた張本人は、そこに居ない。
杏子(……!?)
さやか(何時の間に!?)
マミ(まさか……!?)
氷見の胸に、深く突き刺さった一本の矢。そして、氷見の真後ろで弓矢を構えている、ほむらの姿。
イリュージョンの如き光景。突然の形勢逆転には、敵も味方も混乱するしか無かった。
氷見「……ぐ……どういう事ですか?」
氷見は、思わず聞いてしまうしか出来ない。
ほむら「秘密……。自分の手の内をわざわざ敵に教えるバカは居ないでしょ?」
しかし、ほむらの衣装は、血まみれだった。夥しい量の血液が溢れ出ている。
氷見「……こんな裏技を隠しているとは、さぞ性格の悪いお人でしょうね」
氷見は、観念した様に呟く。
ほむら「……貴女程では無いわ。このまま、ソウルジェムを撃ち抜いても良いのよ?」
氷見「……ならば、撃つがよろしいでしょう。後ろに回り込まれては、私の体では成す術も有りませんよ」
ほむら「……そうね。だったら……私の好きなようにやらせて貰うわ」
そして、ほむらは弓矢を射る。
パン、と放たれた矢は、氷見の頬をかすめて壁に突き刺さっていた。
氷見「……どういうおつもり?」
ほむら「確かに、貴女の行為は許される物じゃないわ。それだからって、殺しても良い理屈にはならないでしょう?」
氷見「……」
ほむら「それに……一つの道標に向かう為に、他の物を犠牲にする。そうまでして辿り着いた時……残る物は何も無いわ。
一人の力が足りないなら、誰かの手を借りる。決して恥ずかしい事ではない筈よ」
氷見「……只の綺麗事ね」
ほむら「どうとって貰っても構わないわ。私は、まどかさえ返してもらえれば、貴女の命は奪うつもりは無いわ」
氷見は大きく息を吐き出した。
氷見「……君に会うには、私は遅すぎました。……私の負けですよ」
氷見は、そう呟いて、右手をパチンと鳴らした。
張り付けられた紐は解け、まどかの体はゆっくりと地面に下ろされた。
ほむら「……生憎だったわね。一人目で勝てたわ…………」
しかし、ほむらの体は深く傷ついていた。ダメージが限界を超えて、徐々に意識が遠のいてしまう。
そのまま、地面にドサリと倒れ込んでしまった。
ほむらの耳に、かすかに聞こえたのは……。
――ほむらちゃん……。
声が聞こえた。
温かく優しい、親友の声。
光が差し込んでくると、意識はゆっくりと覚醒していく。
ほむら(……?)
光の中でぼんやりと見えたのは、最高の親友の泣き顔だった。
ほむら「……ここは天国かしら?」
まどか「ちがうよぉ……泊まってるホテルだよぉ……」
舌足らずな声で、半泣きのまどかはほむらに抱き着いた。
まどか「無事で……ほんと良かった……。ほむらちゃん、死んじゃったかと思ったもん……」
ほむら「ごめんなさい……。巻き込みたくなかったのに……怖い思いをさせてしまったわ」
まどか「ううん……私は大丈夫だもん。ほむらちゃん達が、助けてくれたから……」
ほむら「……まどか」
まどか「ほむらちゃん……」
さやか「……あのさ、お取込み中良いかな?」
ほむらまどか「……!?」
さやかの一言で、慌てて離れた二人は、頬を朱色に染めていた。
マミ「もう……美樹さん」
杏子「全く、空気呼んでやれよ」
さやかをジトッとした目で見つめる、杏子とマミ。
さやか「だって、このままだと点呼の先生来ちゃうもん」
キリカ「そう言えば、修学旅行中だしね」
織莉子「ともあれ、皆無事なら何よりですよ」
ゆま「zzzz……」
ほむらが気を取り直して部屋を見渡すと、仲間の皆は揃って居た。
ほむら「……あれから、どうなったの?」
マミ「そうね。暁美さんが気絶した所から、話さないといけないわね……」
――昨晩、廃工場にて。
氷見の後ろで倒れたほむらの元に、まどかは慌てふためいて駆け寄る。
まどか「ほむらちゃん!! ほむらちゃん!!」
マミ「大丈夫よ!! すぐに魔法をかけるわ!!」
ゆま「ゆまもやるよ!!」
さやか「三人掛かりなら、助けられるよ!! 私達に任せて!!」
そして、三人は急いでほむらの周りを囲み、回復魔法を試みた。
まどか(お願い……死なないで!!)
