作者:代理店
廃墟と化したビル群に2つの人影。
「相棒も見つけたましたし、次は協力してくれる人を探さないと、ですね」
病的なまでの白い肌、ウサギのような赤い瞳を持つのは東雲麻琴。誰に対しても敬語を使う、礼儀正しい少女だ。
「そうね…っと、待って」
麻琴に止まるように言ったのはサーティーという少女。セーラー服から伸びるスラリとした手足がまぶしい娘だが、とある傭兵の部隊長を務めていたという。
いきなり待てと言われ、麻琴は疑問符を浮かべた。
「その角、ビルで死角ができているでしょう? むやみに飛び出すと危ないわよ」
「そんな車もいないのに交通標語みたいな…。人ともめったに会わないのに危ないワケないじゃないですか」
こちらに飛ばされて以来、麻琴は車――正確に言えば、動いている車――を見ていなかった。曲がり角で左右確認なんて必要ないはず、と考えるのも無理はない。
「そうじゃなくて、死角から敵に襲われたらまず冷静な対処はできないわ。それに魔獣は多く居るのよ?」
確かに敵性勢力と曲がり角でばったり鉢合わせてしまえば、はじめの一瞬は戦いに適した心理状態とはならないだろう。
相手が戦上手であればその一瞬で勝敗は決まる。
「戦場で生き残る基本よ」
本当は知らなかったほうが良かったのだけれど、とサーティーは続けた。
平和に生きてきた人間にも戦場での知恵を貸さなければいけないこの状況に、サーティーの顔は少し歪む。麻琴もその空気を察してか、口を開こうとはしなかった。
しばしの間、居心地の悪い静寂が2人を包む。
ほんの数秒が何分にも感じられた沈黙は、微かな靴音によって破られた。
「!」
音を感知して反応できたのはサーティー。麻琴に黙るようにジェスチャーをすると、自身はクリアリングを行う。ビルの陰からそっと角を曲がった先を覗く。
「…は?」
そこで見えたのは、やや遠くから接近してくる人影が1つ。だがその姿は珍妙不可思議で、この世界には似つかわしくないものだった。
小声で麻琴に話しかける。
「……麻琴」
「どうしました」
「メイドが一人接近中、遠いけれど向かってきてるわ」
「…へ?」
「…嘘じゃないわよ?遠くてはっきりとは見えないけれど、長い得物を持ってるメイドがこっちに向かってきてるわ」
ここで2人は同じ疑問を持つ。
そのメイドは敵か否か。
「…麻琴、ここは先制攻撃をしかけましょう」
「…私もそう思っていたところです」
怪しきは討て。
彼女たちは、メイドというとんでもなくイレギュラーな存在によって判断力を奪われていた。
「あ、消えちゃった…」
退廃的な風景に似合わないメイドが1人。
名を庵原鳴海という。
彼女は手帳を持っているが、その手帳は彼女の能力、『ロキの手帳』である。簡単に言えば、手帳に書いたものが記憶にあれば具現化する能力だ(様々なルールがあるのだが省略させてもらう)。
ついさっきまで偵察用のラジコン飛行機を飛ばしており、そのカメラに女の子2人組を捉えていた。消えたというのはそのラジコンで、具現化の制限のためであった。
「さてと、それじゃあ会いに行ってみましょうか」
敵味方の区別は話さないと分からない。ならば、危険を犯しても姿をさらすのは構わない。戦いになればそれは敵、話し合いに応じればどうとでもなる…気がする。
「とは言っても、丸腰で行くのはね」
ここはひとつ、扱いやすくて交渉に有利な威圧感のある武器を、と『手帳』になにかを書き込んだ。そして次の瞬間、彼女は青龍偃月刀を手にしていた。
「えーと…あっちだっけ」
いろいろ歩いて分かったことがある。
このビル群一帯は碁盤の目のように道路がはしっているということだ。平城京や平安京のような街並みである、と言えば伝わるだろうか。従って、目印になるものを覚えておけば位置の特定は難しくない。
距離はそう遠くはなかったはずだ、多分すぐに会えるだろう。
歩くこと5分弱。
「2人組が移動してればこの辺で……あ」
