作者:邪魔イカ
「あ、依ちゃん?これから事務所に来てね~。今すぐで良いよ~」
有無を言わさず途切れる通話に、思わず溜め息が漏れる。依は自宅へ向かっていた足を止めて、携帯電話をコートのポケットに仕舞ってから踵を返した。
相変わらず彼の呼び出しは突然だ。そして、
(嫌だなぁ………)
これから命ぜられるだろう『仕事』のことを想像し、依はまた深い溜め息を吐いた。
「おっそーい依ちゃん!時間厳守は社会人の基本だよー?」
時間の指定なんてしてなかった。
そう言えない自分の肝の小ささを呪いたい。目の前にいる彼、下野氷華――こんな名前だがれっきとした男である――は未だプンプンと怒ってみせている。
きっと彼の用事は仕事の話なのだろう。依は今まで何度言ったか分からない反論をしてみた。
「下野さん、私もう……その、こんな仕事は……」
「えー、駄目だよ依ちゃん。お仕事にケチつけちゃ。働かなきゃ食べていけないんだよ?」
予想通りの返答。下野はニコニコしながら更に続けた。
「それに、君には才能がある。惜しい人材を、見逃しておけないからね」
「……嬉しくないです」
聞こえなかったのか聞かなかったのか、下野は最後の呟きには反応せず、デスクから封筒を取り出して依に差し出した。中にはプリントアウトされた数枚の写真が入っている。屈強そうで、明らかに『カタギ』ではない外人の男だ。
「イタリアの巨大マフィアのボスが来日するらしい。そんでもって……」
ああ、その先は聞きたくない。大体、あっても嬉しくなんかないのだ。
「『仕事』だ、依。依頼はマフィアのボスの殺害だ」
殺しの才能なんて。