まどかは、兎に角祈るしか出来なかった。
一方の氷見は。
氷見「……」
一言も発さないまま、動こうともしない。
杏子「おい……覚悟は出来てるか?」
キリカ「まどかは確かに返してもらった。だけど、織莉子を傷つけた落とし前はつけて貰うよ?」
杏子とキリカは、氷見を挟み撃ちにして、首元に武器を突き立てた。
氷見「……無粋な方たちですね?」
氷見は、ニヤリと笑った。
織莉子「二人とも!! 離れて!!」
織莉子は叫んだ。それと同時のタイミングだった。
スパン、と二本の剣が飛び交った。
杏子「……!?」
キリカ「……!?」
二人の首の側を、ロングソードがかすめていった。
氷見「確かに、あの方と私の勝負は負けています。ですが……貴女達に負けた記憶は有りませんよ?
何なら、二人だけ切り裂いても宜しいですか?」
背筋に寒気が走る程、冷たい声でそう言った。
織莉子「……私達は、人質さえ返してもらえれば、戦う気は有りません。ですから、このまま、私達は帰ります」
キリカ「織莉子……?」
氷見「ええ……向かって来ないのなら、手は出しませんよ。約束します」
杏子「……ああ。アンタを野放しにするのは気が引けるけど……アタシ達じゃアンタには勝てない。魔法を見せられて解ったよ……」
キリカ「……でも」
織莉子「キリカ……。無用な血は流さない方が賢明よ」
キリカ「……うん……解った」
織莉子に言われ、キリカは渋々引き下がった。
杏子(ほむらの奴……あんなバケモノと戦っててのかよ……)
杏子は、氷見の攻撃を受けて、初めてその恐ろしさを理解した。
マミ「何とか、傷は塞がったわね……」
回復魔法をかけて、ほむらは何とか一命を取り留めた。しかし、眼を覚ますのはまだ先になりそうだ。
さやか(……骨だけじゃない、内臓までズタズタ……。こんな傷で良く動けてたよ……。ほむらめ……無茶して)
ゆま「……ふぅ。お姉ちゃん……起きるかなぁ?」
マミ「大丈夫よ……暁美さんは強いもの」
ゆまに笑みを見せながら、マミはそう言った。
織莉子「……治療は終わった様ね。このまま、引き下がりましょう」
杏子とキリカの二人で、意識の無いほむらの肩を支える。
杏子「ああ……。兎に角、ホテルに送り届けないとな」
キリカ「……でも。帰りの電車……無いんじゃない?」
さやか「今夜だけ、ホテルに泊まれば良いんじゃない? 朝一にこっそり出て行けば大丈夫そうだし」
マミ「そうね……。暁美さんの容体も見ないと行けないし……今回は仕方ないわね」
ゆま「……うん」
マミは眠そうなゆまを抱っこし、さやかはまどかを抱き上げた。
QB「君達は、先に行くと良いよ。僕は、ここに残っているからね」
マミ「……そう」
見滝原の魔法少女達は、順番に廃工場から立ち去って行った。
――朝、ホテルにて。
ほむら「そうだったのね……迷惑かけたわね」
さやか「問題無いさ。ただ……あの女が逆襲に来ないか心配でさ」
マミ「キュウべえが残ってるみたいだけど……ちょっと釈然としない点も多くてね」
杏子「正直に言うと、アイツとは二度と会いたくねぇな……。次戦っても、勝てる気がしねぇわ」
織莉子「ええ……。私も同じです」
キリカ「……」
まどか「……」
QB「心配には及ばないよ」
全員「……キュウべえ!?」
QB「ん? 来ては不味かったのかい?」
マミ「そういう訳じゃ無いけど……」
ほむら「現れる時は、何時も突然だもの……。驚きもするわよ」
QB「事後報告は必要不可欠だよ? それに……ほむらの事だけど」
ほむら「……ええ。だけど、正直私が聞きたい位だわ」
QB「君の元々持ってた時間停止の魔法。一瞬だけ復活していたね」
さやか「だから、あの時突然違う場所にいたのか……」
ほむら「正直、無我夢中でよく解らなかった。だけど、自分以外の動きが全て止まっていたのは確かだったわ……」
QB「あの瞬間、君は極限まで感情が高ぶっていた。そして、魔力の方も莫大な増幅を見せていた。
