「!」
“おかあさん”
紙に書かれた言葉を目にした瞬間、いちごの顔から笑顔が消えた。周りの喧騒が遠ざかっていくような感覚の中、呆然とその紙を持ったまま立ち尽くす。
母親が居ないわけではない。確かに彼女、木原いちごの母親は存在している。しかし両親は海外に長期出張していて居ないも同然なのだ。
どうしよう。
中途半端な笑顔で身動き一つしないいちごを心配して、担任である谷先生が彼女に声を掛けようとしたその時、何かが此方に走ってくるのが見えた。
「いちご!」
うさぎの被り物をした人物―――基延暦寺萩はいちごに駆け寄るや否や、腰を掴み彼女を抱え上げた。所謂お姫様抱っこというやつだが、いちごは突然の出来事に頭がついていかずただ瞬きを繰り返している。
「ヒャッハー、いッくぞォオラァア!」
「…ふふ、きゃはははっ、いけいけー!」
そう言うなりゴールに向かって駆け出すハギの腕の中で漸く状況が飲み込めたのか、いちごは楽しそうに笑い声を上げた。
「おう、ろっとちゃん! 私といちごの勇姿、ちゃんと撮ってたかァ?
…ってお前、その手に持ってる消し炭みてェなのはなんだ…?」
「……ごめん。カメラ、爆発した」
「………」ブクブク
「は、ハギさんッ、しっかりしてください! 私が写真撮りましたから! 気をしっかり! あああ口から泡が!」
作者:在原