ポリシア「さて、ゲームが始まって三十分ほど過ぎましたね」
山田 「はぁ、そうですね」
結 「それにしても、こう早くも脱落者が出るとは。なんとも恐ろしいゲームだな」
藤堂 「というより、あなたのお仲間さんが弱いだけでは。神原さん」
ゲームが開始された、警察チームのビルの中。その建物のさらに最上階のVIPルームで、ポリシア達審判が集まっていた。
だだっ広い部屋の中央には大きなモニターがいくつも並び、街のいたるところを映していた。
結 「ふん、勘違いしてくれるな。『仲間』と言うと若干、語弊がある」
そこを否定するのか、という言葉は幸いにも飛んでこず、結は大きな革張りのソファに腰掛け、目を瞑って小さく微笑んだ。
藤堂 「ふぅん。まぁなんでもいいですが。とりあえずアレ。仲間じゃないにしても一応、貴方のツレなんでしょ? 黙らせてくださいよ」
藤堂が部屋の隅を顎で指す。そこには頑丈な鉄の檻が設置されており、一人の男が鉄格子の間に顔を挟んでいた。
ヌシ 「お~い、こっから出してくれ~、出られないぞ~ぉ」
藤堂 「さっきからずっとあの調子なんですが」
結 「知らん」
山田 「……」
ヌシ 「おぉーい、結~! 他人のふりするなんてそりゃないぞー!」
ポリシア「今回ばかりは私も、何故あの時に言弁さんがこの人を殺さなかったのかと思います」
山田 「さらっと怖いこと言うな」
ヌシ 「おいぃー。出してくれー。次はきっとうまくやるからー」
結 「駄目だと言っているだろう。ゲームオーバーになった以上は基本的に出られん」
ヌシ 「そんなこと言うなよー」
意味のない押し問答をしていると、不意に藤堂が声を上げる。
藤堂 「見てください。警察チームと泥棒チームが接触しそうです」
山田 「え?」
結 「何、本当かっ!」
皆が弾かれたようにモニター群の前に集まる。
ポリシア「あ、これですね」
そのうちの一つをポリシアが指差すと、画面が拡大されスクリーンに大きく写った。
一つになったモニターの中には、真四角に切り取られた大きなコンクリートの倉庫と、扉が一つ。その扉を挟むように、言弁と千登世が立っていた。
○ ○ ○
茜 「で、どうすんの」
わやわやとした口論はひとまず収束し、五人は再び輪を描いて座っていた。
閉ざされた薄暗い倉庫の中、輪の中心に立てられた小さなランタンが、それぞれの顔をゆらゆらと揺らしていた。
更紗 「まずは現状分析ですね。今の時間がわかる人はいますか?」
フェンリル 「細かい時間は分からないが、始まってから二、三十分くらいだ」
更紗の問いに即座に答えるフェンリル。
セクシー 「まだ時間的余裕はありますな」
セクシーおじさんがゆっくりと顎を撫で、更紗が首肯する。
更紗 「ええ。それに、私たちは数の面でも優位に立っています」
日和 「あ……そっか、“宝”は一個だけ……。警察チームは……四人……です、ね……」
思わず出たものなのか、日和の言葉はやや尻すぼみになる。しかしそれを聞き逃さなかった更紗は大きく頷いて肯定し、あとに続く。
更紗 「そう、警察チーム四人に対し、こちらは少なくとも五人」
セクシー 「“宝”を取る要員を一人残して、後は陽動と足止め……おぉ」
フェンリル 「なるほど、一人一殺でも余裕があるな。それに他の参加者も仲間に加われば、より心強い」
セクシーおじさんが驚きの声を上げ、フェンリルも膝を叩く。
更紗 「ですから、私たちは仲間を集めながら攻撃の準備をしましょう!」
同意者が出たのに気をよくしたのか、更紗の言にも熱がこもる。
ところが、その空気に突如として水をさす者が現れた。
茜 「でもよー、そうは言ったって、他に仲間になってくれそうなのとかいんの?」
フェンリル 「むっ……」
茜だった。場が凍りつくのも気に止めず、タバコを指に挟んだまま腕を組んで、あっけらかんとした口調で続ける。
茜 「悪いんだけどさ、私は心当たりねーからな」
そう言うと目を閉じてタバコを吸う。
