作者:代理店
怜とケンカになった。二刀流の女の子だが気もケンカも強い。
原因は確実に俺。タクティカルベストの中身がないことをからかったら口論になって、ホルスターがあるのにハンドガンを入れてないことを指摘したのが引き金になった。…拳銃が無いのに引き金って面白いジョークだな。
「かかってこいよ!一瞬で三枚卸しにしてくれんだろ?」
「アンタこそ角に引きこもってんなよヒッキー!サクッと撃ち抜いてくれるんでしょ?」
現在の装備はFN MINIMIとSIG
P228とナイフ。MINIMIの射程は約1000mで、分隊支援用の軽機関銃であり、決して接近戦闘に使用する装備ではない。かといってSIGとかナイフなんかでは、余程うまくやらなければ負ける。
対する怜は、二刀とナイフを装備するサムライガール。ナイフじゃまず太刀打ちできない。それに、ハンドガンの威力じゃ心許ないことこの上ない。
彼女との距離は20m~30mほど。走ればすぐに刀のリーチに俺が入るので、弾をばらまいて接近させないようにするので精一杯だ。
ばらまいても当たらない理由に関してだが、これは単純に、銃弾が刀にばっさばっさ斬り落とされているからに他ならない。ちなみにMINIMIの連射速度は725発/分。エグい。
《孤独な陸軍》は持っているのだが、開けてSAIGAを出して構えて撃つという動作をとっている隙を見せたらやられるので、仕方なくMINIMIで応戦しているわけだ。
だが、銃なら避けては通れない弱点があるわけで。
「…げえっ、弾切れか!?」
「隙ありッ!!」
刀を構えた怜が一気に踏み込んでくる。MINIMIをリロードしている暇はない。素早く別の武器に切り換える!
「させるかよ!!」
咄嗟に装備したのはSIG。仕方ない、脚を狙って…!
「喰らうかっ!」
トリガーを引いた瞬間、怜が高くジャンプした。一瞬、視界から消える。ハッと上を見ると、結構高く飛んでいる。10mくらいか。
「…身体能力高すぎんだろ!」
あれか?こっちに来たときに、みんな何かしら身体能力強化されてんのか?
正直かなり焦ったが、チャンス到来である。
空中では回避は不可能だ。偏差射撃を正確に行えれば相手から当たりにいってくれる。
「もらった!!」
肩や腹を掠めるように発砲。戦闘能力を奪うのが目的だ。
と、ここで怜があり得ない動きを見せてくれた。
空中に向いている視界からまた消えたのである。探すと、さっきより高い位置にいる。
要するに、「2段ジャンプ」である。
茫然としてしまった俺の直上を悠々と跳び抜け、10mほど後ろに着地。
「うりゃあああああ!!」
まだ何をされたか理解できてない俺に刀を構え直して突っ込んできた。着地硬直がないとか、性能が高過ぎる。
「くっそが…!!」
SIGを構えるが既に相手の間合いにいる。
あ、ヤバイ、死んだかもしれん………と思ったら怜の表情が勝利を確信したものから一変し、そして信じがたい動きを見せた。
「伏せろッ!」
と叫んだのもつかの間、タックルをかまして、俺を押し倒してきたのだ。
「なぁっ!?」
怜にマウントポジションを取られ、ボコボコにされるのを覚悟したが、怜自身も俺に覆い被さるように伏せている。
押し倒された直後、怜の背中のすぐ上を通る衝撃波のようなもの、そしてズパッと斬られ落ちる朽ちた信号だった。
「なっ…!?」
「だいじょうぶ!?」
耳元で怜が叫ぶ。ありがたいことに無傷だが、お前は…。
「アンタに直撃すると後味悪そうだったから、つい反射的にやっちゃった」
…大丈夫みてーだな、全く。
その時、斬撃が飛んできた方から声がした。
「……すまんが、バランスが崩れるとまずいのでな」
杖をついた和服の男性がいた。何故かは知らないが裸足で、目には包帯のような布を巻いている。
アレはヤバい。相手にしちゃいけない。そんな気がした。
「なぁ、譲…」
隣の怜が明らかに動揺した声で話しかけてきた。
「ヤバい…よな…」
「…流石にシャレにならんっぽい、かな」
「よし………じゃあ早く装備を変えて拳銃を貸して。あ、予備弾倉も」
「嘘だろ、戦う気かよ…」
「…お前をこの区域から安全に離脱させるためだけど」
………ん?聞き間違えでなければ「俺を逃がす」って聞こえたんだけど。
「…いや、今なんて?」
「早くして。お前が離脱できなくなる」
「…………ハッ」
よし、聞き間違えでないことが確認できた。…ナメてんのか。
女の子を犠牲にして生きようとする男なんて空き缶以下の価値すらねぇんだよ?
