作者:ゴミカスハートフル
学校から帰って、すぐに道場に行き稽古をして、帰りの足でコンビニに寄ってパンを買って、それをほおばりながら家へと歩を進めていた。
そこまでは覚えている。
しかしそれから先がない。気がつけば荒廃した東京のような街に倒れ込んでいた理由を教えてくれる記憶は、紅月更紗の脳には無かった。
「……えっと…」
言葉が出てこない。
そんなのはお構いなしに、照りつける太陽が、埃を散らす風が、これは夢じゃないよ、と更紗に幾度と無く囁き続ける。
囁きは次第に体の中で反響して大きくなり、思考を阻害する。
夢じゃない。
この目に映るのは現だ。
じゃあ何だ?
これは何だ?どこなんだ?
私はどこにいる?
「…お、おーい…おーーーーーーい!だーれかー!」
不安を紛らわそうと人を呼んだが返事は無い。
「……」
静寂が逆に不安を煽る。
「…いやいやいや!何弱気になってるんだ紅月更紗!こんな時こそしっかりしないと師範に怒られるぞ!」
ぺしぺしと顔を叩き、すっくと立ち上がる。17歳でも大和撫子。何時までも怯えちゃいられない。
―――しかし。ここにきて、このタイミングで、更紗に本日二度目の受難が降りかかる。
「君が、新しぐ招かれた者"かい?」
「―――え?」
後ろからの声と共に。
「へっ?ひゃあああああああっ!!!?」
足元から吹き上がる風となって。
結果、突然の出来事に更紗の反応が遅れ、
「白かぁ。いいね、清楚って感じで。眼福眼福っと」
スカートは大きくはためき、下着は後ろに居た白シャツの男の目にしっかりと映り込んだ。
「なあっ!!ななななななな何をするだァ――――――――――――――――――ッ!許さん!!!」
耳まで真っ赤にしながら叫ぶ更紗に、男は屈託の無い笑顔を向ける。
「はじめまして、だね。僕のことは七瀬って呼んでよ。この世界で生まれたんだ」
「なんで平然と自己紹介してるんですか!人のっ、その…えと…だああっ!下着!下着見といて罪悪感とか無いんですか!!」
「え?無いよ?」
「そんな『わけがわからないよ』みたいな顔しないでください!大体…」
叫んでいる途中で、何かが引っかかった。
さっきこの男――七瀬と言っていたか――何と言っていたっけ。
「あーっと、七瀬さん。さっき何て言いました?」
「『え?無いよ?』」
「いやそこじゃないです!その時の表情仕草音量声質完全再現するとこそこじゃないです!その前!」
「『この世界で生まれたんだ』」
「―――――――!!!」
そうだ。七瀬。彼はそう言った。
・・・・
この世界。
「ああ、君はまだ知るわけ無いよね。今日来た娘なんだし」
「ちょっ!ちょっと待ってください!さっきから言ってることが訳分からないですよ!?」
「うん、簡潔に説明するとね、ここは別世界なんだ。で、君はここに誰かによってワープさせられた」
「…ぇあっ?」
変な声が出た。
~異世界の色々説明中~
「かくかくしかじか」
「まるまるなるほど」
「…あれ、もっと驚くと思ったんだけど」
「あ、それは『ここもうちょっと重めにしようかと思ってたけどめんどくさくなったお』って某ゴミカスが」
( ^ω^)
「こんな笑顔で言ってたので」
「…そっか、なら仕方無い…のかな?ま、それじゃ僕はそろそろおいとまするよ。また会おう、紅月更紗ちゃん」
そう言って、七瀬は何処かへ歩き出して行った。
その背中が見えなくなるまで待って、再び静寂が場を支配するのを待って、
――更紗は、小さくため息をついた。
異世界。能力。武器。襲う者。化物。
それらの非現実的なワードが行き場を探して、頭の中でうろうろしている。
さっき、七瀬さんは『もっと驚くと思った』と言っていた。
「…驚くに決まってるじゃないですか」
驚いて無かったんじゃない。余りに自分の常識の全てとかけ離れていて、反応できなかったんだ。
ゆっくり考えたくて。適当にその場を受け流して。
そして、更紗は考えた。
考えて、考えた結果、更紗のする事はひとつしか無かった。
立ち上がり、地に足を乗せ、深呼吸する。
頭からつま先へ気を巡らせ、心を落ち着ける。
―――そして、覚悟を決める。
(正直まだまだ分からない。この世界が何なのか。この世界で生き抜けるのか。…不安だらけだ)
(でも、だからって、弱くあろうとは思わない。何者にだって、屈しはしない。壁なんて、恐怖なんて、絶望なんて、私が薙ぎ払ってみせる)
誰にも聞かれることなく、更紗が胸の奥で呟いた決意。それに応えるように、彼女の薙刀がきらりと閃いた。
To be contineud…