作者:T
最近、どうも集音機の調子が悪い。機械に強い斉藤さんとアンドロイドであるミアに協力を得て作られたヘッドフォン型集音機は、性能は勿論耐久性も特級。ちなみにノイズキャンセラー、最大音量自動調整、一定範囲の熱源反応の捕捉機能付き。自他共に認める面倒くさがりのポリシアが欠かさず行う定期メンテナンスでは、一度もひっかかったことがない。それが、だ。数日前に強烈なノイズが入ってから、ずっと狂ったままなのだ。慌ててメンテナンスに持っていっても異常は特に無し。斉藤さん曰く(ミアは見つけられなかった)、「機械の異常ではない」。つまり外部に原因があるらしい。面倒くさがり二人は、うんうんと頭を突き合わせた。
「熱は火の狼に耐えられたんだっけ?」
「ええ。おそらく衝撃もナシでしょう、ミアがテスト済みですし。」
「水没は。」
「さすがに規格外の手を背負って泳げません。」
「ナシか。あとは…雷が落ちたわけでもないし…。」
「そういえば、ミアを見てませんか?ここに来る前に探したんですが。」
「いや、最近見てないね。」
「…これが狂ったことと、ミアが見つからないこと。関係あると思います?」
「なくはないけど、確信は持てないかな。他にも最近見かけないアンドロイドがいるか、狂ったものがないか、情報が少なすぎる。」
「ですよねー…。」
「大体、そういう判断を下す立場の君が、なんで僕に聞くのさ。」
「調べるの面倒ですからね。」
「奇遇だね、僕もこんなの面倒で仕方がない。」
「これの作成に協力したのが運の尽き。」
「君達が守ってくれると言わなかったら作らなかったよ。」
「…ちゃんと守るので、今回も協力してくださいね?」
「わかっているさ。」
「私はそろそろ戻ります。」
「おっとここに苺大福が。」
「そんなのにひっかかると思っているんですかお持ち帰りします。」
「残念。」
こつりと頭を突かれて、夢という名の情報整理から目を覚ました。女の子らしい丸みを帯びた、綺麗な文字の羅列がぼんやりとうつる。
「仕事はサボらないあなたらしくありませんね、ポリシア。」
「…サクラさん。」
数回目を瞬かせ、声の主へ焦点を結ぶ。可愛らしい顔立ちに似合わない黒い隈を作り、黄色い被り物を被った幹部殿がそこにいた。ポリシアは、彼女の接近に全く気がつかず眠りこけていたことに愕然とした。いつもなら衣擦れの音にすら反応するのに、なんて醜態だ!自分はそこまで集音機に頼っていたのか!ぎゅうとまばたきをひとつして、そんな思考を瞼の奥へ押し込める。
「ここには私達がいるのです、もう少し警戒を緩めてもいいかと。」
ぎくり。顔には出さないが、押し込めた焦りが戸を殴る。
「あなたこそらしくありませんね、大塚さんにでも言われました?」
「いいえ、私の独断です。あなたが倒れては、大塚含め皆が困りますから。」
真面目な彼女が、気を緩めていいと、独断で発言した。周囲にはバレバレだと考えていいだろう。私を弱点として狙う輩が既に動いているかもしれない。ポリシアはまた、ぎゅうと目を瞑り、大きなため息をついた。
「…これが直れば、多少は緩みますよ。」
「昨日はその集音機の調子を診てもらったのでしょう?」
「駄目でした。故障の原因は外部にあるとのことです。熱に水に塵、ウイルスの類い以外のね。他の機械も一斉に狂ったらしいですよ。」
「外部ですか…。そういえば、私の管轄内にいる三方原 譲が、無線がきかなくなったと騒いでいました。」
「無線?」
「ええ。詳しいことはわかりませんが、機械自体が原因ではないそうです。」
外部の干渉により無線がきかなくなる。妨害電波を流せるような者は皆、機械が狂ってしまっているから除外。他に戦場において無線が狂うのは、強力な磁場の反応がある場所。こんな広範囲を巻き込む程の磁場なんてなかった。それはつまり。