更紗 「そういえば私、こっちに来て日が浅いから、あまり知り合いはいませんでした……」
日和 「わ、私は、その……あんまり……ご、ごめんなさい!」
フェンリル 「別に謝ることじゃない、気にするな。俺のところはまぁ、アリスはいいとして、怜は分からん。レイチェルは……逆に嫌だな」
それぞれが不安な心当たりを口にする。
セクシ- 「あぁ、私は」
茜 「あ、お前はいいわ、なんか嫌だ」
セクシーおじさんに至っては口を開いた瞬間に茜に遮られた。
更紗 「ま、まあ! どうにかなりますよ! 最悪この五人でもいけるはずですし! ね!」
ずずんと立ち込める雰囲気を振り払うように更紗が立ち上がり、倉庫の出口に向かう。
更紗 「それに、ほら! 他の参加者の人が警察チームをやっつけてくれるかもしれませんし!」
大きなジェスチャーを交えながら笑顔で話す。そうだ、まだ何もしていないのに悲観的になることはない。つられて残る四人も立ち上がり、更紗について行く。
更紗 「もしかしたら意外とあっさり勝っちゃうかもしれませんよ? 頑張っていきましょう! おー!」
倉庫に唯一ある、大きな鉄の扉。その前に立つと、くるりと四人の方向を向き、元気よく拳を突き上げる。
その直後。大きな音と共に扉が吹き飛んだ。
日和 「危ないっ!」
更紗 「きゃあ!!」
鉄の塊が更紗を襲う僅かな瞬間、日和が大きなぬいぐるみを召喚し、更紗を突き飛ばした。
直後、銃声が響き渡った。ぬいぐるみの頭部が爆ぜ、詰められた綿が舞い散る。
フェンリル 「敵か!? みんな気をつけろ!!」
フェンリルの掛け声で皆が我に返り、それぞれ身構える。
日和 「も、もう、見つかって、しまった……なんて……!」
日和がつぶやき、大きく開かれた出入り口に目を凝らす。
固唾を飲んで待っていると、逆光にさされた人影が二つ、倉庫の中に入ってきた。
言弁 「ふむ、仕留めそこなったようだな、千登世よ」
コツ、コツと杖をつきながら、ぼそぼそとしゃべる男。
千登世「あちゃー、そうみたい。うん、ごめんね、言ちゃん!」
男のぼやきに明るく返す、警官の格好をした女。その手には散弾銃が握られていた。
言弁 「言ちゃんと言うんじゃない」
千登世「え? 言ちゃんは言ちゃんでしょ? あはは、変なの!」
ひまわりを連想させる笑顔で笑う千登世。その横で、言弁はやれやれというようにため息をつく。
言弁 「はぁ……。そもそもお前も、大塚も、遊び感覚で戦ってはだめだと何度も」
だらだらと話をしながら近づいてくる二人。その様子を神経を研ぎ澄ませて見つめる五人。
フェンリル (いいか、合図で出口へ走れ。俺が引き付ける)
言弁らに気取られぬよう、小声で会話する。
更紗 (そんな! 私も残ります!)
日和 (そ、そうですよ……!)
フェンリル (うるさい。お前たちがいると邪魔だ、さっさと逃げ――)
言弁 「何をこそこそ話しているんだ?」
フェンリルが気づいた時、言弁はすでに彼女の背後に回っていた。
フェンリル 「な……!? あがッ!!」
振り向いた顔面を捕まれ、そのまま地面に叩きつけられた。コンクリートの床が砕け、埃が舞う。
フェンリル 「あっ……! がは――!」
日和 「フェンリルさん!!」
更紗 「く……! 日和さん! 逃げますよ!」
日和 「でも!」
更紗 「茜さん! 日和さんを連れて瞬間移動を!」
茜 「分かってる!」
更紗の声に応じた茜が、フェンリルを助けんと焦る日和を捕まえる。
日和 「は、離して! 離してください!」
茜 「うっせェ! しっかりつかまってろよ、ゲロ吐くぞ!」
日和を掴んだまま移動の構えに入る茜。しかしその前に千登世が立ちはだかった。
千登世「あれあれ? どこ行くの?」
千登世の手に抱かれた散弾銃。その銃口はまっすぐ茜の額を指していた。
茜 「あっ……」
ぴたりと体の動きが止まり、咥えていたタバコが地に落ちる。
茜 (やべ、詰んだ)
その瞬間、炸裂音と共に千登世が真横に吹き飛ばされた。
276.わんこ 2013/03/20 02:01:38_98 ID:lMAQ7XH0