鳴海は少し離れた角でなにかが動いたのを見逃さなかった。おそらくは探していた2人組だ。
青龍偃月刀を構え、臨戦態勢で進んでいく。
神経を集中させて目的地の角を見据える。
「近づく間にもう一度動けば話しかけよう…」
あと200メートル。
コツコツという靴音がこころなしか大きく感じられる。
動きはない。
「ギリギリまで近づいて何もなければ……」
あと100メートル。
普段は気にしない、風になびく髪が今はとてもうっとうしい。
動きはない。
「それは…」
あと10メートル。
コツ、と一際大きく靴が音を立てた気がした。
動きはない。
「罠っ!!!」
叫ぶと同時に大きく横に飛ぶ。その直後、金属のぶつかり合うけたたましい音が鳴り響いた。
はっと振り返ると、さっきまで立っていた場所に多くの金属、おそらく鉄製品が突き刺さっている。杭や釘ならまだ理解できなくはないが――
「鉄パイプが刺さるってどういう…」
しっかりと刺さっており、ちょっとやそっとでは抜けないだろう。あれが直撃していたらと思うとぞっとする。
「……また来たっ!!」
今度は鉄骨が3本、鳴海めがけてまっすぐ飛んできた。大きく前に飛び込み前転をして難を逃れる。
「確実に殺りにきてるわね…」
穏和な鳴海も、先手をとってためらいなく殺そうとする相手に話が通じるとは思うほど甘くはない。
「わたしもまだ死にたくないから!自衛手段をとらせてもらうわよ!」
これからの攻撃は正当防衛だと宣言して、攻勢にでる。2人組がいるはずのビルの角まであと3メートル。
三段跳びの要領で一気に距離を詰める。2人組の姿が見えた。
そして思いきり飛び上がり、手前にいたセーラー服の少女を狙って青龍偃月刀を思いきり振りおろす。しかし。
「危ないわね」
ガツッと鈍い音がするだけで、刃が少女を斬ることはなかった。
交差させた腕で偃月刀を受け止めたこと、そして堅固な鱗におおわれた腕と大きな爪を持った――それはまるで恐竜のような――手が鳴海を驚かせた。
「下がってください!」
セーラー服の少女の後ろには、色白な…というよりももはや病的なまでに白い肌の少女が、周囲に数多くのパチンコ玉をまとってこちらを狙っていた。
それに気づくと、鳴海は反射的にセーラー服の少女を蹴り飛ばして彼女にぶつけた。
「ぐうっ」
「きゃあっ」
相手がバランスを崩した隙にいったん距離をとり、装備を変える。青龍偃月刀の刃が通らなかったのを考慮すると刃物は不適か。そういう相手には貫くか叩くかの2択になる。そうだな、貫くのはどうだろうか。
「『ベレッタ M92F』、と」
鳴海が『手帳』に書き込み、手にとったのは拳銃だった。相手が街中でカツアゲをしてるような、ガラの悪いバカな2人組であれば十分すぎる装備である。
だが相手は能力者が2人組、それも片方はどうやら金属を操る能力であるようだ。セーラー服の少女に銃弾が通用するか不安がある上に、色白少女の能力を相手に通用するか怪しい。
「やるしか無いけどね……くぅっ!?」
いざ、と思ったら今度は廃車が飛んできた。ワンボックス車が2台。回避は、間に合わない。ならば。
「『空力使い(エアロハンド)』っ!」
間に合う能力でなんとかするのみである。
能力発現までにラグがあったが、空気を操って飛来する車を弾き飛ばすこてができた。
車の激しい着地の衝撃と、空力使いの影響で砂ぼこりが立ち込める。
「あなたは…何故私たちが攻撃を仕掛けることが読めていたのですか?」
砂ぼこりの向こうで声がした。声から判断するに、あの白い娘だろう。
「企業秘密。能力とだけ言っとくわ」
「まあ、そうですよね」
大事な能力をサクサク教えるわけにはいかない。これ1つで勝負がほぼ決まると言ってもいい、超重要機密である。
今度は別の声。セーラーっ娘だ。
「あなたは……あなたは一体何者なの?」
「私?メイドのバイトをしてるただの大学生」
「っ! ふざけないでっ!!」
「ふざけてるつもりはないですが――」
――次からは本気でいきますね、お嬢様。