缶コーヒーの中は別世界でした

作者:わんこ

 

缶コーヒーの中は別世界でした。さすがダ○ドー。

ぐるりと辺りを見回す。ボロい事務所は跡形もなく消え、代わりにコンクリートの瓦礫がそこかしこに散乱していた。

「すげー、大地震でもあったんか」

人っ子ひとりいない中、他人事のように呟く。

「ふーん」

鼻を鳴らすと、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつける。こういう時はまず落ち着かんといかんのだ。

どーすっかな、などと考えながら紫煙をくゆらせて遊んでいると。

「ねぇ」

背中にかけられた、可愛らしい声。

振り返ると、真っ赤な服に身を包んだ少女がこちらを見ていた。

「……子供? お嬢ちゃん、どっから来たんだい?」

「ねえ、さっきの丸いの。どうやるの?」

こっちの質問には答えず、少女は真ん丸な目を開いて不思議そうに問いかけてくる。どうやらタバコの煙で輪を作ってたのが気になったらしい。

「いやそんなことよりも……まぁいっか。ほれ」

なんか話通じなさそうなので諦める。タバコの煙を肺に含むと、金魚みたいに口をパクパクさせながら煙を吐き出す。

「うわぁ! すごいすごい!」

それだけでパチパチと手を叩いて喜ぶ少女。壊れた街の中でタバコを吸う俺と、俺を見る少女。何この図。

「おじちゃんすごいね! 煙でドーナッツ作れるんだ!」

「おじちゃんじゃないぞ、山田さんだ」

「山田のおじちゃんすごい! あたし緒都っていうの! ね、もっと遊ぼ! 遊ぼ!」

ころころ笑いながら手を引っ張る少女。ていうかなんでそんな力強いの。怖。

「いや、山田さんはそろそろ家に帰りたいんだけどな~……って」

緒都の背後に、人影。

「うわッ!」

思わず身を引くと、それは瞬時に距離をとって俺と緒都の前に対峙した。

「おっふぅ……私したことがしくじるとは。いやはやどうしたものか」

着崩したワイシャツに、縞模様のお面。体をクネクネさせながらしゃべる姿は、不審者そのものだった。

 

「なんだおまえー!」

仁王立ちで緒都が叫ぶ。俺が言おうとしたことを先に言われたので、俺は緒都を盾にしながら「ナヲナノレー」と呟いた。

「これは失礼。私、下着ドロ太と申します。早速ですが、あなたのおパンツ、頂きに参上致しました!」

ビシッと指を指してポージングするドロ太。正真正銘の変態だ。

「うっさい! あっちいけー!」

またも言うつもりだった言葉を緒都に言われたので、俺は「カエレー」と囁いた。

「ええ、帰りますとも。その珠玉のお宝を頂きましたらね!」

「山田のおじちゃんのパンツは渡さないよ!」

「俺の!?」

そう叫んだのと、ドロ太の姿が消えたのはほぼ同時だった。

「な、速ッ……うげぁ!」

目を見張る間もなく、背後から衝撃を受けて地面に倒れる。

慌てて立ち上がろうとするも、体が動かない。いつの間にか体中を紐で縛られていた。

「ていうかなぜ亀甲縛り!?」

数秒遅れてびっくりする。

「ひゃあああん!」

突如、叫び声が耳に突き刺さる。

慌てて上半身をひねり、振り向くと。

「ふぅー……。山田のおじちゃんの真似ー」

半裸で縛られてもがくドロ太と、その上に座り不敵な顔でタバコを吸う緒都。違う、あれタバコじゃなくてじゃが○こだ。

「あれ? さっき可愛い声で『ひゃあん』って言ってたのは」

「私ですね」キリッ

「お前かよ!」


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「解いて下さい! 私は今晩行かねばならないところがあるのです!」

 小さな橋の上、俺はぐるぐる巻きにされたドロ太を冷ややかな目で見ていた。

「……どうする?」

 俺は隣で髪を指に絡ませて遊んでいる緒都に尋ねた。

「山田のおじちゃんの好きなようにしていいとおもう!」

「ふーむ、そうか」

 あっけらかんと言う緒都。紅いツインテールが揺れ、さらりとした甘い匂いが漂う。もう少し成長したら逸材になるな、うん。

「いや、今からでもジュニアアイドルとしてデビューさせるのもありか……。その手の客には需要がありそうだし」

「え、何?」

「ふふ、大人の話だよ」

 首をかしげる緒都の頭をなでた後、俺は再び足下の変態に目を落とした。

「さて……下着ドロ太といったか? 金輪際こんなゲスい事しない、と誓うなら助けてやるが」

 芋虫みたいな動きが止まった。

「ゲスい事、ですか」

「ああ。人の下着を盗むな、ってことだ」

 俺に言わせれば下着や水着なんてものは商売道具でしかない。

 だからドロ太が憤然として言い返すとは思わなかった。

「何を言っているのですか! 女性の身につけた下着こそが金銀に勝る至高の宝だということをあなたは理解していないのですか! ただの小さな布の塊と思うことなかれ、先程まで秘部に触れていたそれはあまねく全地の漢のロマンであり命を賭して手に入れる価値のあるものなのですよ! それを“下衆”などと……全てのおパンツ、いや全ての女性に対する冒涜ですぞ! 今宵もアリス嬢の秘密の花園を覆う至高の宝を……あっ、やめて」

 反省の色がなさそうなので、俺は何も言わずに足に力を入れた。

「うわああああああ!!」

 ハムみたいに縛られたまま、ドロ太の体は橋下の川に落ちた。盛大な水しぶきが上がる。

「うべっ、あっぷ、お助け…ほあぁあ…」

「すごい、ぷかぷか浮かんでるー」

 前方にある小さな滝に向かってゆっくり流されていくドロ太を、両手で作った望遠鏡で観察しながら緒都が笑う。

「じゃあな、変態野郎!」

「じゃあなー!」

 とりあえず二人で手を振って見送る。

「うぶぁ、わ、わたっ、私は…ガボッ……諦めませんぞおおおッ!! ふぉあ……オッアアアアアア!!」

 そう叫び声を上げると、ドロ太の姿は滝壺の中へ吸い込まれていった。




-続く?-

※ちなみにドロ太は無事生還してアリスのもとへ下着を盗りに行きます
 

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最終更新:2014年05月27日 01:25