この世界で1番高い位置のビルの一室。
広間を持て余すかのように、モノトーン調のじゅうたんが床に一枚。
横長の机が一つ。
と、そこに並んで突っ伏し、暇を持て余す大人が二人。
「今日は一日平和だねサクラちゃーん。」
「そうですねチヒロちゃーん。」
「・・・サクラちゃんじゃなかったら怒ってるよ。めっ。」
「すみません。」
モソモソとのんびり流れる時間を楽しむ大塚とその補佐役サクラ。
机に俯せたままの横着な会話を続ける。
「しかし暇ですね。」
「そうだねー、散歩でもするかい?」
「外は外で危険です。」
「あぁ、そだね。・・・お、また誰か飛ばされてきたみたいだ。言弁の地区。」
「いつも思うんですが、それ何で分かるんですか。」
「秘密。あとで様子見に行こう。」
「・・・散歩したいんですね。」
「うん。」
今日は本当に珍しく平和な日だ。
一人飛んできたとは言え、新しい者との出会いは個人的には楽しいイベントだ。
飛ばされた側からしたら大迷惑だろうけど。
世界の連中もきっと今日はのんびり過ごしているだろう。そんな気がする。
天気も良い。んだと思う。まだ外見てないから分からないけど、そんな気がする。
見覚えのある空色。
あの時の空の色に似てる
気がする。
ーーーーーーー
・・・・・
意識が戻り、まず見えたのは一面の青。
ここはビルの屋上。
俺はなんだ。
今まで何をしていた。
ここはどこだ。
自分の性格さえハッキリしない。
思い出せるのは名前だけ。
大塚
下は千尋。
女性的な名前に嫌悪感があったのも思い出した。
例えようのない恐怖感と目眩で脚がふらつく。吐き気もする。
屋上の格子に手をかけて景色を見渡した。どうやらここがこの街で一番高い建物のようだ。
点々と建ち並ぶ建物からは、生き物の息づかいが一切感じられない。
独りだ。
肌を掠める涼しい風、雲一つない空の青が気味悪い。
状況を飲み込むことはできなかった。
夢か、現実か。
全部俺の妄想か。
幻か。
そうだ、いっそ全部幻であってくれたら嬉しい。悪い夢なら早く消えてくれ。
消えろ
消えてくれ。
呟いた瞬間。
先程までの空虚な街、青い空。
全てが消え失せ、世界が白くなった。
確かに自分が見ている世界。
一度目をぎゅっと閉じる。
突如現れた虚無から逃げられるよう願いながら、少しずつまた目を開くと、また生気の感じられない街が視界を統べる。
これは何かのマジックか。
だとしたら誰が見せている?
ーー訳が分からない・・・
激しく混乱するが、
呟きは冷たい風に掻き消された。
・・・・・
ーーーーー
「・・・・。んお?」
「あ、起きた。おはようございます。」
いつの間にか寝てたみたいだ。まだボンヤリしている頭を上げると机の正面にサクラが立って、顔覗いている。
寝起きの気分が非っ常に悪い。思い出したくない夢を見ていた気がする。
「軽くうなされてましたけど、大丈夫ですか?夢の中までは助けに行けないのでどうしようかと・・・。」
「あはは、大丈夫。夢、忘れちゃったよ。」
終始座った状態で固くなった腰をやっとあげて伸びをする。その直後、部屋の扉が勢いよく開けられる。酷く疲れた様子で呼吸を荒げている言弁だ。
「おぉ言弁。どした」
「どしたじゃない・・・。さっき飛ばされてきたやつとの能力の相性が最悪だ・・・。かなり暴れてる。とてもじゃないが俺じゃ収集がつかん。どうにかしてくれ・・・。」
連絡しても出ないし、とため息混じりに文句を漏らして、床に座るもう一人の補佐役の男言弁。
「あらまー、遠距離かー。お疲れさん。」
「千登世呼びますか?」
「私ならもういるよー!遠距離なら任せてよ!ねえ私行っていい?久しぶりにぶっ放していい!?」
サクラが携帯を取り出してすぐに言弁が開けた扉からひょっこり顔を出す千登世。その目は子犬の様に輝き、期待の笑顔。尻尾が付いていたらちぎれんばかりに振っていただろう。
「おー、久しぶりに行っていいぞー。手強いみたいだけど、新入りちゃんにでっかいお灸を据えておいで。殺さない程度に。」
「わーい行って参ります!」
にっこり笑って敬礼をして、早速駆け出して行った彼女と入れ代わるように、扉を通ったのはポリシア。手には中ぐらいの白い箱。背中から生える手が扉に引っ掛からないよう器用に部屋に入る。
「あーぁ、可哀相、新入りさん。言弁さん救急箱持ってきましたよ。」
「悪い。」
ガーゼ、テープ、消毒液を手際良く取り出し言弁の軽い傷の手当てをしていく。
轟音と共に軽く床が揺れる。おそらく千登世のバズーカ。
「あれ、今何時?」
「まだ9時頃ですよ。」
「そんな時間に居眠りしたのか俺。やっぱり今日も忙しそうだ。」
「千登世の後を追いましょう。」
「散歩。行って来ようかー」
「大塚寝てたのかお前。呑気なこと言ってるから俺が・・・。」
「・・・。はい、手当て終わりました。」
「あ、黒煙が・・・。千登世が、じゃない新入りが危険です。」
いつも通りの空気、このやり取り。
この世界が幻でも
俺は、嫌いじゃないよ。