感情の変化とソウルジェムに宿る魔力は直結すると、僕は推測している。言ってみれば、火事場の馬鹿力と言う現象と同じかもしれないね」
ほむら「……随分と、あっさりした解説ね」
QB「事実、それ以外の説明が見当たらないさ。
感情と言う現象は、つくづく説明が出来ない。だからこそ、研究のし甲斐も有るのだけれど。
今回の一件で、興味深いデータを採取出来たからね。感謝するよ」
ほむら「お礼をされる様な物じゃないわ。私は、まどかを助け出したかった。それだけよ」
まどか「……ほむらちゃん」
素っ気ない言葉に、まどかは照れくさそうに笑みを見せた。
QB「それともう一つ。天百合氷見は今の所、君達に関わる事は無さそうさ。ただ、この先彼女の目的は変わらないだろうけどね」
マミ「そう言えば……言ってたわね。復讐は終わらないって……」
QB「彼女が左手と両足を失ったのは、事件に巻き込まれたからさ。
二年前に、中学生が誘拐されたって事件が名古屋で発生した。……その被害者が彼女なんだ」
織莉子「……新聞で読んだ事有るわ。あの胸糞の悪い事件……」
杏子「知ってんの?」
織莉子「かなり有名よ……。中学生が半年監禁されてて、その間にレイプされ続けたって事件。しかも、犯人は地元の不良少年だった……」
QB「その時の怪我が影響して、彼女はあの姿になってしまった。
もちろん、契約の時に復元する事は出来た。しかし、彼女は拒んだよ。怪我が治れば痛みを忘れてしまう、とね。
そして、彼女は僕と契約したのさ……復讐する為と言う理由でね」
キリカ「……そういう話を聞いちゃうと、何かこう……」
さやか「うん……ちょっと気の毒に思えちゃう」
QB「クォーターの面々も、酷いトラウマを持っていたよ。イジメだったり、虐待だったり、親を殺されたり、虎児だったり……。
そのトラウマを超える為に、彼女達は形振り構わず力を求め続けた。故に、凶暴な集団になってしまったのさ。
魔法少女の数が多ければ、それだけ魔法少女の考えも異なるのさ……」
ほむら「……」
QB「多少は異なれど、君達も近い悲劇を見ている。ただ、どうやって乗り越えるかは本人が決める事さ。その点は、僕の付け入る部分じゃない……」
マミ「……」
杏子「……」
織莉子「……」
キリカ「……」
まどか「……」
さやか「……」
キュウべえの一言で、皆沈黙するしかなかった。
自分自身の心の闇を、クォーターとして散った魔法少女達と、照らし合わせずには居られなかった。
一歩間違えば、自分自身も同じだったと。倒した魔法少女は、自分のもう一つの結末だったかもしれないから。
時刻は、もうすぐ朝の六時半を向かえる。
QB「さて……そろそろお開きの時間だね」
そう告げて、キュウべえは真っ先に部屋から消えて行った。
織莉子「そうね……。そろそろ抜け出さないと、不味いわね……」
キリカ「もう、始発の電車も出ている時間だしね……」
杏子「……帰るとするか。今回ばかりは、かなり疲れたわ……」
マミ「……そうね。見滝原に戻りましょう」
寝ているゆまは杏子がおぶって、全員窓からトンズラの準備を始めた。
ほむら「皆が来てくれなければ、今頃どうなってたか……考えるだけで恐ろしいわ。ありがとうね……助かったわ」
さやか「ホントだよ。仲間が居るって、大切だって心底思ったもん」
キリカ「気にするなって。良く言うよね? 一心同体ってさ」
織莉子「……一蓮托生でしょ?」
杏子「はは、間違えてやんの」
キリカ「む……」
マミ「はいはい……揉め事は後回しにして。皆、行きましょう」
そして、それぞれ窓から飛び去って行った。
さやか「はぁ……。今回の修学旅行は、一生忘れられないよ……」
ほむら「ええ……。こんな羽目になるなんて、想像もしなかったから……」
まどか「でもさ……。皆とまた朝を迎えられたもん。それだけでも、私は嬉しいなって思うよ。皆……最高の友達だよ!!」
かくして、見滝原から遠く離れた街で起こった魔法少女の事件。
