「…どうしよう」
とある路地の、錆び付いた標識の下。
カーキ色のパーカーを着た少女―――霧崎紅は、眉を下げて首を捻った。
彼女がなぜこんな所で立ち尽くしているのかと言えば、迷子だからだ。しかし、ただの迷子ではない。
遡ること数分前。
紅はほんの少し昼寝をするつもりで、草原に寝転がっただけだった。それはいつも通りで異変など全く無かった筈なのに、目を覚ますと彼女は既に“此処”に居た。
「どうしよう…」
再びそう呟いて、俯く。
誰一人として通らない静まり返った道路に、段々不安を感じ始めていた。このまま帰れなくなったらどうしよう…と下唇を噛んだ、その時。
「迷子かァ?」
前方から聞こえた女性の声に、紅は期待を込めて顔を上げた後、眉を寄せた。
何故かと言えば、綺麗なソプラノの声を発した人物がなんとも摩訶不思議な容姿をしていたからである。
声と着用している薄桃色のワンピースは確かに女性のものなのに、二メートル近い長身と、妙に可愛らしい顔をしたうさぎの被り物をしているせいで些か女性とは思えない。
長身の女性は紅の様子からそんな思考を読み取ったのか、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「こんなナリだが私は女だぞ、迷子のお嬢ちゃん」
「えっ、あ…ごめんなさい!」
「ふくく、面白いなァお嬢ちゃん。うちに来るか?」
弱ってんだろ? と続けた女性に、紅は何と返せばいいのか迷った。
頷くべきなのか、首を振るべきなのか。
「…じゃあ、お邪魔させてもらいます」
悩んだ末、紅は女性を見上げ、そう言って笑った。
「ん、オッケー。
私は延暦寺萩。ハギって呼んでくれ」
「霧崎紅…です」
「紅かァ、いい名前だな!」
カツカツとヒールを鳴らして歩くハギに付いて行きながら、紅はどこか期待に胸を膨らませていた。
作者:在原