作者:邪魔イカ
今日も今日とて、この不可解な世界を歩き続ける。元の世界に戻る手掛かりは一切見つかっていないが、結の前を歩く二人は楽しそうだ。ヌシは銃を撃ちたくてウズウズしているのだろうし、透伊にとってはこの世界そのものだ楽しいのだろう。
(謎の塊の様な世界だからな)
結は溜め息を吐いて、心の中で呟く。その後、ヌシと透伊が歩みを止めた。
「どうした?」
「結、人がいるぞ」
「人?………面倒な相手でなければいいが」
この世界には、飛ばされた者を襲う者も多い。人間でも、そうでない者も。以前、「ヒッサノブ」と鳴くよくわからない生物に遭遇したが、その時は発狂しそうになりながら透伊が特製スタングレネードを使い捕獲した。今は透伊の(勝手に造った)地下研究室にいるだろう。
それはさておき、三人の前方にはやはり一人の――姿を見る限りは人間が立っていた。髪が長い少女で、学生服を着ている。手には火の点いた煙草、眼鏡越しの紅い瞳がジッとこちらを見据えていた。
「…………誰だ」
結は警戒の態勢に入った。その様子を見てか、少女はニィと笑う。
「さぁ………な!!」
一瞬。少女がその場から消え、ヌシの前に移動した。ヌシは少女の蹴りを寸前でかわし、素早く銃を抜き少女に銃口を向けた。
「結、これは向こうに敵意ありと見なして良いのではないか?」
「………致し方無い。殺すなよ、ヌシ」
「ハッハッハ。」
念を押す様に言うが、ヌシはどこ吹く風と笑っただけだ。結は溜め息を吐いて透伊の方を見やる。透伊はその意を察したのか
「あ、女の子相手なんで俺パスで」
そそくさと逃げる透伊の襟首を掴む。透伊はむぅと唸りながらヌシの隣に立った。
「名前を知らん相手と戦うつもりは無いぞ。名乗れ」
「そうだな。いつまでも名が分からんようでは、ずっと『少女』と表現せねばならんからな」
「おっと結さんメタ発言」
少女は煙草に口をつけ、またニィと笑った。
「茜、だ」
煙草の煙越しに、紅い瞳が怪しく輝いた。
ヌシと透伊が茜の行く手を阻む様に立ち、結は少し離れた場所で様子を見ていた。二人に比べたら殆ど戦えないので、足手まといになるよりマシだろう。
茜がまたニッと笑い、姿を消す。そして一瞬で透伊の背後に回り込み、透伊の頭を目掛けて拳を振り上げる。
「おっと」
透伊はしゃがんで拳を避けそのまま足払いをするが、茜はまた姿を消し、二人とある程度距離を保つ所へ移動する。
「ふむ……成る程なぁ」
透伊がポリポリと頭を掻く。相手の能力に気が付いたようだ。
「テレポートか。中々厄介だなあ。あまり相性も良くない」
「ハッハッハ、知るか!」
痺れを切らしたヌシが、茜に向かって走り出す。透伊は溜め息を吐きそれに続く。ヌシはある程度茜に近づいた地点で銃を構え、茜の背後に透伊が回り込む。挟み撃ちだ。だが茜はその場から動こうとしなかった。
そしてヌシが引き金に指を掛け、透伊が上段回し蹴りを繰り出そうとした瞬間。
茜はまた姿を消した。
「お?」
「あれ?」
残されたのは今にも引き金を引こうとするヌシと、回し蹴りの態勢の透伊。
「危ね!!」
二人はお互いの攻撃をなんとか避ける。が、
「ちょっとヌシ殿何してんですか!かすりましたよ今!!」
「お前こそ!!危うく私の首から上が吹っ飛ぶところだったぞ!!」
ギャイギャイと言い争いを始めてしまった。元々あの二人は馬が合わないが、こうなってしまうと―――
「よろしい、ならば戦争だあぁああ!!!!」
―――止められないかもしれない。
深く溜め息を吐いた結の後ろから、クスクスと笑い声が聞こえた。茜だ。
「仲間割れしてっけど、助けなくていいのか?」
どことなく挑発する様な言い方で、煙草をくわえる。結はまた溜め息を吐いた。
「仲間?さて、何の事だ?」
結の言葉に、茜は少し驚いた様子を見せる。
「あん?テメーら仲間じゃねぇのかよ」
「似たような事は何度か言われたが。そう見えるのか?」
茜が警戒の態勢に入る。
「……仲間だから一緒にいんじゃねーのかよ」
「一緒にいるのが仲間なの……か!」
結は素早く茜の襟元を掴み、首に腕を回して取り押さえる。
「ちっ………クソッ」
茜は距離を置いた場所に移動し、結の組み付きから抜け出す。しかし
「ようやっと捉えたぞ」
その後ろでは、ヌシが銃を構えて立っていた。そしてヌシが引き金に指を掛けた瞬間、結は声をあげる。
「透伊!今だ!!」
「あーいよっと!!」
それを合図に透伊は激しく蹴りつけた。
茜ではなく、ヌシの背中を。
「グフォ……!!」
「なっ」
透伊に蹴られたことで、ヌシは勢いよく茜に向かっていき、
ゴツッ
鈍い音と共に衝突した。その衝撃で、茜は気を失ってしまう。ヌシは蹴られたところの方が痛いのか、背中を押さえて蹲っていた。
「ふぅ……なんとかなったな」
「~~~!!透伊……おま、なん………」
「え?俺が女の子に直接攻撃する訳無いじゃないですか。ちゃんと加減はしましたよ?」
心なしか涙目のヌシに、透伊はしれっと言い放つ。確かに、加減をしなければ今頃ヌシの背骨は粉々になっているだろう。
「ところで、どうします?この子」
透伊は気を失った茜を見て言った。結は暫く考えて
「放っておく訳にもいかん。それに、何か知っているかもしれないからな」
茜を抱え上げながら言って、歩き出す。その後から、透伊が蹲っているヌシを引き摺るのが見えた。