左目を失い、警官の仕事を辞めて数ヶ月が経った。何とか怪我も癒えて退院し、落ち着いたからと知り合いの探偵事務所に勤め始めて一月(ひとつき)。元警察というキャリアを活かし、それなりに案件もこなした。
それだけだ。ただ、それだけ。
警察を辞めたあの時から、行く先も分からず行く宛もなく、目的も分からず目標もなく、ただ『生きているだけ』だ。
そんな色の無い世界でも時間は無常。この事務所に足を運んで来る者がいないわけではない。
無音だった部屋に、ノックの音が響いた。
「では、早速ご用件を」
結の向かいのソファーに座った大柄な男は、その言葉を聞いた後、大きな封筒を取り出した。
「ある人物を探して頂きたいのです」
人探しの依頼か。別段珍しい訳でもない。先々週も一件こなしてきたばかりだ。男は封筒の中から一枚の写真を出し、結に見せた。
(こんな子供を………?)
写真に写っていたのは、白衣を着た人物。年はよくて十代半ば、顔は中性的で幼い少年の様だ。肌や髪の色は薄く、瞳の漆黒がぽっかり空いた穴の様に目立った。写真の下には『井ノ本
透伊』という人物の名前が書いていた。
「では、この方を探して欲しいと?」
「ええお願いします。ほんの少しですが、こちらを」
男はそう言うとアタッシュケースを差し出した。ケースを開けると、どこがほんの少しなのか分からない程の大金が詰められている。
「どうぞ遠慮なさらず。私達は彼女を見つけて頂ければそれで良いので」
男は結が何か言う前に、「では失礼します」と足早に出ていってしまった。
正直、金にはあまり興味が無い。生活に困らなければ良いのだ。
結は溜め息を吐いて、行き場のなくしたアタッシュケースをとりあえず部屋の隅に置いた。そして、テーブルの上に置きっぱなしだった『井ノ本
透伊』の写真を手に取る。
依頼は依頼だ。
(聞き込みにでも行くか)
結は手早く荷物をまとめ、写真を持って事務所を後にした。