千登世の体は何度も地面をもんどりうって転がり続け、硬い壁に頭をぶつけると、大量の血を流しながらぐったりと動かなくなった。
セクシー 「フシュルルル……」
深い呼吸音に気づいて見やると、そこにいたのは、腰を落とし、拳を握り締めたセクシーおじさんであった。
言弁 「ほう……」
言弁が小さく感嘆の声を上げるが、無視してセクシーおじさんは叫ぶ。
セクシー 「何をしているのですか! ここはオジサンに任せて逃げなさい!」
更紗 「は……はい! 茜さん!」
茜 「お、おう!」
弾かれたように動き出す二人。茜は日和を掴んだまま、伸ばされた更紗の手も取る。
茜 「悪い! 先に行ってるぞ!」
そうセクシーおじさんとフェンリルに叫ぶと、茜らの姿は一陣の風と共にかき消えた。
セクシー 「ほっほっほ。先に行ってる、ですか……。見かけによらず、いい子なのかもしれませんね」
三人が逃げたのを見送るセクシーおじさん。顎を撫でながらくるりと振り返る。
その視界に、倒れたフェンリルと言弁が飛び込んできた。
言弁 「自らを犠牲に仲間を逃がしたか。その心意気、敵ながら賞賛に値する」
一撃で仲間を葬られたにもかかわらず、言弁の声は穏やかだった。
セクシー 「お褒めに預かり恐悦至極です。しかし、私も犠牲とやらになるつもりは毛頭ありませんな。あ、これはオヤジギャグというものでしてな」
自らの頭をつるりとなでると、ほっほっほ、と笑うセクシーおじさん。
言弁 「そのよく回る舌がお前の武器ではなかろう……いざ」
ゆらり、と言弁がセクシーおじさんににじりよる。千鳥足のような、おぼつかない足取り。
次の瞬間、かすかな音がして、刃がセクシーおじさんの鼻先をかすった。
セクシー 「むぅッ!」
杖に仕込まれた凶刃をすんでのところでかわす。距離を取ろうとしたが、いち早く察知された言弁にふんどしのすそを踏まれ、動きが制限される。
セクシー 「ならば……ッ!」
上から振り下ろされた刀の腹を手のひらで弾く。
言弁 「真っ向……勝負!」
拳の連撃をギリギリで避け、急所めがけて刀を振る。
より速く、より強く、より正確に。
一撃必殺を確約された拳と刃が、僅かなスキを探して交わり合う。
言弁 「ぐぅッ!!」
セクシー 「はっ……!」
ものの数十秒もしないうちに両者の体は血だらけになり、足元のコンクリートは大きくえぐられたあとがいくつも出来ていた。
そんな均衡を破ったのはセクシーおじさんであった。
コンクリートが崩れる音にわずかに反応した言弁を見逃さず、足を蹴って体勢を崩す。
セクシー 「もらいましたよぉ!」
言弁 「くッ!!」
セクシー 「おぉらぁァァ!!」
反射的に繰り出される刃をいなすと、手刀を心臓めがけて突き出す。
その瞬間。ダン、という鈍い音と共に、セクシーおじさんの手首が吹き飛んだ。
セクシー 「なっ……!?」
突如として無くなった右手に驚愕し、一瞬動きが止まる。
刹那、言弁の刀が光り、セクシーおじさんは地面に崩れ落ちた。
言弁 「はぁ……はぁ……!」
とたんに静かになった倉庫の中、仰向けに倒れて肩で息をする言弁。
その顔を覗き込むように現れた人影。全身血まみれの千登世だ。
千登世「特別ルールその一! 警察チームは一度絶命しても復活する! いやー助かったね言ちゃん! 感謝してくれていいよー!」
言弁 「一撃で死んだやつに礼など言いたくないが……助かった」
千登世「へへ、褒められちゃったー。うーれしー!」
言弁 「ええい、調子に乗るな。まだ一人いるだろう」
エヘエヘ笑う千登世を叱ると、倒れているフェンリルの方を顎で指した。
千登世「もちろん分かって……あ」
フェンリルの腕を担ぐ茜と目が合った。
茜 「へっ、ざまみろ、バーカ!」
大きくあかんべをすると、フェンリルと茜の姿は消えた。
千登世「……ごめん、言ちゃん、逃げちゃった! あっはっは!」
言弁 「えええええええ!?」
言弁の叫び声が木霊した。
―続く予定―