「サクラさん。」
「なんですか?」
有志を集めなければ。金属を扱わない者を。
「この書類はこのまま千登世さんに回してください。」
「わかりました。お気をつけて。」
さあ、新人を躾にいこうか。
爆音に次ぐ爆音。慣れない音の嵐から少し離れたところに、ポリシアはいた。機械の被害状況の把握に手間取ったが、磁場の中心を突き止めただけいいだろう。ここは千登世担当区域、元工場群跡。好戦的な者をけしかけての敵対象の観察中である。
「本当に磁力を操るのだな。」
「あの黒い球体で操ってるみたいですね。あー、今大型車から出て恐竜に入ってったあれ。」
「あれをどうにかすればよいのか?」
「あれ自体は無理じゃないですかね…。狼が避けようとしても追尾。磁力の塊だとすれば、相殺も無意味でしょう。」
「…磁石でも持てば…。」
「今夜は言弁さんの鉄串焼きですか、不味そうなので遠慮します。」
「…ではどうすればよいのだ。」
「言弁さんが木刀持って特攻したら速いんですけど…、恐竜に邪魔されることを想定すると、保険が欲しいところです。…茜ちゃん、協力してくれませんか?」
「気付いてたのかよ…あたしが恥ずかしい奴みたいじゃねぇか。」
「何もない場所に突如気配が現れるなど、お前しかいないだろう。」
「たぶん、言弁さんがいなかったら気付きませんでしたよ。…で、協力してくれます?」
「チッ、どうせ断ればそいつに斬らせるんだろ?やってやるさ。後であの野郎の居場所の情報くらいは教えやがれ。」
「勿論。」
「で?どうすりゃいい。」
「まずは―――」
ああうるさい。頭が割れそうな金属音とバトルジャンキーの笑い声、狼と恐竜の咆哮。正直近づきたくないが、磁場の中心基あの少女をどうにかしなければならない。なんて面倒な。早くどうにかして寝よう、そうしよう。別方向から接近する二人に合図を送り、背手で醜く踏み切った。
そこからはまさに一瞬だった。
目立つポリシアの出現に恐竜と少女が気をとられた隙に、恐竜にゴム弾の嵐。弾を弾き飛ばして視界を確保しようとしたタイミングで言弁が木刀で一閃。木刀は折れたが恐竜が気絶。
相方の気絶に動揺して磁力操作が乱れた少女を茜がテレポートで接近、確保。これにて終幕。
ジャンキー達はまだ暴れ足りないのか、二人で二次会を始めた。おまえらはもう少し離れたところに行ってこい。
茜と言弁からそれぞれ受け取り、背手の右に恐竜を、左に磁力少女を握る。磁力少女は相当消耗しているようだが、眠るにはまだ早い。聞きたいことが山ほどあるのだから。ぱしりと一つ手を叩くと、彼女の肩が大袈裟に震えた。
「寝ないでくださいね。言弁さんは引き続き私の護衛をお願いします。茜ちゃんは戻って構いません、大塚さんは中央塔のてっぺんで厨二病してる頃ですよ。」
「おう、ありがとな。」
「了解した。」
「…暴れないでください。間違って握り潰すかもしれません。」
茜が消えて、言弁が頷いた。少女はまた震えて静かになった。
「さあ、質問タイムです。正直に答えてくださいね。」
「あなたの名前は?」
「…これはおばあちゃんの受け売りですが…、人に名前を聞くときは、自分から名乗るべき、です。」
「強気に出る場面ではないことくらいわかりますよね?あなたは質問に答えるだけでいいんです。一発で答えない場合、次からこの恐竜の鱗を剥いでいきます。」
「ッサーティーちゃんは関係ないでしょう!?」
「そう、この人はサーティーという名前なんですか。」
「!」
「もう一度聞きます。あなたの名前はなんですか?」
「…麻琴。東雲、麻琴。」
完。