◇◇◇
「都市伝説?」
「そ。いまけっこー話題になってるみたいよ?」
「あら、そうなのですか? 申し訳ありません、その手の話題には疎くて……」
「いやまあ、あたしもネットで知ったんだけどさ……
流行ってるってのも見滝原でじゃないし、だからこっちじゃあんまり聞かないかも」
「……うーん。それ、話題になってるって言うの?」
「や、だからそっちの街じゃ話題になってるんだよ。
単に噂、ってだけじゃなくて、実際に起きた事件にリンクしてるんだって。
あたしもちょっと調べたけど、本当にその街じゃ何件も変な事件が起きてるみたい」
「え……やだな。何か怖いよ」
「そうですね……確かに、実際に事件が起きているというのであれば……」
「……ん、確かに冗談半分で話す話題でもなかったかな。ごめんね、ふたりとも」
「そ、そんな謝らないでよ! ほら、いつもみたいに元気で能天気で脳みそ日本晴れな――」
「……励ましてるつもりなんだろうけど、言ったなー! 聞き捨てならんぞこいつぅー!」
「きゃっ、ちょ、やめ、さやっ、あはははは!」
「ふふ、相変わらずお二人とも仲がよろしいこと。ところで、噂の街とはどこなのですか?
近場なら、しばらくは気をつけませんと」
「うりうりうり……っと。それもそーか。まあ確かに、県内だしね。
ほら、知ってるでしょ? 何年か前に夭逝したあの"Mystery O"の出身地で――」
◇◇◇
救いようが無い。
一言で言ってしまえば、これはそんな物語だ。
誰しもが希望を求めていて、誰しもが絶望に抗っている。誰しもが自らの幸福を願っていて、誰しもが不幸を払いのけようとしている。
これは、そんな話だ。
それでも、きっと――どれだけ希望を求めても、どれだけ絶望に抗っても、それでも、彼女達に"明日"はない。
次の日を迎えることは出来るだろう。だけど、彼女達には本質的に未来が無いのだ。
だから繰り返すけれど、彼女達に明日はなく、この話に救いようは無い。
救いの無い物語という意味で、これは怪談の一種だともいえる。
その街ではいくつもの都市伝説が囁かれていた。
例えば、暗躍する悪魔仲介業者。例えば、街を闊歩する焼死体。例えば、伝説の歌姫「Mystery O」の亡霊。
その街では多くの噂が蔓延していた。だが、しかし――その陰に、決して口伝には上らない異形の姿もあった。
魔法少女。それが異形の名称であり、この物語の主人公でもある。
◇◇◇
「ここがあの、"ミステリーO"が生まれ育った街……ですかー」
飛行機から颯爽と降り立って、ぽつりと呟く――というようなことをやれれば格好良いのだろうが。
生憎、この足訪市(そくほうし)に空港は無い。それなりに栄えてはいるが、それだけだ。
だから私はこうやって空港からバスと電車を乗り継いでここに立っている。何の面白みも無く。
「いやほんと、何の面白みもない街ですよねー」
切符を改札に通して、駅前のロータリーを見渡しつつ呟いた。
「これなら近場の……なんて言いましたっけ。煮炊川市? 日本語覚えたてで自信ないですけど。
実験的な都市構造してるっていうし、観光にはそっちのが向いてましたかもです」
そう、観光。彼女がこの国に来たのは観光が目的だった。
もっとも、正確に言えば取材だ。彼女はまだ歳若いが優秀な脚本家である。
有名な、ではない。彼女は匿名で執筆している。作品ごとに違うPNを使うため、その知名度は皆無に近い。
それでもなお、こうして彼女が異国にまで足を伸ばして楽しい脚本を創ろうとするのは――血筋、としかいいようがないが。
「ま、いいか。取材は楽しく、つまらない街も楽しく、物語はハッピーエンドに――それが私のもっとーです」
そして、彼女は一歩を踏み出した。足訪市の風に、長い金色の髪をふわりと揺らしながら。
異国からやってきた少女の名前はミュッセ。ミュッセ・リーフィス。
彼女はこうして、都市伝説の蔓延る異形の街に踏み入った。
◇◇◇
魔女という存在がある。
それは人を喰らう怪物。結界に潜み、常人には見えず、抗えもしない化物。
そんな不条理がこの街には存在していた。
例えば、ここに早末の魔女という不条理がある。
その魔女がどんな姿をしているかは分からない。誕生に居合わせた一人を除いて、誰もその姿を見たことが無いからだ。
魔女は己の造り上げた結界に潜むが、その中でも早末の魔女の結界は特殊だった。
それは呪いに満ちた世界である。さながら魔力を奪う蟻地獄。その魔女の巣に飲まれたが最後、待っているのは確実な絶望だけだ。
だから彼女は、早末の結界に足を踏み入れることをしなかった。
「バンッ」
指先から光条が放たれる。軽い調子の声とは裏腹に、その効果は劇的。光の線が、一瞬で魔女の結界を埋め尽くした。
鏡の迷宮に、強力なレーザーポインタを照射すればちょうどこのような光景になるだろうか。
結界の中は複雑な構造をしていた。まるで中世の貴族が住んでいたような城を模した造り。
その中を、狙撃魔法が光速で突き進んでいく。
壁には掠めもせず、曲がり角を律儀に曲がり、階段を昇って、ドアの鍵穴をすり抜けて――
そうして、最上階の大広間で待ち構えていた魔女を、一撃の下に葬り去った。
主を失い消え去っていく結界の入り口から、ころん、とGS(グリーフ・シード)が排出される。
夜。足訪市中心部に位置する繁華街の路地裏。魔女の結界の入り口前で。
魔法少女・天羽つかさはそれを碌に確認もせずに拾い上げ、自身のSG(ソウルジェム)の穢れを吸い取らせる。
あまりにも鮮やかな手管。その姿すら見ることなく、彼女は魔女を倒してみせた。
だがその事実に反して、彼女の顔には退屈の二文字が浮かんでいる。
「……つまんないの。厄介な結界だったから、顔も拝めなかったし。
この魔法は封印だね。ボクの趣味じゃない。全然面白くないや」
どこまでも軽薄な調子で、つかさは黒く染まりきったGSを無造作に投げ捨てた。
「やっぱり真正面から圧倒的な力で無双するのが一番だよねぇ。
まだ朝まで時間はあるし、もう2、3匹狩ろっと」
彼女が望むのは魔女との戦闘。
より正確に言えば『魔女を自分の圧倒的な力で葬り去るという勝利』。
自分が活躍できない現実を嫌い、自分に都合の良い世界を求めた彼女の願いは『最強の魔法少女になること』。
故に、受理された願いは彼女に最強の魔法を与えていた。
もっとも、それが幸福に繋がるとは限らないが。
◇◇◇
希代の脚本家と、非日常に耽溺する愚者。
ある意味で、彼女達は良い組み合わせだったのかもしれない。
真逆の性質を持つ磁石のN極とS極がくっつくようなものだ。
空想の作り手と読み手。供給と需要。彼女達の性質は正反対で、だけど切っても切れない縁だった。
彼女達の邂逅は僅か数週間のものだったけれど、それでもお互いをパートナーと認め合えるくらいには。
二人は希望を求めていて、絶望に抗い、幸福を願って、不幸を払いのけようとしていた。
それでも、その努力が報われることなんてなかったのだけど。