蝕む

「げっ……」

荒野を歩くフェンリルは苦々しく声を漏らした。前方にある人影を確認したためだ。
フェンリルの認識が正しければ、人影の名前は『井ノ本透伊』。何故か執拗にフェンリルの事を追いかけて来る人間だ。

(ちっ、ここは離れ……ん?)

ここでフェンリルはある違和感に気付いた。あの透伊という人間は、一度視界にフェンリルを捉えれば地の果てまで追いかけて来るような、最早人間とも思えない人間。この距離なら確実にこちらが見えている筈なのに、こちらに駆けてくる素振りを全く見せなかった。

(何だ?こっちが見えてねえのか?)

止せばいいのに、と自分でも思いながらフェンリルは透伊に近付いていった。



フェンリルが近付いても、やはり透伊はこちらを見向きもしなかった。というより、先程から全く動いていない。身動ぎ一つせずに、ただそこに立っていた。
これはおかしい。フェンリルはそう思い、意を決して透伊に声をかけることにした。

「おい、お前こんな所で何して……」

そこまで言って、フェンリルは硬直した。

透伊はその目から涙を流していた。泣いていたのだ。
だが、声を漏らさず嗚咽するでもなく、ただただ虚ろに何処かを見つめる双眸から雫を流すだけだった。

フェンリルの背筋にゾワリ、と何かが走る。放っておいたらまずい。理由は分からないがそう直感し、透伊の肩を揺らした。

「おいどうしたんだ!しっかりしろ!おい!!」

しばらくしてから、透伊の瞳に光が戻る。

「えっ……わ、フェンリルたん。どうしたんですか?」

「どうした、って……お前……」

透伊は今まで自分がどうしていたのか、分かっていない様子だった。自身が泣いていることにも――――

「! おい、お前何で泣いてたんだよ」

「え?……うわ、本当だ」

フェンリルの言葉を受けて、透伊は自身の目元に触れる。透伊は自分の顔が濡れていることに驚き、白衣の袖で顔を拭っていた。

(何で自分で気付いてねえんだよ)

「あはは、目がゴミに入ったのかねー」

「逆だろ逆」

笑いながら軽口をたたく様子は、いつもの透伊と何ら変わりは無い。だが先程までの透伊を見たせいか、透伊の表情に翳が見えたような気がした。

「んじゃ、俺もう行くね。機材ほったらかしにしてるから」

ばいばい、と手を振って走り去って行く透伊を、フェンリルは立ち尽くして見送ることしか出来なかった。

 

作者:邪魔イカ

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最終更新:2014年05月19日 18:09