激しく攻めるもう一人の透伊に、透伊は防戦を強いられていた。状況は拮抗、否―――
(押されてる……俺の方が?)
じわじわと焦りに似た感情が透伊の心をざわつかせる。しかし考える暇を与えまいと、もう一人の透伊はナイフを投擲してきた。
「くっ……!」
足を振り上げナイフを払い、後ろに跳び退って距離を取る。それを見て、どうにも進まない状況に痺れを切らしたのか、もう一人の透伊は大きな溜め息を吐いた。
「あーあ……やっぱ駄目だな」
冷ややかに見下すような目でもう一人の透伊が言う。
「何……?」
「この世の全ての謎を解き明かすとか言ってさぁ、なーんも分かってないじゃん」
もう一人の透伊はクルクルと弄んでいる。余裕の表れといったところか。如何せん自分と同じ姿形をしてるので余計に腹が立つ。パシッ、と弄んでいたナイフを掴み続けた。
「なんにも変わってないよ。『アイツ』が死んだ時とさぁ」
ドスッ
「あ……?」
生々しい音が響き、もう一人の透伊が小さく声を漏らす。透伊の脚が、もう一人の透伊の腹を貫いたのだ。驚愕の表情を浮かべワナワナと震えるもう一人の透伊を見つめ、ケロリとした声で言い放つ。
「お前やっぱ俺じゃねーわ。だってさ……」
ズルリ、と脚を引き抜き、崩れ落ちるもう一人の透伊の髪を掴んで上を向かせる。
「『俺』が『アイツ』の事を、軽々しく口に出す訳ないだろ」
もう一人の透伊に、ピシ、を亀裂が走った。
作者:邪魔イカ