さくらんぼ(鞠サイド)

「お姉さん、迷子?」

後ろから声をかけられ、驚きながら振り向く。
――しまった。ここには誰もいないと思ってたのに。
声をかけてきた少女は、さくらんぼを彷彿させる髪型をしていて、服や手袋にもさくらんぼを模した飾りがついている。おそらく、よほどさくらんぼが好きなのだろう。

迷子だと思われているのはまずい。わざわざ声をかけてくるような子だ、とても親切で、思いやりのある子なのだろう。
ただ、だからこそ、下手な嘘では、迷子なのを誤魔化している、ととられかねない。
しかし、本心は言えない。本音は『私を構わないで、どこかへ行ってほしい』、なのだが、この子を傷つけてしまうかもしれない。
かといって、うまい言い訳が見つかるでもなく、「あー」とか「えーと」と、口ごもり、視線を彷徨わせ、挙動不審になってしまう。

まずい。ますます迷子だと思われてしまう。
はやいとこどうにか切り抜けないと――そう思って頭を回転させていると、左手に持った刀が話しかけてくる。

『何悩んでんだ?斬っちまえばお前ひとりになるだろうが』

またこれだ。人が一生懸命考えている最中に、何を言ってるんだこいつは。
殺戮衝動の塊のこいつに、いつも以上に腹が立ち、思わずその刀、狂骨を睨み、

「…うるさいな、黙ってろよ」

と言っていた。言ってから、目の前に少女がいたことを思い出す。

「?」

きょとんとした表情の少女。対して、今まで以上に狼狽する私。

「別にそういうわけじゃ…! ってあああ、ちが、違う。違うから…違うの、本当に…」

自分に言われたと傷ついているだろうか。それとも、刀を睨みながら独り言を言った私を変に思っているだろうか。
首を振りながら、必死に否定する私の様子がおかしいのか、げらげら笑っている狂骨。

「お前のせいだろうが!」

そう叫びたいのをこらえ、再び言い訳を探していると、不思議そうな顔をしていた少女が、何か納得がいった、というような顔をして、話しかけてきた。

 

「その刀さんと、お友達なの?」

瞬間、目を見開く。そして、無意識に、口元が歪む。
私の心情がわかってか、狂骨の笑いが止んだ。

「…友達なんかじゃないよ」

涙こそ出てこないが、声が震えている。
あぁ、泣きそうなんだ。
涙が出ないのは、涙が枯れ果ててしまったからなのか、それとも、少女がいるからなのか。
こんな表情をしていたら、少女が気に病んでしまう。しかし、今の私には、感情を抑える余裕がない。
そんな私の様子に気を遣ってか、少女が再び口を開く。

「お姉さんの目、さくらんぼみたいで綺麗だね!」

「……さく、…?」

思いがけない言葉に、再び硬直してしまう。
そんな私の様子を見て、先ほどよりも少女が慌てているようだ。
きっと、話題転換のために言ってくれたのであろうに、申し訳ない。
自分の不甲斐なさと、懐かしい言葉に俯き、自分の目をほめてくれた少女に、感謝の言葉を告げる。

「…え、」

……思ったよりも小さな声になってしまった。少女に聞こえただろうか?
それでも、もう一度言う勇気も、これ以上会話を続ける勇気もないため、小さく聞き返す少女に、

「……あと、私、迷子じゃないから。…じゃあ、ね」

とつづけ、背を向けて歩き始める。
いつもなら、すぐに『なんで斬らないんだよー』などと不満を漏らす狂骨も、今回は何も言わないのが、少し奇妙でもある。
――さくらんぼ、か。

『あんたの目、さくらんぼみたい。いいなぁ』

『お前、綺麗な髪と目だな……そんなに自分の容姿、嫌うことねェんじゃねェの?』

昔、言われたこと。一つは、ただ一人の親友。もう一つは――――。

『そんな昔のこと思い出してんじゃねェよ』

少し感傷に浸っていると、狂骨が話しかけてくる。

「いいじゃん別に」

珍しく口角があがる。
そんな私に、機嫌を悪くしたのか、いつものように人を斬れ、という類いの不満が始まる。
きっと死ぬまでこうやって生活するんだろう。
もちろん辛いし嫌だけど……そればっかりじゃないんだろうな、これまでもそうだったように。

 

作者:銀

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最終更新:2014年05月22日 17:30