俺は黙ってMINIMIを《孤独な陸軍》にしまい、代わりにSAIGAとMP7を装備する。どちらも高威力の近接戦闘向きの銃だ。さらにハンドグレネード、スタングレネード、スモークグレネードを持った。
SIGに弾丸をフル装填し、予備弾倉2つと一緒に怜に渡す。
さっきの怜の言葉に、男の尊厳をいたく傷つけられた気がしてとても腹が立つので、この時に強く押し付けての嫌がらせを忘れない。
「無駄な殺生は避けたいものだったのだが……なぜ抵抗する」
目が使えなくとも、音と気配で分かるものなのだろうか。杖の男性はこちらを殺す気満々である。
俺ら2人を殺せる気で居るのが恐ろしいなとは思う。だが、死を覚悟すると人は恐怖を忘れ、ためらいを捨て、論理性を振り落とす…ってのを教えてやろうじゃないか。
「抵抗するのは俺だけですから、大丈夫ですよ。こちらの彼女は逃がします」
「はぁ?おい、譲!」
怜が俺を咎めるように話しかけてきたが気にしないで続ける。
「いやー、女の子に『貴方は死なないわ、私が守るもの』って言われて嬉しいのはヤシマ作戦のときだけじゃない?綾波ならいいけど綾波以外なら不可っつーかさ」
「……要領を得ないな」
「説明下手なんだわ、わりーな」
つまり、女性を守って戦うなんてのは男のかっこいい特権だと思わねーか?ってことだ。男中心の考えだけど。
「女に守られる男は男に非ず、女を守らねー男は男に非ず。性差別的だと言われてもいいが、これ、理由にならねーか?」
でもこれじゃニュアンスすげー変わってくるな。
「……ふん。独善だ、そんなもの」
知ってるわそれくらい。だがいくら独善的と言われようと、俺のなかでは立派な理由だ。あと、非理論的だってのも自覚してるから突っ込まないで欲しい。
「ふざけるな譲!お前を逃がすためだったのに!!」
「バカ言ってる場合じゃねぇ。こうなっちまったらあとはケンカだからな、お前は隠れるなり待避なりした方が良いぞ。あ、でもビル内に隠れるのは止めろよ?」
「話を聞け!!」
守るとか逃がすとか言っちゃったの、間違いだったかなぁ…。
じゃああれだ、俺が右から当たって誘導するから、お前左から回り込んで後ろから突っ込んでこい。あとはなるようになるさ。
「お前が私に指図するな!」
「なっ…お前あとでゼッテーぶっ飛ばすッ!!」
とんでもねーなアイツ、と思いながらSAIGAを構えて射撃開始。威力の高いスラッグ弾を撃ち出す。一気に前進して距離を適度に詰め、男が9時の方向へ向くようにビルを利用して移動する。これなら男は怜に背中を見せることになる。はず。
「怜には流れ弾当てねぇようにしねーと…」
左翼から接近する怜に気付かれないようにさせるため、派手に目立たないといけない。しかしスラッグ弾に怜が当たってしまっては元も子もない。
「いやまぁ、そんなこと気にしてる余裕なんか無いけど!」
男は逸れていく弾丸には手を出さず、自分に直撃する弾丸だけを選んで手持ちの杖を振っている。するとスラッグ弾はいつのまにか消えていて男にダメージは皆無、という…訳の分からん手品みたいなことをされている。
…そろそろ回り込んだ怜が飛び込んでくるはず。今か今かと待ち構えていると、
「………チッ」
男が体を少し動かし、間一髪のところで発射した弾がかわす。早い。
さらに男は俺に体の横を見せるように動き、杖をまるで刀のように構える――――まずい、仕込み刀か!
