作者:代理店
「話題になってたけど…期待外れかなぁ」
ついさっきまで読んでいたテレビで絶賛されていた本を、少しの不満をぶつけるようにちょっとだけ乱暴に閉じる。
「テレビの言う面白いってやっぱりアテにならない…っと」
手帳のメモ欄に本の題名と感想、教訓を書き込むと大きなあくびを1つ。手慰みに手帳をさかのぼって読んでいたら、3ヶ月前に同じことを書いていた。記憶力は他人よりいい自信はあったんだけど、と少し自嘲する。
ふと時計を見ると日付が変わって30分経っていた。睡魔の攻勢も激しくなっている。
もう寝よう。
「ふあぁ…おやすみ…」
ベッドに入ってから、すぐに意識が遠のいて視界はブラックアウトしていった。
◇◆◇◆◇
気がついたら起きていた。いや、わたしもそれしか言いようがないから困ってるんだけど。
服装はシャツ、ジャケット、ジーンズ、スポーツシューズ………ふだん大学に行く服を着て、靴もいつものを履いている。
夢遊病も考えたが、自分の知らない土地まで出歩くとは考えにくい。
「何ここ…気持ち悪い」
自分の知らない土地でも、日本であるならかまわない。だが、朽ちた高層ビルや傾いた電柱、一台の車すら通らないただっ広い道路を見ると、少なくとも現代日本ではないことは分かる。
宇宙人の侵攻に負けたらこうなるんだろうか。
「……わたし、部屋で寝てたはずなんだけどなぁ…困ったな」
寝ぼけて外さなかった腕時計をみると、現在は6時。空を見るかぎりは午前である。
「しかも手には手帳とペン……ドッキリ、ではなさそう」
こんなセットを組めるほどテレビ局にお金はないだろう。それにドッキリであればペンと手帳の使い方を知っているはずがない。
信じがたいが、これを使って戦って生き延びなければいけないらしい。もちろん、刷り込まれた記憶を信じるならば、だが。
「『ロキの手帳』…。なんか中二病っぽいけどわたしは嫌いじゃないかな」
物は試しに、と武器の名前を書いてみる。これでなにも起きなければ自分はコケにされたということになる。
「出でよ『蜻蛉切』!」
最近読んだ歴史小説で出てきた、本多忠勝という武将が持っていた槍で、気になったから色々と調べていた。
…ちょっと恥ずかしいけど、誰もいないからポーズくらいはいいよね。
おもいきり後ろに手を伸ばして何かを掴むモーション。そのまま槍を振り回して決めポーズ!
手には長槍、刃がキラリと光る。どうやら本当に出現させられるようだ。
さらに、衣装にも変化があった。白いカチューシャに黒いスカート、白いエプロン。靴もパンプスになっている。
バイト先のメイド服とまったく同じ服だ。
「逝ってらっしゃいませ、ご主人様…ってこと?」
これは本当に好奇心をそそられる。
「あ、それで消えろって思えば消えるのね」
そしてスッと消える蜻蛉切とメイド服。面白い。
しかしずっと遊んでいる訳にもいくまいと思い、他の所持品点検をする。だが持っているのは手帳、腕時計、メガネくらい。
財布も携帯電話もないため、電車で帰ることも、連絡をとって迎えに来てもらうこともできない。そもそも迎えに来てもらおうにも、現在地が分からないのではどうしようもない。
これは…詰んだかも。
なんだか不安になってきた。
「と、とりあえず誰か居ないか探そう。情報持ってるかも知れないし」
不安をかき消すように少し大声で言って、朝陽に照らされて輝く廃墟の街に消えていった。