サクラ「98……99……。時間です、大塚」
首に下げた小さな懐中時計を胸元にしまい、大塚に向き直るサクラ。
大塚 「よし。言弁、周辺の状況確認」
言弁 「分かった」
大塚 「サクラ、この周囲に感知結界と防衛魔法の展開」
サクラ「はいっ」
大塚 「千登世は作戦プランの立案だ。最低3パターンは作っとけよ」
千登世「いえっさー!」
大塚 「じゃ、俺寝るわ」
サクラ「こらぁあ!! 真面目にやってください!」
大塚 「えー」
サクラ「えー、じゃありませんよ!」
大塚 「そんなこと言ったってオメェ、借金してまで犬飼いたいとは思わないだろ?」
サクラ「一体何の話ですか!?」
言弁 「大塚、気をつけろ! 周囲100メートルに少なくとも三人いるぞ!」
サクラ「……!」
地面に耳をつけた状態で、二人の会話を言弁が遮る。すぐに顔を引き締める大塚とサクラ。
大塚 「詳しい場所!」
言弁 「南南東の隣のビルに二人! もう一人はロスト! くそ、移動したか、すまん!」
サクラ「上出来です! 千登世、行きますよ!」
千登世「おっけええい!」
言弁の指す方角へと駆け出したサクラと千登世。
しかし数歩もいかないうちに、二人の足元にコツン、と何かが飛んできた。
サクラ「これは……!?」
千登世「サクラ! 気をつけて! グレネードだ!」
それも一つではない。無数の数の塊が、カランカランと軽い音を立てて二人の足元へ転がってくる。
言弁 「おい! お前たち、下がれ!」
サクラ「くッ……!」
言弁が叫ぶも対応できず、目をつぶり両腕で体をかばう二人。
その瞬間、最初に投げ込まれた一つが大きな音を立て炸裂――!!
とはならず。
大塚 「油断しすぎだぞ、オイ」
静かな声に振り向いてみれば、大塚が右手を掲げて立っていた。
投げ込まれたグレネードは全て、彼の能力で異世界に飛ばされたのは明白だった。
千登世「た、助かりましたぁ! 大塚さァん!」
大塚 「礼は後でたっぷりな! 敵の位置見失ってないか!? サクラ、言弁! 始末してこい! 千登世は援護射撃!」
言弁 「応ッ!」
大塚の一言で瞬時に態勢を取り戻した三人は、グレネードの投げられた方角へ駆け出した。
○ ○ ○
譲 「うわ! おい、防がれたぞ」
ヌシ 「うむ。あの能力、厄介だな!」
幹部たちのいるビルに隣接する、細長い廃ビル。
そこでは奇襲に失敗した二人組が、双眼鏡を目に当てたままぼやいていた。
三方ヶ原譲と天津中主。前者は狼狽し、後者は楽しそうだ。
奇襲を受けた幹部たちの対応は素早く、援護の銃弾をばら撒きながら二人が突っ込んでくる。
譲 「とにかく、失敗した以上は仕方ない。場所もバレたし、早いとこずらかるぞ!」
ヌシ 「フッハハ! 断る!」
譲 「このグライダーで……って、はぁ!? 馬鹿かお前!?」
図らず罵声を浴びせる譲に向かい、ヌシは親指をひとつ立ててみせる。
ヌシ 「今、一番『宝』に近いのは私たちだろう? ここで一網打尽にできれば良い話ではないか!」
そう言うと傍らに置いていた、馬鹿でかいガトリング砲を取り出す。
譲 「お、おい……」
鈍重な鉄の塊をガチャガチャ言わせながら幹部たちに向けると、何のためらいもなくトリガーを引いた。
ヌシ 「あっはっはっははは!!! そらそら、どうしたァ!!」
硝煙と大量の空薬莢をまき散らし、狂喜の叫び声を上げる。
譲 「あーあ、くそッ、付き合いきれるか! 悪いが俺は先に逃げっからな!」
ヌシ 「分かったぞ! 気にするな!」
ヌシの返事を皮切りにグライダーを背中に背負うと、ビルの反対側まで走り。
譲 「グッドラック、ヌシ!!」
そう叫び、ビルから飛び降りた。
その様子を目の端で追いながら、ニヤリと笑うヌシ。
ヌシ 「ふむ、無事に脱出できたようだな! 結構、結構!」
その不敵な笑みのまま、ガトリング砲のレバーを強く握り締める。
おびただしい数の空薬莢が足元に溜まり、火薬の匂いとすすけた煙が辺りに充満していた。
ヌシ「くっくっく……。もう三人ぐらいはミンチになったんじゃないか?」
一人ほくそ笑むと、トリガーから指を離す。キュルキュルという音と共にゆっくりと回転が止まった。
そして周囲を見渡そうと首を軽くひねると。
言弁 「動くな」
首筋に冷たい刃が添えられた。
ヌシ 「な……?」
すぐ背後、息遣いの感じる距離。
言弁 「悪いが、貴様の弾はただの一発も当たってない」
そして、静かに宣告した。
言弁 「『泥棒』を一人確保した」
『天津 中主がゲームオーバーになりました』