反射的に叫ぶ。
「怜!相手も刀使いだ!」
ビルを利用して怜は奇襲をかけた。しかし、それは看過されていて、飛び込んできた怜は自分をしっかりと見据えた男の存在に虚を突かれて反応が遅れた。
「しまっ…!?」
ギリギリのところで怜は刀を受け止めることができた。つばぜり合いの膠着状態だ。
怜が飛び込んできたのは俺から見て9時の方向から。つまり、俺と怜が居た位置から真っ直ぐ来たことになる。
流れ弾を警戒していて、男の後ろからの攻撃は無理だったか…。
「…ふ、戦うのは貴様だけではなかったのか?」
男はかなり余裕があるようだ。ギリギリと刀を受けていても顔をこちらに向けて薄く笑って言い放ってきた。
こちらも余裕の声色の演技でサラリとかわす。
「よくよく考えたら戦う女の子ってのも良いかもなぁと思ってよ。巴御前の例もあることだし」
つばぜり合いが続く。
「何で…わかった…?」
怜が睨み付けながら訊ねる。
「…あの青年が、俺以外のところにも気を回していたからな」
「譲ーーー!!!」
「慌てんな!そんなことでバレてたまるか!!」
この男は最初から今まで目隠しを取らないで戦っている。目隠しなんて戦闘の障害でしかないのに、である。ということは、外そうが外さまいが戦闘には支障は無いということが予測できる。すなわち。
「あの男、盲目か舐めてるかの二択か」
舐めてるんなら最初の奇襲のときに存在を知らせるだろうし、これは無いな。
そういや、盲目の人は気配察知や残りの感覚に鋭くなると聞いているが、弾丸を打ち消し――恐らく斬り落としていた――ながら「俺の発する他への警戒」の気配を察知できるとは思えない。管制官的な奴から通信が入ってるのかも。
「怜!おっさんの耳にイヤホンささってねぇか!」
「あるわけ無いだろ!!バカか!!」
「……………」
くっそ、絶対に管制官的なヤツが居ると思ったのに。…二人とも呆れて黙っちゃってるよ。まあ、男は盲目であることが分かったから気にしない方向で。
しかし、じわじわと怜が押されてきている現状はまずい。とりあえず援護にまわる。
SAIGAを投げうち、鍔迫り合いのサイドに回り込んで、今度はMP7で男を狙う。まずは一度怜から引き剥がし、体勢をととのえる。
「怜から離れろッ!!」
…なんてカッコよさげな台詞を吐いてみるが、走りながらの射撃には自信がなかったので立ち止まって正確な射撃を行う。
SAIGAに比べて軽い音が連続して鳴り響くが、銃弾は何もない虚空を切り裂いていった。弾丸が怜の前を飛び抜けていく時には、男の姿はすでにほど離れた場所にいた。
男にMP7を向けながら警戒を怠らないように怜と合流、ひそひそ話で緊急作戦会議。
まず、この一度の攻防で解ったことがある。
「怜。俺らじゃあの男には勝てねぇ、絶対に」
勝ち目があったとしたら、一番初めの奇襲がそれだ。しかしそれは失敗した。
もしあの男が、「チャドの霊圧が…消えた…!?」って感じで気配で個人を特定できるなら、もう奇襲は成功させられない。
普段ならこんなバカらしい予測は考えないのだが、男との力量の差があまりに大きいので非現実的なことも大真面目に考慮してしまう。
「勝てる勝てない、じゃないでしょ。わたしたちは生きて帰るんだからさ」
「その通り、だから逃げるぞ」
「どこを?」
「まっすぐ走ってあの男とすれ違う形で退却。異論は認めねぇ」
幸い、相手方がいつぞやのバズーカ女のように破壊の限りを…ということはないので撤退の障害物はない。
「……作戦会議は終わったか」
「ありがたいことに」
「……いざ、参らん」
素早く、鋭く斬り込んでくる男に対して、真っ直ぐ当たるように俺たちは走り出した。
まだ刀の間合いには入らない。
そのとき、おっさんが刀を構えた。
「……はぁぁぁッ!!!」
横薙ぎに抜刀をした瞬間、例の斬撃が飛んできた。狙いは…
「俺か!」
地面に這いつくばるようにして斬撃を回避。しかし怜は走り続けていたため、同時に横を抜けるということができなくなってしまった。
「譲っ!」
「損傷なし!気にしないで走ってろ!!」
素早く姿勢を戻して再び走り出す。怜はもう男の刀のリーチに入ろうとしている。
刀を振るう男。狙いは明らかに怜を斬り殺すことだ。
「くっ…!!」
「そのまま行け、怜!」
