作者:邪魔イカ
「フェンリルたん~!待って下さ~い!!」
しつこい!!
そう怒鳴ってやりたかったが、獣の姿ではそれも叶わない。フェンリルは後ろから迫り来る人間から逃げるしかなかった。
追ってくる人間、井ノ本透伊は確か随分前にこの世界に飛ばされてきた人間だ。残り二人の人間と三人で常に行動していた筈だ。
だがこの時だけは違う。透伊がフェンリルを追う、この時だけは。
(ったく……!あいつらも見てねぇで止めろよ…!!)
しかしその二人が止めた所で、きっと透伊は止まりはしないのだろう。
以前、追って来た透伊に噛み付いた。だが透伊は応急手当てを素早く済ませてまた追って来た。
以前、追って来た透伊に向かって火を吹いた。その時は流石に退散したが、次に会ったときにはまた追って来た。
そうだ。透伊はフェンリルに何をされても必ず追って来た。噛み付こうが、引っ掻こうが、火を吹かれようが。
(何なんだ……あいつは……!!)
後ろを振り向くと、透伊の姿は無かった。どうやら上手く撒いたようだ。
(ここまで来りゃあ、流石に追って来ねぇか……)
フェンリルは近くにあった建物の陰に隠れて、人の姿に変身した。と、同時に―――
「フェンリルたん発見!!モフモフ覚悟ー!!」
「なっ……!?」
透伊が飛び付いてきた。
「わっ、てめ………!!」
「あれ!?フェンリ…ムグッ!?」
透伊はそのままの体勢で、フェンリルの胸にダイブした。暫く呆然としてしまったが、我に帰ったフェンリルは透伊を引き剥がしにかかった。いつもの様にしつこくしがみついてくるかと思ったが、透伊はあっさり離れた。
「てめぇ!!何すんだ!!」
「うわわわわ、ごめんなさい!!」
は?と思わず声を出してしまった。いつもなら「フェンリルたんハアハア」とか訳の分からない事を言いながら鬱陶しいくらい『モフモフ』してくる筈だが。
ふと透伊の顔を見ると、茹でダコみたいに真っ赤になっていた。それにつられてか、フェンリルの顔も赤くなる。
「なっ……何だよ!いつもは鬱陶しいくらい引っ付いて来る癖に………!!」
「い、いやっ、だって……」
透伊は一層顔を赤く染めて、しどろもどろしている。
「ど、動物をモフモフするのと、女性の体を触るのは違うであります!!」
透伊の声は殆ど叫びに近かった。フェンリルは面食らって唖然としてしまった。
そんな空気に耐えられなくなったのか、透伊は「わあああ」と叫びながら走り去ってしまった。
(くそっ……何だよ調子狂うな………)
(ああああああ不可抗力とはいえフェンリルの……むむむ胸に………!!)