辛くも潜り抜けたほむら達は、また別の魔法少女の有り方を見つけた。その心に飛来した物は、本人達のみぞ知る所だ。
ちなみに、一晩起き続けていた魔法少女達。杏子もマミも、織莉子もキリカも、ゆまも。帰りの電車で熟睡を続けていた。
そして、さやかとまどか、そしてほむらは、眠たい目を擦りながら、修学旅行最終日に参加するのであった。
――昨晩深夜、廃工場。
工場内に一人残された氷見。そして、片隅で見守るキュウべえの姿。
氷見「……仲間ね」
見滝原の魔法少女達を目の当たりにし、彼女の心の片隅には、そのキーワードが引っかかっていた。
氷見「でも……もはや手遅れ。私には……敵が増えすぎている」
「ああ……その通りだ!!」
氷見「……!?」
ブン、と一振りされた大剣が、氷見の体を斬り付けた。
氷見「ぐっ……やってくれたわね……鈴」
鈴「真正面からじゃ……アンタが相手じゃ敵わないからな。こういう機会を、ずっと待ってたんだ……」
氷見「……油断してたわ。さっき貴女達を切り裂いたのは……幻だった」
鈴「その通り!!」
ズン、と今度は槍が突き刺さった。
氷架「えへへ……。こうでもしなきゃ、レイちゃんと二人で遠くに行くって出来ないもん」
鈴「そういう事さ……アンタの力は強力だからな……。今まで利用させて貰ったわけよ」
氷架「貴女の下に居たお陰で、グリーフシードのストックは増やせたもんね……足を向けて寝れないや」
氷見「……フフ。お喋りしている余裕が有るのですか?」
鈴「くたばりかけてるアンタなら、苦戦はしない……もう虫の息だろう?」
鈴と氷架の裏切りを受け、氷見の体は確かに瀕死の状態だ。
それでも、氷見は笑っていた。
氷見「……ええ。確かに、このままでは私は死ぬでしょう……でもね?」
鈴(……こんな状態でも笑ってやがる……)
氷架(もう……早く死んじゃいなよ……)
氷見「キュウべえ……そこに居るんでしょ? 最後に……貴女の望む姿になってあげるわ!!」
――復讐は……終わる事は無いのよ!!
――パン!!
氷見のソウルジェムが弾けた。
新たに生まれたグリーフシードが、新たな魔女を生み出していた。
QB(……驚いたよ。魔女になっても、君は変わらないんだね。その莫大なエネルギーは、過去を振り返っても相当な数値だ……)
その魔女は、結界も無く使い魔も無い。そして、大きさも人と変わらないにも関わらず、飛び抜けた魔力を持っている。
【摩利支天】の魔女“タナトス”その性質は【不倶戴天】
鋭利な触手が無数に生える。真っ黒な人の影から、その顔は全く見えない。
直立不動のまま、獲物を物色するかの様に頭を動かす。
鈴「魔女になりやがったか……まあいいさ」
氷架「うん……すぐに片づけちゃおう!!」
そして、二人は同じタイミングで、魔女に襲い掛かった。
しかし、触手の速度は見切れない程速く、鈴と氷架を同時に貫いていた。
鈴(……なんだ……これ?)
氷架「い……痛いよ……」
――アハ……アハハハ……
触手が血を啜っている事が解ったのか。魔女は突如として、高笑いを始めた。
そして、無数の触手は、二人の魔法少女を滅多切りにしていく。顔も体も、元が人間だった事が解らないほどに、グシャグシャに斬りつけていく。
地面も天井も、鮮血が飛び散る。
おもちゃを振り回す子供の様に、死体を滅茶苦茶に破壊していく魔女。
QB「……ワルプルギスの夜に続く、厄災の魔女が誕生したね。
否、考えようでは……それ以上に厄介な存在かもしれないね……」
一通り壊し終えると、満足したのか。魔女はこつ然と姿を消したのであった……。
その後。
名古屋や近隣の地域で、謎の連続殺人事件が発生する。
被害者はどれも共通点は殆ど無いが、遺体は何時も身元が解らない程バラバラ、かつグシャグシャに惨殺されていたと言う……。
また魔法少女の間で、その魔女の存在は都市伝説として長く語られる事になる……。
資料となる魔法少女または魔女
最終更新:2013年01月22日 22:47