MP7を構えてトリガーを引き続けた。男は身を翻し全弾斬り落としたが、その隙に怜は一気に距離を離していた。あの距離ならもう狙えないだろう。
空になったMP7をリロードする。
「………貴様は逃がさん」
男のリーチから既に外れた怜を殺すのを諦め、俺をロックオンした様子。二兎を追う者は一兎をも得ないから、それなりに正しい判断だ。
「こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだ、通してもらうぜ?」
そう言って右手で構えたMP7のトリガーを引く。当然のように斬り落とされていく5.4mm弾。
大丈夫、これでいい。アンタの失敗は、俺の装備を全部把握してないことだったな。
…その目、見えてたら良かったのにな。
マガジン1つ分を撃ちきったのが分かったのか、一気に接近してきた。
「………死ね」
だから俺は、慌てず騒がず、左手に持っていたスタングレネードを転がす。その直後にスモークグレネードも。
男が刀を抜く直前にスタングレネードが炸裂し、光と音で感覚器を潰す。さらにスモークグレネードで体表の感覚器の情報を飽和させる。すなわち、音と熱とまとわりつく煙。
「ぐッ…!?」
目が見えないからスタングレネードの閃光は喰らわなかっただろうが、その分触覚や聴覚が鋭くなっているからダメージも増幅されるだろう。身体にまとわりつくものが何か分からないとむやみに行動はできないだろうし、耳へのダメージは三半規管を一時的に破壊するから歩けもしないだろう。
「俺もダメージはちょっと喰らってるけどな…」
どうせ聞こえてないし小声で呟く。ギリギリまで軽減させたから行動には何ら問題はない。今までに誤爆しまくって慣れてきてるってのもあるけど。
「じゃあ、楽しんでくれ」
煙が展開している範囲を避けつつ走り去る。スタン、スモークをもう一つずつ転がし、ハンドグレネードをとどめに投擲する。
逃げる俺の背中にもハンドグレネードの爆発音が届いた。
「お、《孤独な陸軍》にSAIGAじゃん。回収サンキュー」
戦闘区域から離れた地点で怜と落ち合う。その顔は複雑な表情をしていた。
「あとで取りに行こうと思ってたからさ、助かったよ」
「……ただで返すと思うか?」
「金なんかないんだが。身体で払えってか、この痴女が」
「何でお前死ななかったんだろうな…」
冗談なのに、そんな本気でガッカリしなくてもいいじゃないか。
…それで、何が欲しいんだよ。
「…いくつか質問させろ」
「今晩のおかずからハッキングまで、なんでもどうぞ」
怜はふう、と息をつくと厳しい眼差しを向けてきた。
「………。お前、どこまで本気だった。あの理由」
「女を守るのが男の役目…みたいな感じのことだろ?ああでも言わないとそれまでの言動との整合性取れねぇだろ」
「だいたい、私が囮になるって言ってたのに…」
「囮なんて誰も期待してねーよ。多分一対一だったら俺ら死んでただろうし」
「…まぁ、確かに…。あと、あの剣士の横を私が通り抜けるとき何で銃を撃ったんだ。走っていれば無茶する必要もなかっただろう?」
お前はバカなの?どこの世界に斬られそうな女の子を放っておく男が居るんだよ。つーか放っておくようなヤツはその瞬間から二度と男を名乗れねぇよ。
――とは恥ずかしくて言えないので、当たり障りのないことを伝える。
「お前はバカなの?殿の部隊は先に撤退する部隊を自分を犠牲にして支援する必要があるんだよ。それくらい知ってるだろ」
「それはそうだけど…」
「いいんじゃねえの?生きてんだし、細かいこと気にしなくてもさ」
怜だって最初は囮になるつもりだったみたいだけど、最終的には生きて帰るつもりでいたみたいだし。
「じゃあ、ソイツは返してもらうぜ」
「うぅー……はい」
どうもまだ納得はしてないみたいだが、強引に結論付けさせて返してもらう。
「それじゃーまた、機会がありゃー会うだろ。じゃあな」
「……いや待て。まだ質問は終わってないぞ」
何だよまったく、完全にオチだったじゃん今。
「何で撤退する時、まっすぐだったんだ?ビルを利用すればけっこう安全に撤退できただろ」
あー、それな。えー…ちょいまち…んんー……その、だなぁ。
「…………判断ミス」
ボソッと言ったらダッシュで逃げる!
「え!?おい譲!判断ミスっておい!!譲ーー!!!」
どやされたくない一心で逃げる背中に、咎める怜の声が刺さった。