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アリス「待てオパールっ!!!」
大して広くもない部屋の中、魔女は黒猫を追い回していた。
アリス「私のプリン返せえええええ!!!」
原因は、黒猫のオパールがアリスのとっておいたデザートを食べてしまったことだった。やがて始まる追いかけっこ。いつもの光景。
オパールは、その小さな体と俊敏な動きを駆使してちょこまかと逃げつづける。ある時はタンスの上へ、ある時はベッドの下へ。しかし所詮は狭い室内だ。いつの間にかオパールは部屋の隅へと追いやられてしまっていた。
オパール「……!」
アリス「もう逃げられないわよ? 今日こそはたーっぷり可愛がってあげるから覚悟しなさい?」
アリスは勝ち誇った表情を浮かべ、オパールに近づいてゆく。だが、捕まえようと手を伸ばしたとき、突然部屋全体が輝き出した。
アリス「えっ……何?」
瞬く間に部屋は明るさを増し、やがて彼女達は目も開けられないほどの強い光に飲み込まれた。
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アリス「うーん……」
荒れ果てた街の真ん中で、アリスは目を覚ました。
アリス「何なの……ここ……」
アリスは周囲を見渡した。本当にひどい荒れようだ。おびただしい数の瓦礫があちこちに転がっている。鉄筋がむき出しになった家屋らしきものがいくつか残ってはいるものの、ほとん
どはただのコンクリート片に成り果てていた。まるでここで戦争でも起こったかのようだ。この場に人でもいれば状況を尋ねることも出来たのだが、あいにく近くに人がいる様子は全くなかった。
ふと視線を落とすと、一匹の黒猫がこちらを見上げていた。
アリス「オパール!!」
アリスは安心した声でそう呼んだ。彼はアリスの飼い猫である。普段の彼なら基本的に一人でいることを好み、自分から彼女の近くに寄る事などほとんどないのだが、今回は彼女のそばを離れようとしない。彼もまた、この異様な状況に戸惑っていたのだった。
アリス「……よし、ちょっと歩いてみるか!」
オパール「ニャ」
こうして一人と一匹は、荒れ果てた街の散策を始めた。
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どれくらい歩きまわっただろうか。頭上にあった太陽は、もうかなり傾いてしまっている。それでも景色はほとんど変わることなく、ただ荒れ果てた街がどこまでも広がっているだけだった。
アリス「ホントに誰もいない……これ、本格的にやばいんじゃないの……?」
アリスが不安げにそう呟いたとき、何かに気付いたオパールは突然後方の壁を睨みつけ、毛を逆立ててうなり声をあげ始めた。
オパール「フーッ!!」
アリス「……!? 誰かいるの?」
一瞬の沈黙の後、壁に隠れた人物はその姿を現した。
女「ッチ、勘のいいチビ猫だぜ…」
そう呟いて出てきたのは18、19くらいの女だった。鮮やかな紫色の髪を後ろで束ね、特徴的な赤い瞳はじっとこちらを見つめている。アリスは人がいたという事に安心し、現れた女に声をかけた。
アリス「よかった、人がいる! ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
言い終えるより早く、女は無防備なアリスに素早く近づくと、そのまま強く蹴り飛ばした。
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アリス「きゃあっ!!!」
思いがけない攻撃に全く反応できず、彼女の身体は崩れた家屋に叩きつけられた。
オパール「フシャーッ!!」
オパールは、その小さな身体で女に飛び掛かった。しかし女はそれを片腕ではねのけると、パキパキと指を鳴らしながら言った。
女「何も知る必要はねえぜ…てめえはここで死ぬんだからな」
アリスはゆっくりと立ち上がった。
アリス「痛てて……。こうなったら戦うしかなさそうね……オパール!」
オパール「ニャア――ッ!!!」
オパールは再び女に飛び掛かり、腕に噛み付いた。
女「痛っ……!放せコラ!」
オパールはすぐに振り払われた。だがすぐに体制を立て直すと、今度は足に噛み付いた。
女「ッ……こいつ……!!」
女の注意がオパールに向いた瞬間を逃さず、アリスは魔法を放った。
アリス「『 パンプキン・ファイア 』!!」
噛み付いていたオパールはアリスの声が聞こえた瞬間に素早く女から離れ、アリスは手にした杖の先から、ハロウィンのカボチャを模した巨大な火の玉を生み出した。彼女が杖を一振りすると、火の玉は女に襲い掛かった。
女「!!」
火の玉は見事女に命中し、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら爆発的に燃え上がった。高さ3メートルはあろうかというその炎は、女を包み込んだまま激しく燃え続けていた。
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アリス「ちょっとやりすぎた……かな? ……ううん、こうしなきゃこっちがやられてたんだもん、仕方ないよね! うん、私は悪くない。正当防衛正当防衛」
アリス「…オパール、大丈夫?怪我はなかった?」
オパール「ニャ」
女「 この程度で勝ったつもりか? 」
まだ激しく燃える炎の中から、女が現れた。女の衣服にはまだ火が残っていた。…いや、正確には違う。"炎を身に纏って"いたのだった。
アリス「効いてない!?」
アリス(というか……さっきより魔力が強くなってる……)
アリス(こんなことが出来るのは……でも、まさか……?)
不敵な笑みを浮かべながら女はゆっくりと近づいてくる。悠長に考えている時間は無かった。
アリス「……まさかあなた、"フェンリル"?」
女「…………!」
その言葉に女はピクリと反応し、そこで足を止めた。
アリス「フェンリル、伝説の悪魔。灼熱の炎を身に纏い、あらゆる魔力を喰らう。そう言い伝えられている」
女「……」
アリス「炎を纏ったあなたの姿。そして、攻撃を受けたのに魔力が回復したという事実。まるっきり伝説通りだわ」
女「……」
アリス「でももしそれが本当だとしたら、今もどこかの岩山に封印されていることになっていたはずだけ―――」
フェンリル「ああそうだ、俺がフェンリルだ」
言葉を遮るように、女は言葉を発した。
フェンリル「……だったら、どうする? お前は魔法を使うようだが、俺に魔法は効かねえ。俺の正体を知ったところでお前に勝ち目はないぜ」
アリス「……確かに今の私にあなたを倒す力はない」
アリス「でも、策はある!」
フェンリル「ハッ、出来るもんならやってみな!!」
言うが早いか、フェンリルはアリスめがけて飛び掛かった。
アリスはそばにいるオパールに目で合図を送ると、即座に魔法を唱えた。
アリス「『 ブラック・スモーク 』!!」
杖から放たれた黒い魔力の弾が、一直線にフェンリルに向かっていく。
フェンリル「効かねえって言ってんだろうが!」
フェンリルは攻撃を弾き返そうと、魔力の弾を叩きつけた。だが衝撃を受けた弾はその瞬間勢いよく破裂し、辺りに黒い煙幕を撒き散らした。
アリス「今よ!オパール!」
フェンリル「!!」
煙はすぐに広がりフェンリルの視界を奪う。今攻撃されてしまえば、それを防ぐことは不可能に近い。それでもフェンリルは、どこから来るか分からない攻撃に対して最大限に警戒した。
フェンリル「……?」
しかし、何も起きる様子はない。視界を確保するため、彼女は右手に力を込め、思い切り地面を叩きつけた。激しい衝撃とともに風圧で煙幕が晴れる。
だが、そこにアリスとオパールの姿は無かった。
フェンリル「…ックソ、逃げられたか!」
彼女は近くにあった壁を殴りつけた。衝撃音が人気のない荒地にむなしく響く。彼女は小さく舌打ちをすると、苛立ちながらも場を後にするのだった。