おなか、すいた。
ポツリと呟いた言葉は誰かに聞かれることもなく、澄んだ青空に吸い込まれた。
多少の空腹ならば堪えられる自信がある彼女―――基、夕月。現在もそこまで酷い空腹ではないのだが、見たことの無い土地に一人きりのこの状況では寂しさも相まってか言葉を発せずにはいられないようだ。
否、正しくは一人きりではない。
夕月の家族とも言える存在である、シェイルも共に此処に来ていたのだ。
…まあ、“来ていた”というよりは“飛ばされた”に近い状況だったが。
そんな彼はつい数分前に、
『少し、辺りを見て来る。あ、夕月は此処で待ってろよ!』
と、言い残し、東だか西だか南だか北だかの方向に駆けて行ってしまった。
率先して状況を確認しに行くとは流石夕月の兄的存在だ、と褒め称えられるはずのこの行動がどうやら当の彼女は不満らしく、“やっぱりついて行けば良かった”と先程から何度も零している。
ぐう。
そんな夕月を小馬鹿にするかのように、情け無く腹の虫が鳴る。彼女は自身の腹を睨み、溜め息を一つ。
「…おなか、すいた」
再び同じ言葉を呟いた彼女の上に、突然大きな影がかかった。
それと同時に、“何か”が大の字に寝転がる夕月の顔を覗き込む。
「腹、空いてんのか?」
白いうさぎのマスクの下から三日月型に吊り上がった口元だけを覗かせ、楽しげにそう訊ねてきた人物―――恐らく女性であろう彼女を見上げ、夕月はこくりと頷く。
素直な反応をした夕月を気に入ったのか、女性は暫く首を捻った後、よし!と立ち上がった。
「ウチに来ねェか? …最ッ高に美味い飯、食わせてやるよ」
最高に美味い飯。
夕月はその言葉を頭の中で反復し、涎が垂れそうになるのを我慢しながら頷こうとして、動きを止めた。
「…シェイルと、一緒でもいい?」
「シェイル? 友達か?
別にいいぜ。お前面白そうだし…多分その友達も面白ェんだろうなァ」
けらけらと笑い夕月の言葉を肯定した女性に、夕月はふと、懐かしさを感じた気がした。
作者:在原